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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
水底の鍵
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 鉱石西瓜(すいか)売りのドワーフが目を見開いたのは、ダーリャがしっかりしているから驚いたのね、と最初は思った。見た目は小さいかもしれないけれど、ちゃんと試してから買おうって考えることができるなんて。


 でも――


「愛? 愛を買いたいって? それもほんのちょっと! こりゃおかしい!」


 ドワーフがお腹を抱えて笑い出したので、ダーリャは唇を尖らせた。笑われていると思うと恥ずかしくて頬が熱くなってしまう。


「何よ。何がおかしいの?」

「愛は量り売りするもんじゃないだろう。そんなことも知らないのか」

「じゃ、じゃあ普通に買えるのがあるか見てみるもの! お店を教えて!」


 ダーリャは、本当は愛が何かなんて何も知らなかった。ただ、愛のために海からいなくなってしまったお姉様がいたから気になるだけ。

 海の中に降り注ぐ太陽の光、水面にきらめく星の欠片、色とりどりの魚たちとのおしゃべり。姉妹たちと泳いで競争して、声を合わせて歌って。とても綺麗で楽しい暮らしなのに、そのお姉様は愛の方が良かったんだって。ダーリャには海での暮らしよりも素敵なものがあるなんて信じられないけど、でも、もしかしたら、ということもあるかもしれない。


 知らないのに精いっぱい知っている振りをして。食い下がったダーリャに、ドワーフは首を傾げながら笑った。子供扱いの笑い方で、まったく腹が立ってしまう。


「愛ねえ。お嬢ちゃんにはまだ早いだろう」

「そんなことないわ。私、女王様に選ばれてここに来させてもらったのよ」

「子供は子供だ。ランタンをぶら下げてなきゃすぐに(さら)われてしまうだろうさ」

「違うわ! 私は――」

「さあ、土産用に包んでやった。ちゃんと明るいところだけ歩くんだぞ」


 ダーリャが食ってかかろうとしても、ドワーフはずっとにやにやと笑ったままだった。ずしりと重い鉱石西瓜を押し付けられて、ぽんと頭を撫でられて。愛が売ってるお店のことなんてもう教えてくれないのは明らかで、悔しまぎれにつぶやくのが精いっぱい。


「……髪が乱れちゃうからやめてよ」

「そりゃ悪かったな。でも子供は走り回るくらいが可愛いぞ」


 子供じゃないのに。そう言いたかったけど、こうしている間にも月はどんどん傾いてしまう。このドワーフが無理なら、早く次のお店に行かなくちゃ。


「西瓜、ありがとう! 他の子にもこのお店をお勧めしてあげるわ!」


 だから、それだけ言ってダーリャは駆けだした。これじゃ、ドワーフに言われた通り、子供っぽいんじゃなかったかしら、なんて頭をちらりとよぎったけれど。




 シリーンのための銀の(くし)。ニルファは砂糖漬けの花が欲しいと言っていた。コルシェは少しわがままで、可愛い細工のオルゴールだって。くるくるとハンドルを回して音を聞きながら、合わせて歌ったら素敵じゃない、って。細工も曲も可愛いのを選んでね、って難しいことを頼まれちゃった。



 年の近い子たちへのお土産だけじゃなくて、小さな妹たちに配るお菓子や可愛いビーズ、色んな形のボタンとか。その合間に、自分にもちょっとした髪飾りを買ったり、子供を乗せた(ドラゴン)一角獣(ユニコーン)の列が円を描いて飛んでいくのを眺めたり。人間の楽団みたいに高い音や低い音を組み合わせて合唱する鳥たちに合わせて小さな声で歌ってみたり。

 そうしてずいぶん長い時間を夜の市場で過ごしたけれど、素敵な品物ばかりだったけれど、とうとう愛を売ってるお店も、その場所を教えてくれるひとも見つからなかった。


「ねえ、ここでは愛は売ってないの?」

「あんたがもう少し大人になったら幾らでも手に入るだろうさ」


「愛って高いものなのかしら? 人魚の真珠とも交換してくれないの?」

「そんなんじゃ偽物しかもらえないよ。大事なものは見せびらかさない方が良い」


「こんなにたくさん買ったのよ、少しおまけしてくれないかしら?」

「そうね、この中からもうひとつ選んで良いわよ」

「……そうじゃなくて。愛、ってどこか棚の裏とかに隠してないの?」


 傾いていく月を恨めしく見上げながら、ダーリャは雪菓子をしゃぶっていた。氷の国の積もったばかりの淡雪を甘く味付けしたものだって。綿菓子なら市場のあちこちで見たけど、ほんのり赤や青に染められたところもそっくりだけど、口の中でひんやりふわりと溶ける感覚は全然違う。綺麗で可愛くて美味しくて、みんなに自慢できるけど――でも、ダーリャの一番の目的はまだ見つからない。


 次はいつ夜の市場に来られるか分からないのに、悔しいわ。でも、もう月が沈んじゃうし足も痛いし。ランタンの中の蝶も疲れたように輝きが弱くなってしまってるみたい。


 さすがにそろそろ戻らなくちゃ。でも、あと一軒だけ見てみようかしら。そんなことを考えながら壁にもたれてぐったりしていると、不意に声がかけられた。


「君――」


 顔を上げると、そこにいたのは若い男の人だった。つまり、猫とかの耳やひげも生えていないし、角があるわけでもない。特別大きかったり小さかったりすることもない、とても普通の人間のひと。そんな人が、ダーリャに笑いかけていた。


「愛を探している若い人魚って、君のことかい?」

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