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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
始まりの鍵
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 夜の市場は、お店の形も売り子の姿もそれぞれ変わっていて、同じものがないみたい。


 地面の上に布を広げただけのお店もあったし、逆に薄すぎる硝子(ガラス)のケースに精密な細工の機械が整然と並ぶお店もあった。あんな薄い硝子はいったいどうやって作るのかしら。お父様はきっと知りたがるわ、と。パットは不思議に思ってしまった。

 そしてそんなお店の番をしている人たちも、人と呼んで良いのか悩む()()()ばかりだった。角や牙や尖った耳、色々な長さや色の髪や毛皮、見たこともない肌の色。どれが本物でどれがよくできた仮装なのか――じっくりと見てしまうのも悪い気がして、でも見ないということもできなくて、視線を忙しく動かして。パットはすっかり目が回りそう。もちろん、目に入るもの全てがあまりにきらきらとしているから、空を流れる星も巡る月もあまりに眩いからということもあったけど。


 中でも驚いた形のお店は一本の木そのもの、だった。大きく茂った枝葉が、星も月も遮ってしまうほどの、大きな木。ただ、黒々とそびえるだけではなくて、枝のあちこちに赤や青や緑色――ひとつとして同じものはないようにみえるほど、たくさんの色のランタンが下げられている。まるで星空が手に届きそうなところまで降りてきたみたい。

 パットはうっとりと見上げながら呟いた。


「ランタンのお店なの……?」

「そうさ、どれが良いかね、お嬢さん」


 おばあ様か男の人に聞いたつもりだったのに、答えは空から降ってきた。


「ええっ……!?」


 ほうほうと、笑うように鳴きながら。パットたちの目の前でくるくると飛び回って見せたのは、大きな白い(ふくろう)だった。黄色い嘴を大きく開いて、男の人に話し掛ける。鳥の鳴き声のはずなのに、これもちゃんと意味が分かる。月の魔法というやつかしら。


「あんたに連れがいるのは珍しいね、月牙(ユエヤア)。てっきりフラれたものと思っていたよ」


 ゆえやあ。牙のように尖った月、三日月。月の魔法は異国の言葉での月の名前も教えてくれた。神秘的で、夜の中でほのかに輝くようなこの人にとても似合っていると思う。

 綺麗な男の人は、名前まで綺麗だった。月牙という名前と結びつけようと見上げた顔は、少し嫌そうに顰められていたけれど。


「余計なことは言うんじゃない。パットのために一番の品を取って来れば良い」

「うちのはどれも良いものだよ。一番を決めるのはお嬢さんだ」


 男の人――月牙の夜の色をした黒い瞳と、梟の溶かした金を流し込んだような輝く瞳。二対の貫くような眼差しを向けられて、パットは何も言えなくなってしまった。ただ、好きなのを選べ、と言われたのは分かった。だから首が痛くなるほど大きな木を見上げて、端から端まで下がったランタンを見比べて。やっとひとつ、木漏れ日みたいな薄緑色のを指差した。


「あれ」


 するとおばあ様が頷いて、金貨(コイン)を差し出した。嘴でそれをつまんだ梟の店員は、まず木の中ほどの(うろ)にお金をしまって、それからパットが選んだランタンの方へ飛んでいく。

 大きな白い翼に、ランタンの色とりどりの光が映えて、とても綺麗な光景だった。でも、パットは見蕩れ続けることはできなかった。とても大事なことに気づいてしまったから。


「あの、お金は……大丈夫なの?」


 お父様は外国のお金を見せてくれたことがあった。硬貨には知らない王様の横顔があったし、お札も鮮やかな色のインクで印刷されてた。国が違うだけでお金が違うなら、違う世界が交じり合うというこの夜の市場では、お金が使えないのではないかしら。

 心配になって月牙に問うと、にっこりと安心させるような微笑みが帰ってきた。


「鳥は光るものが好きだろう? (カラス)と一緒だ。硝子玉みたいなものだよ」

「そう、なの……?」


 そんなものかしら、と頷きそうになった時だった。パットの耳元を風が駆け抜けた。よろめくほどの勢いで、パットの髪を乱していったのは、あの梟の店員だった。鋭い爪に、パットが指したランタンをぶら下げている。


「子供に嘘を教えるんじゃないよ! あたしらだって金の価値は分かってる!」


 雪のように白いふわふわとした羽を撒き散らしているのは、多分わざと。だって月牙が邪魔そうに顔から払ってるから。あざ笑うように甲高く鳴いて、ばさばさと翼を打ち鳴らして。ひとしきり月牙の周りを飛び回ってから、白い梟はパットの目の前にふわりと降りてきた。


「あんたの常識に捕らわれちゃいけないよ、二本足のお嬢さん。あたしから見たら飛べないあんたのが馬鹿みたいなんだから」

「はい……」


 梟の金色の目は、それこそ三日月みたいに細められて、笑ってた。だから、乱暴な言葉遣いだけど、多分親切で言ってくれてるんだろうと思えた。

 恐る恐るランタンを受け取ると、梟はまた夜空に高く舞い上がった。


「そのランタンをちゃんと持ってるんだよ! 常連の証だからね。(かどわ)かされたりしないようにさあ!」


 拐かす? パットは不吉な単語にぶるりと震えた。ランタンの光が雪のような羽を染めるのを見上げながらだったから、くらりと目眩がしてしまう。でも、それをおばあ様が支えてくれた。


「大丈夫。紹介がなければ梟は商売をしてくれない。馴染み客でなければランタンを持っていることはない。市場の住人同士は争わないものだそうよ。でも裏道に行っては駄目。――手を握っていてね」


 差し出されたおばあ様の手も、ランタンの光がまだらに色々な色の影を落としている。ただでさえ白いおばあ様の手が、人形のように作り物のような質感に見えてしまうくらい。


「……はい」


 でも、パットはもう知っている。この乾いた手の暖かさ。それは、お屋敷の暗い廊下でも、不思議な光に彩られたこの市場でも変わらないもの。お父様と手を繋ぐ時みたいに、守ってもらえると思える信じられること。


 梟に取ってもらったランタンをよく見ると、薄い透明な花びらが重なり合った(つぼみ)だった。光っているのは、エメラルド色の蝶々。閉ざされた花びらの中で、困ったように羽根を揺らしている。


「蜜に誘われて閉じ込められてしまうんだ」


 おばあ様と繋いでいるのと逆の手、ランタンを持っている方の手を取りながら、月牙がパットに囁いた。


「え、可哀想」

「心配いらない。夜明けには花が開くから。離れたところで咲かせてやれば、小さな虫も旅ができる」


 言いながら、月牙はランタンを掲げて市場を緑の光に透かせて見せた。蝶の羽ばたきと共に揺れる光で、陽炎のように世界も揺れる。ほんの少しだけ慣れたと思っていた夜の市場なのに、また妖しい美しさを見せてパットを誘っているみたい。


「さあ、小さなパット。何が見たい? 何が食べたい? 鉱石西瓜なんか気に入るかな?」


 歌うような月牙も、もちろんパットが気になって仕方なくなるものを、たくさん知っているのだろう。

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