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天使降臨

作者: 柏木悠一

天使降臨


     人は心に傷を持つ。

     触れちゃいけない。触れちゃいけない。


     だから、それは時限爆弾だって。

     触れたら爆発する。


     ああダメだって。

     血がドクドクと流れだす。

     止まらない。


     だから言ったじゃない。

     もうオシマイ。


     世界は危機に瀕している。

     あなたのせい。


     もうすぐ世界は終わる。



 満天の星々。

 視界はそのかなたへ進む。

 星雲。銀河。ジェットを吹き出すクエーサー。虹のような神秘の光。

 それらが次々と後方へ流れていく。


 たどり着く壮麗な宮殿。ここは宇宙のオメガ領域、天界。120億光年のかなたにある。

 ある夜の華やかな舞踏会。優雅な調べ。

 着飾った紳士・淑女たちの軽やかなステップ。人間と変わらないその姿。

 夢のようなそれらの光景を、入り口でそっと覗きこむ仮面の青年。

 女たちの顔を次々と見ていく。誰かを探している。その誰かが見つからない。


 宮殿の控室。

 おめかしした美しい少女・フローラ、仮面の青年をうっとりと見つめる。

「捜したよ」

「ごめん。なんだか勇気がなくて。私はお姉様がいないとなにも出来ないの」

 仮面を取るミカエル。その精悍な顔つき。

「ステラはもう舞踏会は卒業だ」

「帰ったら、今日のあなたのことをお姉様に報告するわ」

「やめてくれよ」と苦笑するミカエル。「素敵な衣装だ」

「いつもは黒ずくめなのに。私じゃないわ。白は反則」と笑うフローラ。

 ミカエル、手を差し伸べる。

「さ、行こう。踊らないと」


 煌めく噴水。

 やってくるミカエルとフローラ。

「素敵な時間だったわ」

「まだ終わっちゃいない」

 ベンチに腰を下ろす二人。

「エンジェル…」

「フローラと呼んで」

 見つめ合う二人。

「フローラ、愛してる」

「わたしもよ。でも…」フローラの表情がなぜか曇る。

「太古からの掟だ。神としての務め」

「たとえそうでもダメ。お姉様を裏切れないわ。あなたはお姉様のもの」


 宇宙空間に浮かぶ青い地球。


 夜の密林。サンクチュアリと呼ばれるその場所の隠された神殿。

 その窓から満天の星々。

 成長し大人の女性となったフローラ。

 舞踏会での白い清楚なイメージから、どこか魔女を思わせる黒を基調にした装い。

 星を見つめて呟くように歌う。


「♪

 120億光年かなたのあなた、なに想う。

 私のことは忘れたかしら。

 私は忘れられなくて。

 120億光年、あまりに遠い…」


 ミカエルと踊るフローラ。

 その思い出のイメージが炎に包まれる。


「お母さんは大丈夫?」という苦しげな少年の声が聞こえる。

「その子をお願いできませんか」といううめくような婦人の声も。


 フローラの瞳から涙。

 閃光。

 轟音。

 悲鳴。

 目を閉じ、耳を塞ぐ。


 明るい陽射し。

 いつの間にか眠り込んでいたフローラ。目を覚ます。


 青い空。どこまでも広がる密林。かなたに見える海。

 サンクチュアリのパプアニューギニアにも似た風景。

 無言のフローラ。


 闇に燃える炎。

 神殿奥深く、幾人かの神官。

 入ってくるフローラ、ひざまずき炎に手を合わせる。

「どうかなさいましたか」と神官の一人。

「ううん。なんでもない。気持ちが高ぶっただけ」


 サンクチュアリ、その広大な密林の俯瞰。

 そこに、洞窟というよりはクレーターを思わせる直径数百メートルはありそうな巨大な穴。

 その穴から顔を覗かせる巨大なコウモリ。大地の精・オレアード。

 愛らしい表情で辺りを見回している。


 宇宙空間。

 進む宇宙空母の編隊。それは地球に向かう神の軍団。

 付き従う体長百メートルはあろうかという天の魔獣・ウイングサーベラス。その凶悪な面構え。


 船内、コントロールルーム。

 そこにいる壮年の司令官たる神・ミカエルと側近と思える数人の乗組員。その洒落た宇宙服。あしらわれた威厳のある紋章。

 警報音。

 声、

「ミサイル接近。ミサイル接近」。

「第一級緊急非常体制!」と神。


 近づきつつある巨大なミサイル。

 閃光。


 船内、衝撃。

 声、

「第二波、第三波が来ます。ミサイルは水爆です」。

「なに!」と叫ぶ神。

 コントロールルームのスクリーン、光る。

 再び強烈な衝撃。

 声、

「バリアー、突破されます」。

「間に合わない。サーベラスで防げ!」と叫ぶ神。


 咆哮しつつ急旋回するウイングサーベラス。

 巨大なミサイル。

 閃光。


 船内、強い衝撃。

 神も側近たちも座席から吹き飛ぶ。


 宇宙空間。大破したサーベラス、なおも吠え、うごめいている。


 船内。

 神と側近たち、ようやく座席に戻る。

「反物質爆弾の許可を!」

「許可する」と神。

「反物質爆弾発射せよ!」

「連発しろ!」


 発射口から出る意外なほど小さなミサイル、二つ。

 進んでいくミサイル。

 長い間。

 かなたの信じられないほど巨大な二度の閃光。

 静寂。


 船内、コントロールルームに飛び交う声。

「他の船の状況は?」

 声、

「航行可能なのはほかに1隻だけです」。

「この船だけで行く」と神。「帰還させる者はその船に」

 側近をはじめとする乗組員たち。

 ややあって、また飛び交う声。

「いきなり水爆攻撃などありえない」

「敵の正体は?」

 声、

「不明!」。

「母星に調査を命じろ」

「了解!」

「われわれが天界の神々と知ってのことなのか…」

「不明!」

「母星に戻らずウイングサーベラスの修理は可能か?」

「ただいま自己診断プログラム作動中!」

 その中に、打ち沈んだ様子の神。

「やむを得なかった…。ああするしかなかった…」



   一


 宇宙に浮かぶ青い地球。

 1隻のみの宇宙空母。

 コントロールルームの神と側近たち。

 巨大スクリーン。大写しの地球。

 側近たちに向き直る神。

「我々が地球に来た目的を再確認する」

 聞き入る側近たち。

「被造物・人類に対する評価を下す。つまり最後の審判」

 神妙な顔の側近たち。

「そして、70年ほど前から連絡を絶ったエンジェルを探し、連絡を拒む理由を探ること」

 ある側近が神に問う。

「もしエンジェルが悪の世界に堕ちていたら?」

 表情を変えない神。

「仮定の話ではあるが…。堕天使は野放しに出来ない。たとえ我が妻ステラの妹でも」

 うなずく一同。

 ふたたび巨大スクリーンに大写しの地球。

 ある側近が問う。

「ブレッシング島はどこです?」

 声、

「現在、調査中」。

 側近たちの会話。

「古代の宇宙船がそこにあるといっても、エンジェルが今もいるかどうか」

「手がかりはそれしかない。エンジェルのいるサンクチュアリはその近くのはずだ」

 神が話題を変える。

「ブレッシング島の前に、地球の文明レベルを知りたい。文明の中心地はどこだ?」

 日本、ついで北米大陸などが映されるが、雲で邪魔されよく見えない。

「文明の中心地を直に見たい」神は北米北東部を指差す。「そこだ。そこへ行け」


 米軍基地。

 レーダーに映る影。

 緊急発進する戦闘機。


 自由の女神。

 摩天楼。

 ニューヨークの街並み。

 上空。

 現れる宇宙空母。

 指差し驚く人々。


 ニューヨーク上空の宇宙空母。

 コントロールルーム。

「これが地球人の都市か。意外と進んでいるな」と神。

「我々がよく知らない70年間の間に進歩もしたことでしょう」とある側近。


 宇宙空母に近づく米軍の戦闘機の編隊。


 宇宙空母。

 神は言う、

「警戒を怠るな。地球人の科学力を知るいい機会だ」。

 ある側近、

「非常体制。バリアーを張り、機動力に優れる戦闘獣・ベリアルを」。


 宇宙空母より戦闘獣・ベリアル、出撃。サーベラスと同じほど巨大だが、比べれば細身のその体。いかにも機敏そうに見える。

 ニューヨークの街に降り立つ。

 ベリアルと米軍の激しい戦い。

 幻術のような光と闇の武具が米軍を翻弄する。その軽快で身軽な動き。

 ウイングサーベラスも宇宙空母の守りに宙を舞う。

 ベリアルの素早い動きに翻弄される米軍。


 船内。コントロールルームでマイクに向かって喋ろうとしている神。


 ニューヨーク市内の一般家庭。テレビを食い入るように見ている少年。テレビの声。

「(英語)アメリカ政府は、彼ら宇宙人をビジターと命名しました」

 画像が揺れる。

 映しだされる神の姿。

 その声が流れる。

「我々は120億光年の彼方、宇宙のオメガ領域、つまり天界より来た。神の一族。地球と、我々のDNAのサブセットから創りだした被造物・人類の調査に来た」


 喫茶店の人々。

「(英語)120億光年のかなたから来た神だって」

「(英語)そんな馬鹿な」


 船内。

 声、

「ブレッシング島の位置を確認しました」。

 表情を変えない神。

「そろそろいいだろう。人類は、侮れないが恐れることもない。我々はブレッシング島へ」


 洋上を飛行する宇宙空母。

「美しい海だ」と神。

「まったくです。天界とはまた違った美しさ」とある側近。

 声、

「ブレッシング島が近づいてきました」。


 海面。

 突如、巨大な恐ろしい龍が姿を現す。

 その口から、強烈な稲妻のようにも見えるサンダーバースト。

 逸れて宇宙空間へ。土星をかすめてはるか彼方へ。


「あの恐ろしげな龍はいったいなんだ?」と神。

 声、

「暴凶龍・ナーガと思われます」。

「先の調査隊が餌食となったアレか…」


 ナーガの恐るべき咆哮。

 またもサンダーバースト。かすめてかなたへ。


「我々は先の調査隊とは装備が違います。ベリアルを投入しては?」とある側近。

「面白い。ベリアルを!」と神。


 出撃する戦闘獣・ベリアル。

 ナーガとの激しい戦い。

 身軽な動きと光と闇の武具で幻惑するも、たちまち圧倒され始める。


 見守る側近たちの声。

「なんという強さ」

「先の調査隊が全滅したのもうなずける」

「サーベラスでも勝てるかどうか」

「ベリアルと二体ならばあるいは」

 神は言う、

「離れろ。危険だ。ヤツは飛べない。逃げるだけなら難しくない」。

 サンダーバーストをかろうじてかわして回収されるベリアル。


 宇宙空母、ナーガから急速に離れる。

 声、

「先の全滅した調査隊のレポートでは、ナーガの出現は70年ほど前から。その後、何度か地球全域を壊滅させるような猛威を振るう。不死身の暴凶龍と」。

 神は言う、

「戦う必要はない。恐ろしい相手だが、近づかなければ心配ない」。

「ブレッシング島です」とある側近。


 洋上、かなたに美しいブレッシング島が見える。



   二


 洞窟。射し入る光。

 横たわる古代の宇宙船。

 その船内の点滅するランプ。


 上空から見る洞窟の入り口。

 視界が引くと、そこはブレッシング島と分かる。

 緑豊かなブレッシング島から、視界は海、そのかなたへ。


 森に隠された神殿。そこはサンクチュアリ。

 なにかを感じ、振り返るフローラ。

 慌てて、近くに立てかけてあった魔法の杖を手に取る。

「空へ!」

 杖に横乗りのフローラ。浮き上がる。

「エンジェル、どちらへ?!」

 神官らしき老人が遠くから声をかける。

「ブレッシング島! 私の宇宙船がなにかに反応してる」 

「いったいなんでしょう?」

「分からないわ。でも、もしかして天界から…」

「天界! お気をつけて」

 はるか上空へ舞い上がる。

 杖は翼を持つ精悍な獣・グリフォンに変容している。またがっているフローラ。

 巨大なコウモリ、大地の精・オレアード。付いて行きたそうに、愛らしい表情で飛んでくる。

「ダメよ、オレアード。待ってなさい」

 フギャーとも聞こえるオレアードの可愛らしくも悲しげな鳴き声。

「ここと違ってブレッシング島は何も知らない人も来たりするからよ。分かった?」

 分かったのか分からないのか、愛くるしいオレアードの顔。


 一人、ブレッシング島へ。眼下のサンクチュアリの密林。

 杖が変容したグリフォンが、またがるフローラを案じるようにかすかに振り返る。

 フローラの顔。心ここにあらずの趣き。

「天界か…」


 フローラの脳裏に浮かぶ回想。

 煌めく噴水。ミカエルとフローラ。

「しかしフローラ。神と君の一族の姫は結ばれる掟。君と僕だ。掟は掟」

「いいえ。私の一族は滅んだのよ。掟はもう無意味だわ。それに、あなたはお姉様の夫」

 無言のミカエル。


 別な回想も浮かぶ。

 血の繋がらぬ親子ほども歳の離れた姉ステラとフローラ。

「フローラ。近くにいれば、私たちはきっと殺し合う」

「そんなことない…」

「聞いて。お前にとって、私の一族は仇でしょう」

「やめて、お姉様。あなたは違う」

 しばしの沈黙。

「遠くにいれば愛し合えるわ」とステラ。

 じっと見つめ合う。


 はるか上空を飛ぶフローラ。眼下は海。


 ブレッシング島の海岸。

 小舟で乗り付ける二人の男女と現地人とも思えるガイド。雑誌社の記者・松本と女カメラマン・美佳。

「松本さん、私たち、帰り大丈夫かしら」

「俺だって初めてなんだからさ。分からないよ」

「心細いこと言わないで」

「とにかく、南海のロマンと、噂に聞く妖精とも魔女とも言われる謎の女への取材。帰りの心配はそのあと」


 ブレッシング島へ降り立つフローラ。

 島民たちに捕まっている記者たち。

「どうしたの、その人たち」

「断りもなく島へ」と島民の一人。

「お願いです。助けてください」と松本。

「私たち、雑誌社の記者とカメラマンです。わたしはカメラマンの美佳」

「僕は記者の松本です」

「怪しい者じゃありません」と美佳。

 フローラの苦笑。

「困った人たちね」


 海の見えるブレッシング島の高台。フローラと記者たち。

 美佳がカメラを構えようとする。

「写真、いいです?」

「そういうの、お断りしてるの」とフローラ。

 ガッカリする美佳の手のカメラの重装備を見るフローラの目。

 松本のバッグにも目を止める。

「そのバッグにはなにが?」

「これ? これはノートパソコンや小型のレコーダーが入ってます」

 松本はちょっとノートパソコンを引き出して見せる。

 フローラの顔に浮かぶ失望。

「ああ、もしかして、反応はあなた達の機械のせいかな」

「なんのことです」と松本。

「なんでもないわ」とフローラ。「それより、よくナーガに出会わずに」

「ナーガって、暴凶龍・ナーガのことですか?」

「ナーガがこの辺りに? あ、だから魔の海域って」と美佳。

「そうよ。不死身の暴凶龍・ナーガのことよ。よくこの辺りに」


 三人の脳裏に浮かぶイメージ。

 東京を襲うナーガ。

 その圧倒的破壊力。

 歯が立たない自衛隊。

 戦うオレアード、苦戦。

 ナーガを見つめるフローラ、杖に横乗りし飛び去る。

 追うナーガ、海へ。


「もしや、あなたがナーガを追い払ったという伝説の妖精ですか?」と松本。

「さあ。逃げたらナーガが追ってきただけかも。私じゃないけど」

「すごい。噂の南海の魔女はナーガを追い払った伝説の妖精だった。売れるわ」と美佳。

「やめて。人違い」

 周りがガサゴソと騒がしい。

 松本と美佳が振り返ると、集まっている島民たち。先ほどの島民たちが仲間を連れてきたらしい。

 フローラの微笑。


 島の中心部の広場。

 またも島民に捕まってしまった松本と美佳。ガイドもいるが、すっかり島民に混じっている。

「今度は助けてくれないんですか?」と松本。

「大人しく帰ると約束してくれるかしら」

 二人に対するフローラの冷ややかな態度。

「取材に来たんです。仕事なんです」と美佳。

「取材というと?」

「旅行雑誌の取材です。南海のロマンと噂の妖精について」と松本。

「さっきは魔女と」

「会って妖精と分かりました」と美佳。

 フローラの苦笑。

「ここは観光地じゃないわ。お断りしてるの、そういうの」

「こんなに美しいところなのに」と美佳。

「人がたくさん来たら汚れてしまう」

「たくさん人が来れば、お金をいっぱい落としてくれますよ」と松本。

「お金がなくても生きていける。それに特産物がいろいろあって」

 顔を見合わせる二人。小声でなにか話し合う。

「では、一つか二つ、願いを聞いてくれませんか。そしたら諦めて帰ります」と松本。

「なにかしら」

「ほんの数枚でいいので、島の写真を撮らせてください」と美佳。「それから、1枚でいいのであなたの写真も」

 困ったという表情のフローラ。

「お願いします」

「僕からもお願いが。ぜひ1曲歌ってください。伝説の妖精は歌が好きと聞きました」

 フローラの苦笑。


 さきほどの海の見える高台。フローラと記者たち。

 何処からか煌めくような旋律。フローラの美しい歌声。


「♪

 澄み切った空に白い雲。

 どこまでも広がる光る海。

 美しい楽園、ブレッシング。

 争いはなく、豊かな実り。

 人々は苦労を知りません。

 この平和が続きますように。

 いつまでもいつまでも」


 遠くの島民たちも手を休めて聞き入っている。

 風に吹かれているフローラの笑顔。

「あっ!」と上空を指差す美佳。


 島の上空の巨大な宇宙空母。


 記者たちと一緒に樹木の陰に隠れるフローラ。

 島民たちもみなそれぞれに隠れる。

「もしやニューヨークに現れた…」と美佳。

「きっとそうだ。なぜここへ?」と松本。

 宇宙空母を見ているフローラの大きく見開かれた目。


 直陸する宇宙空母。

 降り立つ壮年の神・ミカエルと三人の側近。


「あれは…」と呟くフローラ。


 回想。

 噴水。青年の神・ミカエルと少女のフローラ。

「フローラ」

「ミカエル…」

 見つめ合う。


 フローラの顔。

「なにか心当たりでも?」と松本。

 返事をしようとするが言葉が出ないフローラ。


 神は叫ぶ。

「エンジェル! エンジェル! どこにいる! いないのか!」

 戸惑うフローラ。

 再び神の声。

「エンジェル! エンジェル! いるなら出てこい!」

「神よ」と呟き、前に進み出ようとするフローラ。

 腕をつかみ止める美佳。

「神じゃないわ! そいつらは宇宙人・ビジターよ」

「いいえ、神よ。我が種族。私はエンジェル」

 そろそろと歩み出で、ついで駆けて滑りこむように進み出たフローラ、神の前へ。

「神よ。私はここにいます」とひざまずき手を合わせ拝むように。

 わずかに微笑んだかにも見える神。しかし、無表情に近い。

「エンジェル、ひさしぶりだ。会えて嬉しい。一緒に来い」

「はい」

 だが、動けないでいるフローラ。

 わたしを、フローラとすら呼ばないあなた! そんな思いつめたような顔。


 神と三人の側近はさっさと宇宙空母の中へ。

 ハッと気を取り直したフローラ、慌てて魔法の杖に横乗りに。浮き上がると宇宙空母の中へ飛んでいく。

 中で待っていた神。杖を降りるフローラ。

「平和そうな島だ」

「はい」

「この平和が偽りの平和でなければいいが…」

 フローラの顔に浮かぶ不安。


 取り残された記者たちと島民たち、呆然と上空の宇宙空母を見上げる。



   三


 日本列島。

 東京の街並み。

 首相官邸。

「首相。アメリカから自衛隊の出動要請が」

 首相と数人の閣僚が会議用のテーブルを囲む。

「アメリカは核の使用を検討中とか」とある閣僚。


 アメリカ・ホワイトハウス。

 ホットラインの電話を取ろうとする大統領。


 首相官邸。

 電話を手にしている首相。

「大統領! もし核攻撃すればそれをはるかに上回る反撃があるでしょう。宇宙人・ビジターの科学力は計り知れません。おそらく滅びるのは人類の方です」


 南洋。

 飛行する早期警戒機。

 洋上を進む米軍の艦隊。

 艦橋。

「(英語)こちらから手出しは決してしない。核の使用は禁止された」


 ブレッシング島上空の宇宙空母。

 船内を神たちと進んでいくフローラ。

「お姉様は?」と神へ。

「ステラまで天を留守にすることは出来ない」

「そう…。残念です」

 待ち受ける警備担当の乗組員たち。

「これを」と手錠を示す。

「不要だ」と神は退ける。

 手錠に驚き、神を見つめるフローラの顔。

 巨大な格納庫。

 修理中のベリアルの巨体。

 わずかに開いている扉。

 通路を進む一行、フローラの一瞥。


 船内・大ホール。

 その圧倒的にガランとした空間。

 殺風景な中、隅にこじんまりと会議用のテーブルと椅子。

 一つだけ離れて、被告席とも見える趣きの椅子。

「さあ、そこへ」とフローラをうながす神。

 神を凝視するが、フローラは無言で腰を下ろす。

 さっと法衣を身にまとう神と三人の側近。

 フローラを取り囲むごとく着席する。

「エンジェル、紹介しよう。三人はそれぞれ大司教だ」

「わたしはメルキオール」

「バルタザール」

「カスパール」

「いずれも大司教としての名だ」と神。

「どういうことなんです? 私に手錠をかけようとしたり」とフローラ。

 神。

「審問を開始する」

「待って。私が裁かれる? なぜ? 私の心に曇りはありません」

 大司教たち。

「お前は隠し事をしている」とメルキオール。

「よからぬ事を企んでいるのではないか?」とバルタザール。

「なぜ交信を絶つのか?」とカスパール。

 (間)

「その前に手続きとして聞く。なんじの本当の名は?」と神。

 フローラ、見る。

 (間)

「エンジェル・ガイア!」と答えつつそっぽを向く。

「ほかにも名があるはずだ!」とメルキオール。

 返事をしない。

 困った様子の神、

「エンジェル、もう一つの名を」。

 フローラ、不満気に強く見つめる。

「フローラ! お姉様から授かったあなたもよくご存知の大切な名前。私は、エンジェル・ガイア・フローラ」

 大司教たち。

「ステラ様と言え。恐れ多いこと」とメルキオール。

「翼を持たぬお前ごときが。血もつながらない魔界の者なのに」とバルタザール。

 フローラ。


 フローラの回想。

 幼いフローラ。

 銃を手にした兵士に囲まれている。

 歳の離れた美しい姉ステラ、「待ちなさい」と叫びつつ駆けてきて、兵士をかき分ける。

 動揺し混乱する兵士たち。

 フローラを抱きしめるステラ。

 その背に現れる輝く光の翼。

 フローラを抱えたまま遠くへ飛び去る。

「今日から私の妹よ。死にたくないでしょ」とフローラに囁く。


 フローラ。

 目の前の神、

「真実のみを語ると」。

 返事をしないフローラ。

「エンジェル。誓うんだ」

 (間)

「私が嘘をいうと思うんですか?」

「はいと」

 訴えるような目で神を見つめ、フローラ、絞りだすような声で、

「はい!」。

 大司教たち。

 メルキオールは大司教の中でもリーダー格なのだろうか、ここでも口火を切る。

「なぜ交信を絶つ? 70年もの間だ」

 追随するバルタザール。

「なにを隠している? 」

 二人よりは老齢に見えるカスパール、口調はより穏やかだ。

「地球になにかがあったのか?」

 無言のフローラ。

 いらつくメルキオール。

「なぜ黙る?」

 (間)

 核心部分だけに神も黙ってはいられない。

「なにを見た? お前を黙らせるものはなんだ?」

 苦しげなフローラの表情。

 神は続ける。

「お前だけが見たものを知りたい。我々は正義をなしたいのだ」

 いきり立つメルキオール。

「語らずとも、マシーン・アルケーがいま情報を収集しているぞ」

 バルタザールも、

「黙っていれば、立場がますます悪くなる」と。

 フローラ。

 カスパールがなだめるように、

「いきなり核心を聞くよりも、まず周辺のことから聞いていっては?」。

 フローラ。

 埒が明かないので神が話題を変える。

「では、人類について教えてくれ。我らが生みし人類について」

 ホッとした表情のフローラ。

「マシーン・アルケーを使ってもいいかしら」

「エンジェルなら、我々の許可は必要ないはずだ。70年ぶりのアクセスだな」と神。

「マシーン! 私のイメージを眼前に」

 フローラは、マシーン・アルケーで人類の歩みのイメージを創り出していく。

「太古、天界の神々のDNAのサブセットから生み出された人類は、数千年前ようやく自らの力で文明を生み出すに至りました…」

 目の前の現実として、古代の文明が再現される。

「エジプトのピラミッド…」

 そこにあるピラミッド。

 神も大司教たちも立ち上がり、再現されたイメージに降り立ち、手を触れ確かめている。

「そして、バビロンの神殿…」

 目の前の神殿。

「それから、たとえばギリシャの神像…」

 巨大な神の像。

 イメージは、ローマのコロッセウム、万里の長城、ピサの斜塔やソフィア大聖堂、タージ・マハル、京都、奈良など、次々と。

「地球はもともと私の故郷。この頃は天界に行く前の懐かしい思い出」とフローラ。

「そして、天使のまま天界から戻ってきたのが千年ほど前…」

「天使というが、魔女にしか見えないがな」とメルキオールが茶化す。

 キッとにらむフローラ。

 いつしかフローラの歌。


「♪

 生まれたてのあなたは、

 よちよち歩き。

 その一途な歩みが、

 あなたを大きくしていった。

 やがて言葉をしゃべりだす。

 私は教えました。

 汗はきっと報われる。

 親切はきっとあなたに返ってくると。

 そうして人は大人になっていく。

 あなたはいつの間に

 こんなに大きくなったのかしら」


 やがて再現された映像は現代の大都会に。ニューヨークの摩天楼。

 歌い終わったフローラ。

 大司教たち。

 カスパールが呟く、

「興味深いが…」。

「ありふれた歴史だ。目ぼしい情報はない」とメルキオール。

 バルタザールも、

「血の匂いがない。綺麗事だけだ」と。

 無表情の神。

「エンジェル。満足したか? 我々は付き合ったんだ。そろそろお前の口から真実を」



   四


 ブレッシング島、取り残された記者たちと島民、宇宙空母を見上げている。

「エンジェルも心配だが、俺達帰れるのかな…」と松本。

「松本さん、不安にさせないで」と美佳。


 海。

 姿を表した暴凶龍・ナーガ、かなたの艦隊を睨んでいる。


 米軍、空母。

 その艦橋。

 司令官、双眼鏡から目を離す。

「(英語)十分な距離を取れ。刺激するな」


 ナーガの咆哮。その口から火炎が溢れる。

 上空の早期警戒機。

 ナーガの目。

 早期警戒機。

 サンダーバースト、一瞬で早期警戒機を消滅させ宇宙空間へ延びる。

 ナーガの咆哮。


 宇宙空母。

 神たちとフローラ。

 メルキオール、不敵な笑みを浮かべ、

「マシーン! 収集したイメージを」。

 微笑した神、

「いまのエンジェルのアクセスで、イメージをある程度収集できたようだ」。

 ムッとしたフローラ。

「ずるいやり方」

「手間をかけさせておいて」とバルタザール。

「納得しなさい。やむを得ない」とカスパール。

 神はフローラから目を逸らし、

「特別に許可したんだ。許せ」と。


 大ホールを満たす再現されたイメージ。

 燃える駆逐艦の甲板に、現実として投げ出される神たちとフローラ。

 太平洋戦争。

 洋上の空母。

 群がる戦闘機。

 黒煙を上げる戦艦。

 対空砲火。

 特攻隊。

 爆発。撃墜。撃沈。

 そこかしこの死体。爆風。

 フローラ、耳をふさいでいる。

 走る乗組員とぶつかりそうになる。が、イメージは幽霊のごとくすり抜ける。

「戦争か。困ったことだ」と神。「マシーン。いつのことだ?」

 声、

「1944年」。

 神は尋ねる。

「お前を黙らせたものはこれか?」

 首振るフローラ。

「では、なにを見た?」とメルキオール。

「これ以上、手こずらせるな」とバルタザール。

 (間)

「私は、思い出さないようにしてきたんです。恐いから」とフローラ。

 大司教たち。

「これ以上のものか。なにを見た?」とメルキオール。

「答えろ!」とバルタザール。

「どうせマシーン・アルケーが探りあてるぞ」とメルキオール。

 カスパールも穏やかな声で、

「本当のことをいいなさい」と。

 うつむいていたフローラ、意を決したように顔を上げる。

「そんなに見たけりゃ見せてあげるわ。あなた達も口がきけなくなる」

 神の顔。

 フローラは宣言する。

「マシーン! 1945年8月6日ヒロシマ」


 現実として再現されるイメージ。

 うららかな朝。広島の街並み。

 降り立つ神たちとフローラ。


 閃光。

 蒸発する人を見る。

 すべてを吹き飛ばす爆風。


 夜のごとき闇へ。

 燃えている人々。

 炭化した死体。

 全身水ぶくれでうごめく人々。

 この世ならぬ姿で苦悶する人々。

 顔の半分は失われ、腸が飛び出し、皮膚はずるむけ。

 誰も彼もが、やけどで皮膚が布きれみたいにたれさがり。

 顔に木片が突き刺さり、苦しんでいる。

 水、水という叫び。

 燃えながら、負傷者が川を流れていく。

 敵機が襲来し、もがき苦しむ人々を銃撃。


 神たち、衝撃を受けている。

 目を閉じ耳をふさぐフローラ。


 瓦礫の山。あちこちの火。

 背を向けてちょこんと座っている少年。

 再現イメージであるのも忘れ、思わず助けようと駆け寄る神。


 その少年の顔を見る神。鼻も口を削げ落ちて。

 驚きおののく神。

「お母さんは大丈夫?」という少年の声を聞く。

 少年はそのまま死ぬ。

 呆然とする神。


 壊滅した広島の街。

 そこに響く神の叫び。


 圧倒され、立ちすくむフローラ。

 壊滅した広島の街。

 フローラの顔。

 壊滅した広島の街。

 フローラの顔。


 イメージの再現は、その夜のフローラの思い出へ。

 燃える夜の広島。

 恐怖にかられ、杖に乗り飛び去るフローラ。

 海上。

 暴凶龍・ナーガに初めて出くわす。

「なに? あれは。龍? なんで?」

 天から雷光がナーガに延びる。

 近づくグリフォンに乗ったフローラ。

 ナーガの目、フローラを捉える。

 フローラに手を伸ばすナーガ、からくも逃れる。

 ナーガの目、レーダーのごとくフローラを追う。どこまでもどこまでも。


 フローラの顔。

 壊滅した広島の街。

 佇んで見つめている神たちとフローラ。

 神たちのショックを受けた顔。

「わたしはまだ受け止めきれないの」とフローラ。

 神と大司教たち。

「連絡は取りたかったわ。取るのが勤め、天界を去った時からの約束だし」

 (間)

「業務の報告? 当たり障りのない。懐かしい人と会話して。会いたいわ、とか」

 (間)

「それだけでいいの?」

 (間)

「なにをどう話していいか分からなかった」

 神と大司教たち。

 街を見回すフローラ、呟くように歌いはじめる。


「♪

 街が崩れていく。

 苦しむあなたを炎が包む。

 なのに私は痛みも苦しみも感じない。

 それは私が罪人だから。

 死すべきは私なのに。

 私は罪を背負って生きていきます。

 この記憶を伝えるため。

 傷ついた体で、自分のことより

 他人を心配するあなたの心。

 私は忘れません。

 地獄の炎が私を包むその日まで」


 フローラも神たちも涙を浮かべている。



   五


 南洋上空の宇宙空母。

 その船内・大ホール、照明が灯り現実に戻る。

 神と大司教たち、着席。

 まだ放心状態のフローラ、よろよろと着席。

「真実は明らかとなった」と神。

 大司教たち。

 メルキオールが尋ねる。

「これがその70年前の出来事なのか?」

「確かに70年ほど前になる」とバルタザール。

 メルキオールは嘆息する。

「その間、悪は野放しに」

「正義は実現されなければならない」とバルタザール。

「それにしても70年間も!」

「時間は戻せる」とバルタザール。

 カスパールが慌てて打ち消す。

「マシーン・アルケーでの時間逆行は禁止だ」

「なぜ?」

「太古からの決まり」とカスパール。

 心ここにあらずのフローラ。その口元。

 ボソボソと独り言。

「あなたは誰?」「わたしはみつこ」「みつこって誰?」「私」

 見つめる神。

「エンジェル、どうした?」

 フローラ。遠のく意識。


 フローラの見る幻影。

 早朝、出掛けに母と別れの挨拶をする女学生。

 玄関をまさに開けようとしたとき、わずかな隙間から閃光。

 爆風。

 倒壊。

 助けてー、と叫ぶ。

 もがく。

 迫る火の手。

 もがく。

 這い出せた、と思ったが足首が抜けない。

 もがく。

 迫る火の手。

 ようやく抜ける。

 血だらけで這い出す。

 母は燃えて炭化している。

 這うように川へ逃げる。

 うごめく焼けただれた人々。

 水に映る自分の顔。

 原型をとどめていないその顔。

 フローラの悲鳴。


 頬の衝撃。

 床に倒れているフローラ、意識を取り戻す。

 神がフローラの頬を打っている。

「しっかりしろ」

 神を見つめるフローラ。

 その脳裏に、原型をとどめていない顔のイメージ。

 フローラの悲鳴。

「エンジェル!」と叫ぶ神。

 ガタガタ震えているフローラ。

「しっかりするんだ」と神。

 フローラ、神を見つめる。

 倒れたまま、やっと落ち着く。

「大丈夫か?」

「はい…」


 海。

 暴凶龍・ナーガ。

 その目が捉えるかなたの宇宙空母。

 咆哮。


 船内・大ホール。神たちとフローラ、着席している。

 神・ミカエルの厳かな宣言。

「よし。では、最後の審判。評決」

 しかしメルキオールは言う。

「その前に、人類にもチャンスを」

 フローラ。

 警備の乗組員に案内されて大ホールへ入ってくる記者・松本とカメラマン・美佳。

「あなたたち!」とフローラ、驚いて。

「ご無事でなにより」とにこやかに松本。

 大司教たち。

 メルキオール、

「すでに我々は70年前の原爆投下の現場を検証した」。

 バルタザールが二人に問う。

「人類はこの件に関して、どのような責任を取ったのか?」

 メルキオールが言葉を補う。

「全人類の価値をいま計っているのだ。存続させる価値があるかどうか。天界の我らが判定する」

「太古、われらのDNAからサブセットをコピーして人類を生み出した。最低限の善悪の判断能力は与えたはずだ」とバルタザール。

 顔を見合わせる松本と美佳。

 カスパールが事態を端的に現す言葉を告げる。

「まさに人類の価値が問われている」

 二人のしばしの沈黙。

 美佳が口を開く。

「いっぺんに言われても」

 松本も困惑を隠さない。

「われわれは人類の代表というわけじゃないので」

 メルキオールの問い。

「だれなら責任ある回答ができる?」

「大統領か首相か国連の誰かか…」と松本。

 バルタザール、

「誰がどのように責任を取った?」。

 二人からの返事はない。

 メルキオール、松本に

「そいつらに返答は可能か?」。

 松本はキッパリと答える。

「誰も責任は取ってないし、たぶん誰にも返答できないでしょう」

 メルキオールとバルタザール、怒りを隠せないでいる。

 カスパールが冷静な声で聞く。

「それが人類の最終回答か?」

「答える能力がないんです。誰にも」と松本。

 神。

「もういい。評決!」

 大司教たち。

「死!」「死!」「死!」

 無言のフローラ。


 突如、宇宙空母全体を揺るがす衝撃。

 声、

「警告。ナーガのサンダーバースト!」。

 船内スクリーン、ナーガの映像。

 またもサンダーバースト、危うく逸れてはるか宇宙へ。

 神。

「サーベラスを!」


 出撃する天の魔獣・ウイングサーベラス。

 暴凶龍・ナーガとサーベラスの激しい死闘。


 はるかな海上で警戒している米軍の艦隊。

 双眼鏡を覗きこんでいる司令官。

 ナーガとサーベラスの激闘をかなたから見守っている。


 宇宙空母、船内。

 ここに留まることは危険だと感じているフローラは問う。

「ブレッシング島からはどのくらい?」

 声、

「東方約50キロ」。


 フローラの脳裏に、先ほど見た再現映像がよぎる。

 夜の海。

 雷光を浴びるナーガ。

 その手がグリフォンで飛ぶフローラに伸びる。


 フローラ。

 カスパールがフローラに問う。

「もしやナーガは、お前を追っているのでは?」

「そうかしら。分からないわ。とにかくブレッシング島へ。ナーガは来ないはず」

 神。

「なぜ来ないと言える?」

「いままで来たことがありません」


 ナーガ、サーベラスを振り払う。

 その目。

 視線が上空の宇宙空母をしっかり捉える。

 ナーガはフローラを探しているに違いない。

 X線で透視するかのごとく宇宙空母内のフローラの位置を探り当てる。

 そのフローラめがけ、またもナーガのサンダーバースト。

 サーベラス、再びナーガへ襲いかかる。


 船内。

 バリアー越しの衝撃。

 声、

「警告。ふたたび命中すれば墜落する恐れがあります!」。

 神が叫ぶ、

「ただちにブレッシング島上空へ」。


 宇宙空母、移動を開始する。みるみる高速に。

 それを追うナーガのサンダーバースト。なんとかかわす。

 サーベラス、舞い上がり宇宙空母のアトを追う。

 飛べないナーガ、今度は米軍の艦隊をにらむ。

 米軍司令官、

「退避せよ!」。


 ブレッシング島上空まで移動している宇宙空母。近くでサーベラスが吠えている。

 安堵している船内。

 改めて神が宣言する。

「さて、評決の続きだ」

 フローラ。

 みな着席する。

 神は問う。

「エンジェル、お前はどうなんだ?」

 フローラは問い返す。

「人類をどうするつもりなんです?」

 神が答える前にメルキオールが返事をする。

「滅亡させる!」

 すかさずフローラは反論する。

「馬鹿げてます。70年も前のことで」

 大司教たち。

 気色ばむメルキオール。

「馬鹿げてるとはなんだ!」

 バルタザールも加勢する。

「70年もほっておいたのはお前だ!」

 フローラ、

「私にどうしろと!」。

 メルキオール、

「お前は神の代理人。神の力を持ちながら、なぜ天罰を下さなかった」。

「か弱い女の私に地球のすべてを押し付けて!」

 バルタザール、

「エンジェルの位階を持つものが自らを女と」。

「真実を言えと」

「真実でも言ってはならぬ。宇宙の秩序はどうなる。懲罰を!」とバルタザール。

「あなたは男? それとも女? 真実のみを」

 バルタザール、完全に頭に血がのぼって、

「天使が女では秩序が保てないと言ってるんだ!」。

 メルキオールも怒りつつ、

「エンジェルが自分を女と言ってはダメだ」。

 カスパールが落ち着いた声でさえぎる。

「話がどんどん逸れていってる。問題はそのことじゃない」

 松本と美佳。

 松本が立ち上がる。

「人類に責任はあります。しかし、いまはまだ未熟なんです。いろいろな意味で。少しずつマシになっていくはずです」

 (間)

 ようやく神が口を開く。

「三日やろう」

 見るフローラ。

 神の言葉は続く。

「三日のうちに核兵器をすべて廃棄すればよし。そうでなければ全面攻撃。(松本と美佳に)お前たち二人はメッセージを伝えろ」

 顔色が変わるフローラ。

「全面攻撃って…。正気じゃない。どうしちゃたんです?」

 神の冷酷な言葉、

「エンジェル。お前も我らとともに攻撃するんだ」。

「出来ません。頭を冷やして下さい。まともじゃない」

 大司教たち。

「神に逆らうのか!」とメルキオール。

 バルタザールも

「正義のためだ」と。

 二人よりは穏当かと思えるカスパールも言う。

「人類に非があるのは明らか。やむを得ない」

 ショックを受けているフローラ。

 ようやく静かな口調で言う。

「私は人類の手先でも味方でもありません。ただ、罪なき人が苦しむのは見たくない。一緒には戦えません」

 カスパールはいう、

「三日のうちに核兵器を捨てればいいだけだ」。

「捨てなかったとき戦えと? 全面攻撃? 付き合えません」

 フローラ、杖を握って「グリフォン!」と。

 神は慌てる。反乱をそのまま見過ごしたとあれば、自身の権威に傷がつく。

「待て。このまま去れば、次に会ったときお前は死ぬぞ。予言は成就する」

 杖に乗って飛び去ろうとしたフローラ、神の言葉に凍りつく。

 (間)

「私は火に包まれて死ぬでしょう。成就するのは私の予言」

「待て。待ってくれ」と神。「脅しただけだ。留まれば予言は無効だ。行くな!」

 フローラ、杖に横乗り。

 杖は精悍な獣・グリフォンに変容し通路から格納庫へ。

 格納された魔獣・ウイングサーベラスを横目に脱出口から外へ。


 蒼白の神。

「しまった。予言がマシーンに登録された。エンジェルは死ぬ…」

 自らの言葉を悔み、呆然としている。

 松本が神の側近たちに小声で尋ねる。

「マシーンというのは?」

 カスパールが答える。

「マシーン・アルケーとは、太古から伝わる神の力の源泉。科学が生み出した奇跡そのもの。宇宙の根本原理に働きかける」

 バルタザールがつぶやく。

「会わなければ、予言は実現しないのでは?」

 メルキオールが答える。

「マシーンの登録状況を解析しなければなんとも言えない」

「そもそも会わずにすむだろうか?」と神。

 カスパールは言う、

「マシーンの状況をマシーン自身に解析させましょうか?」。

 元気なく神は答える。

「いや。恐れている通りなら打つ手がない。知りたくない」

 ショックを受けている。


 サンクチュアリ。

 森に隠された神殿のフローラ。


 フローラの回想。

 天界での神・ミカエル。

「フローラ、愛してる」

 先ほどの船内の神。

「次に会ったときお前は死ぬぞ。予言は成就する」


 フローラ。涙ぐむ。


「♪

 なにがあなたを変えたのかしら。

 同じ人とは思えない。

 私を忘れた?

 あの時のあなたはいまどこに?」


 視界に広がるサンクチュアリの緑。



  六


 日本、自衛隊基地。

 レーダー、宇宙空母の機影。


 スクランブル発進する戦闘機。

 高速移動する宇宙空母。


 国会議事堂前。

 上空の宇宙空母より、小型の飛行艇。降下していく。

 ふんわり着陸した飛行艇から降りる松本と美佳。

 二人をとりまく警官と自衛隊。みな二人よりも上空を見る。

 飛行艇を回収することもなく、宇宙空母、そのまま飛び去る。


 議事堂内の首相と松本、美佳。

「アメリカが核兵器を捨てられるはずはない」と首相。

「とにかくアメリカへ伝えて下さい。彼らと約束したんです」と松本。


 ホテル。

 そのラウンジ。

 お茶しながら休んでいる松本と美佳。

「あんなのでよかったのかしら」と美佳。

「ま、約束は果たしたさ」と松本。


 ビル街、上空より杖に横乗りのフローラが着地。街を見回す。

 道行く人たち、驚いている。

 松本たちのいるホテルの前に。


 ラウンジの松本と美佳。

 現れるフローラ。

「いいかしら」

「わあー」

「驚いたな。どうぞ」


 官邸。ホットラインの電話を手にする首相。


 ホワイトハウス。


 ラウンジの三人。

 松本はいう、

「アメリカは核兵器は捨てませんよ。核攻撃をするかも」と。

「人類の核兵器など通用しません」とフローラ。

「通用しないとは思うけど…」と美佳。

「ただ、神はいまわずかな兵力しか持っていません。地球に着く前の戦闘で痛手を受けたのです。ウイングサーベラス、ベリアル、反物質爆弾。それに強力なレーザー砲くらいのものです。水爆はありません」

「反物質爆弾?」と美佳。

「反物質爆弾は地球を消滅させるどころか、太陽系を吹き飛ばすかも。しかし、神は使わないでしょう。人類が水爆さえ使わなければ」

「恐ろしい話だわ」と美佳。

「たとえそうでもアメリカは核兵器は捨てませんよ」と松本。「それから…」言いよどむ。

 (間)

「なにか…?」とフローラ、首を傾げて。

「予言のことです。言いたくありませんが、あなたは死ぬと」

「マシーン・アルケーに登録されたら逃れられません」

「機械ならば、リセットできるでしょう」と松本。

「マシーン・アルケーは神の力そのもの。恣意的に使うことは、神であっても許されません。マシーン・アルケーが神で、神はその管理者と考えたらいいかもしれません。宇宙の状況を変更する機能は、神であってもその地位や命を賭けなければ使えないのです」

「ではあなたは…」と松本。

「予言などなくても死ぬ時は死にます。考えても仕方ありません」


 宇宙空母。作戦会議。

 神、世界地図を指さしつつ。

「サーベラスはニューヨーク。テキトーに戦う。サーベラスはおとりだ。機を見てベリアルがワシントンのホワイトハウスを急襲する。大統領を生け捕りにし公開処刑する。それで作戦完了。帰還する」

「罰は大統領の命一つですか?」とメルキオール。

「そうだ」

「軽すぎませんか?」とバルタザール。

「殺戮はさけたい」

「賢明な判断です」とカスパールが穏やかに。

「サーベラスとベリアルを逆にしては?」とメルキオール。

「敏捷なベリアルの方が奇襲には向いているだろう」


 首相官邸。

「大統領、期限が迫っています。決断を。核兵器などビジターの科学力の前には無力です」


 サンクチュアリ。

 森の中の神殿のフローラ。


 回想。

 煌めく噴水。ミカエルとフローラ。

「ミカエル。あなたは太古からの掟があるから私を求めるの?」

「そうさ」

「愛じゃなくて」

「愛してるさ、もちろん」

「いま、太古からの掟だからと」

「フローラ。困らせるなよ」

「あなたはお姉様のものよ」

「……」

「掟は私の一族を従わせるためのもの。もう滅んだわ。わたし一人。無意味よ」

「だけど」

「お姉様は裏切れない。妻を捨て別の一族の女を娶る。私の一族は滅んだのに。掟だけがまだ活きてる。馬鹿げてるわ。いまとなっては従えない」

「愛してるんだ」

「私もよ。でも、ダメなの。相手がお姉様だから」


 フローラ。

「♪

 あなたは忘れた、私だけの思い出。ルルルルル…」


 海。

 グリフォンに乗るフローラが飛んでいく。巨大なコウモリ・オレアードを伴って。

「オレアードだけではサーベラスやベリアルに勝てないわ」と呟く。


 宇宙空母。

 声、

「警告。エンジェルがマシーン・アルケーにアクセスしています」。

「状況を探っているのかと。こちらの作戦は筒抜けです」とメルキオール。

「アクセス権を制限するか、いっそエンジェルの位階を一時停止しては」とバルタザール。

「いや、このままでいい」と神。

「なぜです」とバルタザール。

「拒絶すればエンジェルが悲しむ」

 メルキオールは呆れていう。

「愛はあなたを滅ぼすでしょう」

「好きにさせてくれ」

 無言のカスパール。


 ニューヨーク、摩天楼頂上のフローラ。

 手を合わせ祈るように。情報を収集している。

 フローラの脳裏に、各地の出来事のイメージが映る。警察、軍の警戒。全米の緊張。


 ニューヨーク、洋上に現れる宇宙空母。

「期限だ。返答はない」と神。「行け、サーベラス」

 出撃する天の魔獣・ウイングサーベラス。

 待ち構えていた米軍の砲火。激しい戦闘。

 見守る摩天楼頂上のフローラ。

 サーベラスが米軍を蹴散らしていく。

 頃合いをみて戦闘獣・ベリアル、出撃。

 グリフォンに乗るフローラ、ベリアルを間近に見る。


 宇宙空母内。

 声、

「エンジェルよりアクセス。音声連絡」。

「ミカエル、ミカエル」とフローラの声が響く。

「返答すれば予言が発動するかもしれません」とメルキオール。

「ミカエル、ミカエル。返事をして。どうしたの? 聞こえないの」

 (間)

「お願いよ、ミカエル。返事をして」

 たまらず神は返事をしてしまう。

「その名は止めてくれ。いまはプライベートの時間じゃない」

「ミカエル、大統領を許してあげられない? 彼は、核攻撃に反対してるのよ。みんなを説得しているわ」

「あんな原始的な核兵器、われらに通じると思うのか」

「そうじゃなくて、気持ちの問題。心の問題よ」

「大統領の命一つで許そうというのだぞ。それすらダメというのか」

「彼は核攻撃をさせないよう頑張っているのよ」

「最高責任者であることが罪なのだ」

「核を使ったのは彼じゃないわ」

「どうしろというんだ。なにもしないわけにはいかない」

「だから…、私も分からないわ」

「なぜあの時、すぐに神の力を使わなかった! こうするしかない」

「お願いよ」

「ダメだ」

「分かったわ。もういい。私が悪かったのよ」


 ベリアル、ホワイトハウスを急襲。

 警護の米軍の砲火。

 ベリアル、米軍を蹴散していく。

 車で逃げようとする大統領を追い詰めるベリアル。

 上空に現れる巨大コウモリのオレアード、ベリアルめがけて急降下。

 二頭の死闘。


 ニューヨーク。

 魔獣・ウイングサーベラスの猛威を見ている摩天楼のフローラ。

 海上に現れる暴凶龍・ナーガ。

「来たわ。やはりナーガは私を追っている!」

 フローラめがけて放たれるサンダーバースト。

 杖に飛び乗り逃れる。

 次々とフローラに放たれるサンダーバースト。

 キノコ雲。

 巨大なクレーターとなる。

 そのおどろくべき威力。

 フローラ。


 フローラの脳裏に浮かぶ映像。

 広島の原爆の投下後の燃える死体の数々。


 フローラ。

 またもサンダーバースト。

 キノコ雲。

 巨大なクレーターとなる。

「私もきっともうすぐ死ぬわ」

 睨み合うナーガとサーベラス。

 死闘。

 ナーガの猛攻を真っ向から受け止めるサーベラス。

 ナーガのサンダーバースト、宇宙空母にバリアー越しながら命中する。

 噴煙。


 宇宙空母。

 声、

「警告。危険です。ふたたび命中すれば墜落の恐れがあります」。

「ベリアルを戻せ!」


 ナーガの放つサンダーバースト、フローラやサーベラス、宇宙空母を襲う。

 危うくかわす。キノコ雲。

 ナーガ、何度も何度もフローラにサンダーバーストを放つ。


 戻るベリアル。

 追うオレアード。


 ナーガとサーベラス、互角の攻防もサーベラスの翼から白煙があがる。

 ベリアル、上空よりナーガを急襲。

 ナーガを吹き飛ばし激闘となるが、ベリアルはたちまちダメージを負う。

「ベリアルを回収しろ」と叫ぶ神。

 サンダーバースト、ふたたび宇宙空母に命中。

 声、

「警告。重大ダメージにより降下しています」。

 サーベラス、からくも不時着した宇宙空母を守るように飛行して回りこむが、すでに動きがおかしい。

 サンダーバーストをなん発も浴び、サーベラスはついに倒れる。


 宇宙空母内。

 甚大な被害を受けている。

「反物質爆弾を。小型艇で逃れれば使えます」とメルキオール。

「ダメだ」と神。

「なぜです!」

「条件が満たされていない」

「以前、水爆攻撃をいきなり受けたとき使いました」とバルタザール。

「いま水爆攻撃は受けていない」

「目の前のアレは、水爆以上です」とバルタザール。

「死の危険が迫っています」とメルキオール。

「ダメだといったらダメだ」


 神の乗る宇宙空母にトドメを刺そうとするナーガ。

「オレアード!」とフローラ。

 上空で待機していたオレアード、巧みにナーガの背後を取る。

 死闘。

 だが、ついにオレアードは傷つく。フローラが叫ぶ。

「逃げなさい、オレアード!」

 大破したサーベラスの影に身を隠すフローラ。神の声をマネて言う。

「サーベラス、目覚めよ!」

 立ち上がるサーベラス。

 ナーガとサーベラスの小競り合い。


 見守るフローラ。

 呪文めいた言葉を呟き始める。 


「(半ば、呪文として)

 ナーガ。いったいなぜ私を追ってくるの?

 獲物として私を食い殺すため?

 それとも、罪人である私に天罰を下すため?

 私を殺せば満足?

 それだけがお前の目的?

 もしそうなら、それがお前の弱点よ。

 私を殺しおおせたとき、満足しきって、

 お前の目から生気は失せ、殺気は消えることでしょう。

 私が死ぬときお前も死ぬ。

 お前を産みし雷光が、いまお前を滅ぼす。

 私と一緒に眠りなさい。永遠に」


 そのときナーガのサンダーバースト。

 サーベラスが防ぐがその火炎がフローラを包む。悲鳴。火炎。フローラの死。

 サーベラス、倒れる。

 不気味な空。

 勝ち誇ったかのナーガ。

 突如の雷光、ナーガを貫く。

 ナーガ、灰と化し風に散る。

 傷ついたオレアード、ふらふらとその場へ飛来する。

 呆然とし、やがて何処ともなく去る。



   七


 ニューヨーク。墜落した宇宙空母。

 米軍が恐る恐る迫る。

 現れる戦闘獣・ベリアル。

 対峙する米軍。

 目覚める天の魔獣・ウイングサーベラス。ベリアルと並び立ちはだかる。

 宇宙空母より神と大司教たち、降り立つ。

 米軍の緊張。


 非常用の地下司令部。

 大統領、電話を手にする。


 現地司令部。

 司令官、大統領からの指示を受けている。

「(英語)黙って立ち去るよう仕向けるんだ。うかつに攻撃してはならない。攻撃する気があると思わせるな」


 米軍と対峙したままのサーベラス、ベリアル。

 神と大司教たち、警護の乗組員らも従えフローラの燃え尽きたあたりへ。

「灰を。灰を拾え!」と神。

 大司教たち。

 カスパールが恐る恐る言う。

「しかし、もし奇跡をなせばあなたは窮地に陥るのでは?」

 立ち止まる神。

 これまでフローラに厳しい態度だった二人、顔を見合わせ口を開く。

「いや、なすべきです。たとえ苦難が待っていようとも」とメルキオール。

「もし我が身可愛さに見捨てれば、それこそ物笑いの種に」とバルタザール。

 うなずく神。

 この成り行きに満足気なカスパールが神に告げる。

「では、我らもあなたと運命をともにいたしましょう。今こそ奇跡を!」


 飛び立つ宇宙空母。

 サーベラス、ベリアル、その後を追う。


 宇宙空母内。

「マシーン・アルケー! 起動せよ」と神。

 巨大な機械、うなりをあげる。


 イメージ。

 天界。

 幼いフローラを背後に隠す、母のように見える血の繋がらぬ姉ステラ。

 兵士に囲まれている。

 兵士の中より現れる首領たるステラの父。それは当時の神。

「その子を渡せ」

「わたしの妹よ」

「お前に妹などいない」

「妹にしたの。この子を」

「太古からの掟を知ってるだろう? お前からすべてを奪う子だ」

「お父様。わたしまでも敵にする気?」

 黙るステラの父。

 ステラの背の光の翼、背後のフローラを守るように広がる。


「お姉さま!」と目覚めて叫ぶフローラ。

 自分が寝台に寝ていることに気づく。

 神とフローラ。

「灰と化したはずなのに。マシーンを使ってしまったのね」

 うなずく神。

「嬉しいわ。でもあなたは大変よ」

「死なせたままには出来ない」

「ミカエル…。大丈夫、お姉さまがあなたを守るわ」

「一緒に天界に帰ろう」

「ダメよ、あなたにはお姉様が」

「お前を残しては帰れない」

「私おかしくなりそう。お願い、一人で帰って。私が狂っちゃう前に」

「フローラ…」

「やっと呼んでくれた。フローラと」

 二人の微笑。

 その時、神とフローラはなにかの気配に気づく。

 二人、辺りを見回す。


 宇宙空間に鳴り響く暴凶龍・ナーガの咆哮。

 霊的な煌きが地球へ向けて漂っていく。


 地球。

 グリフォンに乗るフローラ、東京の街角に降り立つ。

 気づいた人たちは驚いている。

 あるビルを見上げ、また杖に横乗りで上昇する。


 雑誌社の松本、パソコンに向かっている。

 美佳は写真のチェック中。

 窓からトントンという音が。

 そちらを見る美佳。そこにいるフローラ。

「ちょっと、松本さん」と窓を指差しながら美佳。

 松本も気づく。

「エンジェル!」

 杖に乗ったままのフローラ、笑顔で手を振り飛び去る。

 窓から首を出して見送る二人。


 宇宙をゆっくり飛行する宇宙空母。

「エンジェルを一人残して帰るとは」と神。

「天界でステラ様がお待ちです」とメルキオール。

 神。

「エンジェル、いや、フローラ。さらばだ」

 宇宙空母、高速に去る。


 現代の広島。

 原爆ドーム前。

 降り立つフローラ。

 目を閉じる。


 その脳裏に浮かぶ、広大な焼け野原のイメージ。

 原爆投下ひと月後くらいの広島。

 そのどこまでも続く荒涼たる風景。

 フローラ、静かに歌いはじめる。


「♪

 あの世ってあるのかしら。

 わたしは死んだらどこに行く?

 死んだらもう終わり?

 それならたまらなく悲しい。

 わたしはここにいる。

 あなたはどこ?

 風よ、わたしの言葉を伝えて。

 私はこんなにもあなたのことを考えていると」


 歌いながら、回想の場面はさらに変わる。


 原爆投下直後の爆心地付近。

 顔面が焼けただれたぼろきれのように横たわる婦人。

 片目は飛び出し、鼻も口も分からない。

 呆然と寄り添うフローラ。

 婦人はなにごとかつぶやく。

 耳を近づけて聞くフローラ。「子供は大丈夫でしょうか」と。

 子供は足元で炭化している。

 フローラはいう、「大丈夫ですよ」と。

 婦人は「その子をお願いできませんか」と。

 フローラは「はい」と。

 婦人は息を引き取る。

 フローラ、そっと顔にハンカチを。

 泣いている。


 原爆の惨状のさまざまな光景。


 フローラ、空へ呟く。

「わたしは正しかった? それとも、間違っていた?」

 翳る太陽。雨がポツリポツリと。


 海。

 目を開く海底の暴凶龍・ナーガ。

 海上へ現れる。

 サンダーバースト、空へ延びる。

 それをかわした洋上のグリフォンに乗るフローラ。

 そのまま何処へか飛び去っていく。


 サンクチュアリ。

 森に隠された神殿。

 その奥深く、闇の中に揺れる大きな炎。

 それを見つめるフローラと神官たち。


 サンクチュアリの俯瞰。その美しい緑。

 海岸のフローラ。

 海。

 流れるフローラの歌声。


「♪

 120億光年かなたのあなた。

 せっかく会うことが出来たのに。

 ふたたび会うことはあるかしら…」



※ 原爆投下後の状況は次の文献を参照しました。

  あの日… 『ヒロシマ・ナガサキ死と生の証言』より

  日本原水爆被害者団体協議会[編]

  出版社・新日本出版社

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