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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
水底の鍵
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 姉妹たちへのお土産を広げて見せると、月牙(ユエヤア)はとてもまじめな顔でひとつひとつに見入っていた。銀の櫛や花の砂糖菓子。そんなのを見て真剣にうなずいている様子は、潮の流れの早いところや毒の海蛇の巣穴の場所を教えられる人魚の子供たちみたい。ダーリャはまだ妹たちに何かを教える歳ではないから、こんな風に話を聞いてもらうのはなんだかくすぐったい感じ。


「鉱石西瓜(すいか)。人数分買ったら重くなっちゃったの」


 何を言ったら良いか分からないから、どうでも良いこともしゃべってしまう。でも、そんなことからも、月牙は何か思いつくことがあるようだった。


「パットも美味しそうに食べてたな。……宝石なんかよりまだお菓子の方が良いのかな」

「だからその子は知らないってば。でも、宝石なんてひとつだけもらっても仕方ないんじゃない? ドレスとか髪飾りとか。二本足なら靴だって合わせなきゃでしょう?」


 海から夜の市場の浜辺に上がったすぐ後に、お姉様たちとドレスを選んだことを思い出す。人魚はもともと色んな色の目や髪を持っていて、ダーリャも自分の青い髪に似合う色は良く知っていたと思っていたのだけど。でも、全身を覆うことになるドレスや、さらに靴の形やかかとの高さまで考え出すと、どんなに時間をかけてもどこかがおかしいような気分になってしまった。

 あれだけ珍しそうな(ドラゴン)の爪だとかをぽんと出せた月牙なら、きっと素敵な宝石も手に入れることができるのだろうけど。パットとかいう子は、そんなのに合わせられるようなドレスや靴を持ってるのかしら。


「いくつあげたって良いんだけどね。靴もドレスも、全部合わせて、何通りでも」

「うーん、自分で選ぶのが楽しいんじゃないかしら」


 あのお屋敷にたくさんの宝石やドレスがあったのは、どんな人魚が訪れても良いように、だと思う。どんな髪や目の色にも合わせられるように、女王様が用意してくださったはず。でも、お姉様たちやダーリャにとっては、たくさんあることがとても大事だったような気がする。似合いっこないって分かってる色の宝石でも、変わった意匠(デザイン)のドレスでも。とりあえず何でも試してみて、お互いに笑っちゃったり。意外と似合ってるような気がして結局それにしてみたり。

 綺麗な格好をするというだけじゃなくて、そうやって選ぶことができるということがとてもわくわくするのだと思う。


「なるほど」


 子供のダーリャの説明でどこまで伝わったかは分からないけど、月牙はとりあえずそう言ってくれた。まるでダーリャがものすごく立派なことを言ったかのように。あまりにも重々しい感じだから、逆に心配になってしまうくらい。


「ね、私、ちゃんと代金を支払えてる?」


 ダーリャはこの人に貸しがあるのだ。売られてしまうところを助けてくれて、しかも愛が何なのか教えてくれるんだって。でも、その代金がこんなどうでも良さそうなおしゃべりだなんて信じられない。


「うん、とても参考になる。夜の市場には本物の子供は少ないからね」

「助けてもらった分ってこと? 愛の方はどう?」

「そうだね、君からもらうのはこれくらいで良いかな……」


 私から、ってどういうことかしら。月牙が言ったことに首を傾げて、ダーリャが意味を聞こうとする前に、月牙はふわりと立ち上がった。水の中にいるみたいに、静かで音のない動き。


「靴擦れの薬を塗ってあげよう。そうしたらお姉さんたちのところに送るから」




 月牙がくれた薬を塗ると、ずきずきとした足の痛みはすぐに治まった。薬の代金は気になったけれど、月牙はにっこり笑ってじゃあ行こうか、なんて言う。


「荷物はもってあげるけど、ランタンは自分で持った方が良い」

「……ええ、そうね」


 さっきの男の人にランタンを渡してしまったのが間違いの始まりだったと、もうダーリャにも分かっていたから。


「宝石売りの地底の小人(ドワーフ)のところだったね?」

「ええ。あの丸くて白い月が沈むまでに帰らなくてはいけないの」

「もう時間がないね。きっと心配しているだろう」


 さっきは建物の屋根にかかっていた月は、今では建物の間からたまにのぞくだけになっている。ランタンの持ち手を握りしめて、ダーリャは足を急がせる。月牙が手を引いていてくれて、人の波を上手くかき分けてくれているから、自分だけの時よりも速く歩けてはいるけれど。でも、本当にドワーフのところに向かっているのか、ダーリャにはさっぱり分からない。


「……本当に送ってくれるの?」

「まだ疑ってるのか。攫うつもりなら足は治さない方が良いだろう?」

「だって、愛が何なのか教えてくれてないもの」


 信じていないのを責められてる気がして、ダーリャはつい唇を尖らせた。これがちゃんと取引になっているのかはよく分からないけれど、月牙は女の子の好きなことを教えたら交換に愛について教えてくれると言っていた。本当にお姉様たちのところに帰してくれるなら、愛についても教えてくれなければおかしいはず。


「じゃあ、僕にとっての愛を教えてあげよう。お姉さんたちのところに着くまでに、思いつく限りのことを」


 ダーリャを一瞬だけ見下ろして。月牙はまた夜の市場の人込みに顔を戻した。それでも微笑んだ形の良い唇が紡ぎ出すのは、ダーリャだけに向けた言葉だった。

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