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鉱石西瓜に歯を立てると、さく、としゃり、の間のような食感がした。水気の多い果物の西瓜と全然違う。そもそも見た目も全然違って、抱えるような大きさではなくて指先でつまめるくらいの小ささだった。表面もすこしごつごつとして。鉱石の名前の通り、緑の宝石の原石、それともとても綺麗な飴玉とでも言われた方がしっくりくるかもしれない。
でも口の中に広がるのは、確かに西瓜の甘味だった。それも、煮詰めてとろかしたみたいにすごく濃い。囓った断面も、緑の表面のすぐ内側には白、さらに中心は赤い実になっていて、パットも知ってる西瓜そっくり。だから、とても不思議な見た目と味と食感だけど、これも西瓜――なんだろう。
「地面の下ではお日様が届かないからねえ。土を伝わる熱で、じっくり作物を育てるのさ。石になってしまくらい、長い長い時間をかけてね」
おばあ様が渡した銅貨を抱えて、西瓜売りの小人は笑った。絵本や童話で見るような、鼻の大きいおじいさん。ごつごつとした手はツルハシでも握っているのが似合いそう。鉱石西瓜は水をやって育てるのかしら、土の中から掘り出すのかしら。とにかく、こんなに小さい人たちならパットにとっての普通の西瓜くらいの大きさに感じられるのかもしれない。
「ありがとう、とても美味しいです」
「それは良かった。何しろできるのに時間がかかるからね、甘味も凝縮されるってもんさ」
小人は得意げに胸を張ったけれど、パットはふと不安になった。こんなに美味しくて綺麗で、しかも育てにくい西瓜なら、もっと高価なものではないのかしら。
「あの、銅貨ひとつで良いんですか? もっと……」
お金を出したのはおばあ様だから、パットが言うのもおかしなことではあるけれど。でも、後でお父様にお小遣いから立て替えてもらうこともできるはず。だから、恐る恐る言ってみたのだけど。小人はやっぱり笑って手を振った。
「なに、質の良い銅はいくらあっても良いものだ。精錬するのに手間がかからないからね。こっちにも良い取引なんだ」
パットが首を傾げていると、おばあ様が横から説明を加えてくれる。
「お金のやり取りではないの。物々交換と言った方が良いかしら。この人たちにとっては、硬貨ではなく金属の塊をもらったことになるのよ」
「お札は細かい模様の紙切れだし、君にとってはガラクタが、ここでは宝物に変わるかもね。だからといって得をしようとすると危ないかもしれないけれど」
鉱石西瓜を齧りながら、月牙も歌うように楽しそうに口ずさむ。
「甘いものを食べて喉が乾いただろう。次は飲み物かな。疲れていない? お勧めはまだまだこれからだ」
月牙は、白い指先についた西瓜の赤い欠片をぺろりと舐めた。それだけの仕草がとても綺麗で、なぜかパットの心臓が跳ねた。
それからパットは、色々なものを見たり食べたり飲んだりした。
人魚が貝殻のグラスで差し出してくれた冷たい水には、真珠のカケラが煌めいていた。雲を練りこんだという揚げ菓子は、ふわふわとしていくらでも食べられてしまいそう。ディナーをたっぷりいただいた後なのに。
綺麗なもの、可愛いものもたくさんあった。蜘蛛の糸のレースに夜露のビーズが散りばめられたショールを星空に透かしてみたり、青白い尾を引く彗星が首や手首に絡みつくネックレスやブレスレットに溜息をついたり。
触るのが怖いくらいで、買ってもらうなんて思いもよらなくて。でも、見ているだけで飽きるということがない。おばあ様とあれが素敵、これが可愛いなんて笑い合うとなおさら楽しくて。知らない世界の月と星が行き交う夜の市場では、時間がどれだけ経ったのかも分からない。
「ふあ……」
それでも随分長い時間を、夜の市場で過ごしたようで。人波が途切れた合間に、パットは思わず小さなあくびを漏らしてしまった。
「眠くなってしまった? そろそろ帰る頃かしら」
「いえ、まだ……!」
おばあ様に見られてしまって、パットは慌てて首を振る。まだまだ、全部見ていない。もう帰るなんてもったいない。
「もう少し、良いですか……?」
でも、一度あくびをしてしまうと、疲れているのに気づいてしまう。お店の灯りが目に染みるようで、ぱしぱしとせわしなく瞬きすると、眠い時の目が乾いた感じがした。
「月が満ち欠けして星が巡る限り、夜の市場はいつでも君を待っている。また来れば良いじゃないか。おばあ様のパットと一緒に」
「……うん……」
月牙が宥めるように頭を撫でてくれても、返事はためらいがちになってしまって。
「では、あとひとつだけ何か見て帰りましょう。残りは……また次にすれば良いわ」
おばあ様にも言われてやっと、パットは頷くことができたのだった。
あまり時間がかかってはいけないわ、と思いながらパットは市場を見渡した。小物のお店を覗いてみようか、最後の最後に冷たいお菓子はどうかしら、パットにはまだ大きいけれど、あのドレスのお店も素敵だわ。
ひとつだけ、と思うとなかなか決めることができなかったけれど――やっと、見つけることができた。夜の市場でひときわ輝くそれを見て、パットは声を弾ませた。
「――あれ。あれに乗ってみたい!」
指差す先にあるのは、回転木馬――のようなもの。
丸い広場の中に、輪を描くように連なった動物たち。それぞれ金や銀の手綱をつけて、エナメルの花飾りで頭や鬣を彩って。赤や緑、鮮やかに塗られた車を牽いているのもいる。遊園地や巡業のサーカスで、パットも見たことがあるのにそっくり。
でも、夜の市場にあるものだから、何もかも普通とは違う。
銀色の角を戴く一角獣は、蹄で地面を掻いている。身体を丸めて、長い首を背中に休めている竜は、鼻からちろちろと火を噴いている。大きな翼の毛繕いをしているグリフォン。人が乗れる大きさの、蛇の尾を持つ雄鶏。
本の中で見た幻獣たち。おとぎ話の住人たち。でも、どれも本物で、生きて動いてパットのすぐ目の前にいる。駆け寄ろうとして――でも、パットの足は止まってしまった。
「乗れる……のかしら?」
一目見ただけでは回転木馬と思ったけれど、近づいてみるとどの生物も鋭い角や爪、大きな口やその中に隠れた牙が恐ろしい。お話では怪物と言われているのも混ざっているのに、パットを乗せたりなんかしてくれるのかしら。
「怖いのかな? 大丈夫、みんな子供好きの奴らばかりだ。それに賢い連中でもある。肉を狩るより、音楽に乗せてぐるぐる回って、稼いだ金で買った方が早いと気付いたのさ」
「そう、なの……?」
月牙が言うのが本当なら、優しい子たちばかり、ということなのかしら。一角獣の角、グリフォンの羽根、竜の鱗。どれも触ってみたいし乗ってみたい。でも、これ以上近づくのも怖い。
「じゃあ、一緒に乗ろうか」
おばあ様と月牙を見上げて困っていると、パットの足が宙に浮いた。月牙に抱き上げられたと気付いたのは、不思議な香りに包まれたから。
「行ってくるよ、パット」
「ええ、お願い」
おばあ様と月牙の、親しげなやり取りを横に聞いて、パットは幻獣たちに近づいた。月牙が笑う声が、身体に響いてとても近い。
「さあ、どれが良い? 僕は一角獣には乗れないから、それ以外にしてもらわなきゃだけど」
パットたちを見つめる幻獣たちの目は、笑っていた。怪物なんかではなくて、本当に賢くて優しいのだと分かる。金色、銀色、深紅に黒檀の色。宝石のように光る瞳が、パットを見つめて呼んでいる。
「じゃあ……あの子」
その中から、パットはやっと赤い鱗の竜を選んだ。