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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
水底の鍵
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 ダーリャはお姉様を手伝って、色々な品物を運ぶのを手伝った。地底の小人(ドワーフ)の店からはあらゆる種類のアクセサリー。髪飾りや耳飾り、腕輪に指輪。腰のあたりに巻く鎖。それから食器や、海蛇なんかから身を守るための短剣とかも。

 そのほかも市場のあちこちを行ったり来たりして、陸のお肉や野菜や果物、お菓子なんかもまとめて買った。まだ二本脚で歩くのになれていないダーリャではもちろん重いものを運ぶことなんてできないから、運ぶのはほんの小さな軽いものだけ。代わりに、あの浜辺のお屋敷まで大きな荷物を運んでもらうよう、馬車を呼び止めたりどれを下にしちゃダメだとかを御者に伝えたり、そういう使い走りのお手伝いが主だった。


「これには壊れ物が入ってるの。絶対揺らしたりしないでね」

「どうやったって揺れないさ。見れば分かるだろう?」


 確かに、呆れたように肩をすくめた御者が操る馬は、海から牧場を眺めた時に目に入るようなただの馬とは違っていた。北の海に浮かぶ氷山みたいに眩しいほどの真っ白な毛並みに――真っ白な翼。荷物を運んでもらうように声をかけた時も、空を飛んでいるいるところに大きな声で呼びかけて降りてきてもらったんだった。引いている車も、車輪はあるのに飛んでいる間はどういう訳か回っていなくて。だから、揺れたりはしないのかもしれないけれど。


「でも、地面に降りる時とか。気をつけてね?」

「分かった分かった」


 御者は軽く笑うと鞭を振り上げた。鞭の音が響くのと同時に翼の生えた馬も高くいなないて翼を大きく羽ばたかせた。まず蹄が宙に浮いて、馬と車を繋ぐ綱がぴんと伸びて。それから車が音もなく地面を離れた。


 あとはもう、滑らかな動きだった。カモメが潮風に乗って飛ぶように、白い綺麗な馬は月や星の間を縫うように弧を描いて飛んでいく。浜辺のあのお屋敷に待っているお姉様のところへ、真っすぐに、市場の喧騒を越えて着いてくれるはず。


「お疲れさま、ダーリャ。これでしばらく休めるわ」


 馬が羽ばたいた時に抜けた羽根が舞い降りてくるのをうっとりと眺めていると、鍵を持ってるお姉様がダーリャの頭をぽんと撫でてくれた。


「そうなの? もう?」

「すぐには揃わないものがあるから。待っている間は好きにしていて良いのよ。お土産もこの間に見ておくと良いわ」

「ほんと!?」


 ダーリャは目を輝かせた。これまで取引の様子を見守るのも荷物運びのお手伝いをするのも、初めてのことばかりで面白かった。でも、夜の市場に来たかったのはやっぱり自分で色んなお店を見てみたかったから。やっとその時が来たかと思うと、嬉しくてぐるぐる泳ぎ回りたい気分で――でも、今は尾ひれがないから二本の脚でぴょんぴょん跳ねる。


「ただ、時間を忘れてしまわないようにね。夜の市場では時間が分かりにくいから。――あの月が沈む前にまたここに戻りなさい」

「はい、お姉様!」


 慣れない脚で飛び跳ねて、転びそうになってしまったダーリャをお姉様は優しく受け止めてくれた。そうして指さしたのは、真珠みたいに白く輝く丸い月。ダーリャたちの海からも見えた、鍵穴になった月なのかもしれない。夜の市場で輝く月は、他にも赤いのや青いのや金色の、形も三日月や半月と沢山あるけど、あれなら見間違えたりなんかしない。


「鉱石西瓜(すいか)を頼まれてるの。ドワーフが育てているそうだけど。この辺りで買えるのかしら」


 お小遣いにと金や銀や銅の粒をいくつかダーリャに渡しながら、お姉様は笑った。


「ええ、美味しいお店を教えてあげる。岩塩を添えてくれるところが良いのよ。でも、その前に(フクロウ)のランタンを買わないと。お客じゃないと思われたら、人魚は売られちゃうこともあるのよ」

「やだ、そんなの怖い!」

「ええ、だから裏道には入らないようにしてね。それにランタンは手放さないで。海に戻れなくなるのは嫌でしょう?」

「はあい、気をつけます」




 その後、お姉様に付き添われてダーリャは大樹の梟の店でランタンを買った。


()のくせに陸の上をうろうろしてるなんて変だねえ」

「あなたも変よ。普通の鳥は商売したりしないもの」


 しゃべるだけなら、人魚だって鳥や魚なんかとお話したりもするけれど。でも、海の動物たちはもっと単純で、食べることしか考えてないみたい。お金を数えたりなんて絶対しないと思うのに。


「夜の市場では変なことばかりだ。あんたの家の中じゃないんだから、二本の脚で周りをよく見て歩くことだ」

「そうするわ」


 ダーリャは木に吊るされたたくさんのランタンの中から、緑色のを選んで渡してもらった。花の中に閉じ込められているのは、光る羽根を持った蝶。生きている蝶をこんなに間近に見るのは初めてだから、顔を近づけてじっくりと見てしまう。


「じゃあお姉様、行ってきます!」


 でも、それもほんの何秒かだけ。ダーリャはすぐにランタンを手にぶら下げると、夜の市場へと駆け出した。

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