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「ほう、今回も見事なもんだ」
「でしょう。色も照りも巻きも、みんな最高のものばかりよ」
「人魚の真珠は傷もないからね、こんなにあると嬉しいよ」
「ええ、私たちは貝をこじ開けたりしないもの!」
お姉様が地底の小人の商人とお話をしている間、ダーリャはきょろきょろとお店の中を見渡していた。
夜の市場に店を出すのは、色々な世界の色々な人たち。人魚が普段は海の中に住んでいるように、普段は違う世界に住んでいる人――人じゃないのもたくさんいるけど――が、夜の市場にお店を構えているんだって。鍵が世界と世界を繋ぐように、夜の市場はいくつもの世界が重なり合って混ざり合っているらしい。
それがどういうことなのか、ダーリャにはよく分からない。分かるのは、このお店の中にあるものはみんな、別の世界のものだということ。それも、真珠を卸す店だから、きらきらと眩しいアクセサリーや宝石ばかり。お姉様たちがお話をしているのは店の奥の部屋だから、商品だけでなく材料もおいてあって、どれも不思議なのや素敵なのばかり。だから目が離せなくなってしまう。
星を閉じ込めたような青い宝石。銀色の葉を連ねた冠はあまりにも精巧で、そんな木があるのかもしれないと思ってしまうほど。金の花の首飾りも、緑の羽根が透き通るトンボのブローチも、まるで生きているみたい。花びらに留まった露とかトンボの眼に人魚の真珠が使われているから、それで初めて造ったものだと見分けられる。
それに、ダーリャが見たことがない素材のものも沢山あった。太陽が沈むにつれて空と海が赤から橙、菫色から紺色に変わるみたいに、見ているうちに色を変える宝石の原石が転がっていたり。水を張ったお椀が置いてあると思ったら、小走りでやって来た若い――たぶん――ドワーフが中身を手ですくってまた走って出て行った。こぼれてしまうと思ったのに、水はぷるぷるとドワーフの手に貼りつくようにして震えていた。まるでクラゲを陸に揚げたみたいだったけど、完全に透明だったしクラゲよりもっと柔らかそう。あれは、いったい何に使うのかしら。
他にも、ダーリャには何なのか分からない道具がたくさん。ドワーフは地中に住んでいてものを作るのが得意な人たちだというけれど、薄暗い洞窟の中で、蝋燭の灯の下で背中を丸めて作業をするのかしら。海の一番深いところと、どちらの方が暗いのかしら。
「お代はいつも通り金で良いかい?」
「一部は金で、使いやすいように銀も混ぜて。あと、皆のアクセサリーを分けてちょうだい。それからナイフやフォークとかの食器も」
「分かった、真珠の代金の分、後で好きなのを選ぶと良い。」
「もうひとつ、女王様が冠を新調なさりたいのですって」
「ふむ、では材料に使うのはこれだけで……手間賃はこう、どうだ?」
お姉様とドワーフの間で真珠がころころと転がされて、取引がまとまっていく。ドワーフの細い指が真珠の中でも大粒のを選り分けたのは、多分材料用として。続いて真珠をひとすくい取って、その分を手間賃にするということみたい。
人魚が真珠を卸しているのはこの店だけだから、夜の市場やそこから広がる世界ではとても高く売れるらしい。真珠の代わりにもらうのは、市場で色々な買い物をするための金と、お姉様が言ってたように海の中で使う色々なもの。塩水で錆びてしまわないように金物を仕上げるドワーフの技には、人魚もよく頼っている。
「まあ、そんなに? 人魚の真珠もずいぶん安く見られたものね」
「そっちこそ我々の技を何だと思ってるんだ」
お姉様たちが話し合う間にも、真珠がまた幾つか行き交って、見ていると目が回りそう。夜の市場に遣わされるのが女王様に信頼されてる上のお姉様な理由がよく分かる。ダーリャみたいな若い人魚だったら、言われるがままに真珠を持って行かれてしまいそうだから。
ダーリャがどきどきしながら見守っていると、やがてふたりとも大きく頷いた。今度こそまとまったのね、とやっと肩の力を抜くことができた。いつしか、部屋の中の珍しい品々よりも、取引のやり合いの方が面白くなってしまっていた。
「それで良いわ。前のよりもすっきりとして上品な感じにして、って仰ってたわ」
「では黒真珠を使ってみるか?」
「そうね、その方が良いかも」
「黒真珠の方が値が張るからな……それを女王様に返すとなると、渡せる品は減ってしまうぞ」
「う……でも仕方ないわね。でも、冠は絶対に良いものを仕上げてね」
さっきまで、縄張り争いをするイルカみたいに言葉でぶつかり合ってたふたりなのに、今はもう笑って話していた。いつもは優しいお姉様なのにあんなきつい口調にもなるなんて、取引って何だか怖い。
「ダーリャ」
そんなことを思っていると、お姉様がこちらを向いて笑いかけた。
「お待たせしたわね。荷物を運ぶからもうひと働きしてちょうだい。その後だったら遊んでも良いから」