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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
女王様の姿見の部屋の鍵
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11

「そりゃあ良かった! 助かったよ。ご褒美にお菓子を出してあげようねえ」


 影花(インファ)は大げさなくらいの身ぶりで手を叩いて喜ぶと、何があったかねえ、とつぶやきながらパットたちに背を向けてどこかへ行こうとする――のを、月牙(ユエヤア)が鋭い声と険しい顔でしっかり止める。


「影花、約束は忘れてないな? 使いの手間賃はパットの鏡だと、そういう話だったろう?」

「……もちろん忘れてないさ」


 もう一度こちらに向かい直った時、影花は嫌そうに顔をしかめていたから、月牙が何も言わなかったら誤魔化すつもりだったのかもしれない。夜の市場で得をしようとするのは危ないって、前に月牙が言っていたけど。やっぱり人間じゃない影花はそんなの怖くないのかしら。


「ま、助かったのは本当だしねえ」


 ぶつぶつと愚痴るように言いながら、それでも影花はあの螺鈿(らでん)(コンパクト)をパットにぐいと差し出してくれた。


「さ、お取り。次はきちんとお代をいただくからね」

「…………」


 真珠色の綺麗な細工に、()()()綺麗なパットを映し出してくれる鏡。さっきまで喉から手が出るほど欲しかったのに、今はもう飛びつくことはできなかった。女王様のお話を聞いた後では。

 鏡をじっと見て固まってしまったパットに、影花はイライラした様子で鏡を目の前で振って見せる。でも、どうしてもパットは鏡を受け取ることができない。


「どうした? 欲しくないのかい?」

「……嘘を映す鏡だって、本当なの? あれは、大きくなった私ではなかったの?」


 だって、大きくなったらあんなに可愛く綺麗になれる、月牙ともお似合いになれるって思ったから、とても素敵に思えたのに。女王様が言ってたように、あの姿も嘘なのだとしたら。――それなら、何の意味もない。


「…………」


 口を結んで黙り込んでしまったのは、今度は影花の方だった。しばらくそのままの顔でパットを睨みつけて――やがて、深々とため息をついて。それから乱暴な口調で早口でまくしたてる。


「ああ、そうさ。うちの鏡はみんな嘘つきだ。見せる()に意味も理由も何もない――でも、別に良いじゃないか。嘘でも気に入ったんだろう? 今の自分より良いと思ったんだろ? 嘘か本当かなんて、そんなに大事なことかねえ?」

「大事よ……とても……」


 影花は怒っているような感じもして、パットはそう答えるのがやっとだった。大きくなった時のことを思ったわくわくとした気持ちや、嘘の笑顔ができていることを確かめるために鏡を覗き込んでいた可哀想な女王様。伝えたいたいことは沢山あったけれど、上手く言葉になんてできそうになかった。


「まあ、いらないというならそれで良いさ。こちらは丸儲けということになるからね」


 綺麗な顔をぎゅっとしかめて、影花はふいと顔を背けた。同時に螺鈿の鏡も引っ込められて、真珠みたいなきらきらとした輝きを辺りに振りまく。


「あ、あの――」

「ねえ、影花」


 鏡は嘘つきかもしれないけれど、やっぱりあの輝きは綺麗で、欲しくて――でも、パットが何か言う前に口を開いたのは、おばあ様だった。おっとりと、穏やかに。なのに、どこか力がこもっているような感じもして、不思議な感じ。


「私はあなたの店の秘密を知っていたわ。月牙も。でも、そうでないお客も沢山いるでしょう。未来の自分の幸せな姿と信じていたのに、嘘だったなんて分かったらどう思うかしら」

「……くそばばあ。あたしを脅す気かい!?」


 影花が眉をつり上げて怒鳴ったから、パットは飛び上がりそうになってしまった。でも、おばあ様は朗らかに笑うだけ。


「あなたに歳のことを言われたくはないわ。私が女の子だった頃から同じ姿をしているのに。……孫が嘘に魅入られるのは不安だったわ。でも、綺麗なお土産は持たせてあげたいの。分かるでしょう?」


 パットにはおばあ様が何を言っているか分からなかったけど、影花にはどういうことだか分かったらしい。ちっと音高く舌打ちすると、パットとおばあ様、それに月牙をかわるがわる睨んでくる。


「鏡を外して螺鈿の器だけ渡せ――そういうことだね? 鏡の店で鏡以外をせしめようなんて。全くあくどい婆さんだ」

「あんたには言われたくないと思うよ」


 月牙がそう言うとおばあ様はまた笑って――つられるように、パットもやっと、声を立てて笑うことができたのだった。




 影花はあの不思議な女の子を呼び出すと、鏡を渡した。女の子はパットたちの前から消えて、そしてすぐに戻ってくる。


「お客様、こちらをどうぞ」

「……ありがとう」


 螺鈿の器を開けてもらうと、そこは空っぽ。鏡は取り外されていて、すこしへこんだ枠のところが小物入れにもなりそうな感じ。


「お父様に普通の鏡を入れてもらっても良いし、パットがもう少し大きくなったら白粉(パウダー)を入れることもできるわ」

「ありがとう、おばあ様!」

「人間のくせに夜の市場で駆け引きなんてねえ。月牙の連れてくる客は面倒だ」


 影花はぼやいていたけれど、結局おばあ様の言う通りにしてくれたんだからそんなに悪い人じゃないのかもしれない。


「ありがとう。大切にします」


 その証拠に、と言えるのかどうか。パットがぺこりと頭を下げると。影花は別に、と言って頬を少し赤くしていた。

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