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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
女王様の姿見の部屋の鍵
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「パット!?」

「何者だ!?」


 パットの悲鳴を聞きつけて部屋に入ってきたらしい月牙(ユエヤア)の声と、その月牙に驚いたらしい女王様の鋭い声。それにふたりがパットの方へと駆け寄ってくる気配もしたけれど、それを見ることはできなかった。パットは、目の前のお化けから目が離せなくなってしまっていたから。


 それは、牙の生えた大きな猿みたいな姿をしていた。パットと同じくらいに大きくて、全身長い毛におおわれている。なのにぎょろりと大きい丸い目だけが覗いていてパットを睨みつけているよう。口を大きく開けているのも牙を見せつけているみたい。床にへたり込んでしまったパットを、同じような格好で腰を屈めて狙っている。


「お化け……お化けがいるの」


 震えながらそのお化けを指さすと、月牙がパットを支えてくれた。


「大丈夫。怖くないから」


 でも、全然大丈夫じゃなかった。だって、お化けにも月牙が駆け寄っていたから。パットの後ろに月牙がいるように、お化けの後ろにも彼がいる。まるで鏡に映したみたいに。ううん、まるで、じゃない。ようやく首を動かせるようになって周りを見てみると、パットの周りの景色とパットの周りはそっくり同じ。それに、首を巡らせる動きも、パットとお化けでそっくり同じ。だから、パットは気付いてしまう。これは、大きな鏡なんだ。月牙はいつものように綺麗なのに、パットだけお化けに映ってしまってる!


「どうして!? 私、お化けになっちゃったの!?」

「違う、大丈夫――」

「やだぁ!」


 鏡の中では、月牙がお化けに手を差し伸べている。白い綺麗な指先が、ごわごわとした黒い毛に触れるのが不気味で、しかもそれが自分なのが怖くて。パットは月牙の手を払いのけると赤ちゃんみたいに泣き喚いた。


「落ち着きなさい。偽りに惑わされるな」


 顔を覆って泣いていると、パットの手にひんやりとした感触があった。そしてそのまま手を持ち上げられて、頬へと運ばれる。


「ほら、桃のようにすべすべとした頬だろう。本当にあるものを信じなさい」


 銀の鈴を振るような、凛と通る声は、女王様のものだった。恐る恐る目を開けてみると、パットの手を取っているのは象牙細工みたいに細くて綺麗な指。その静かな声と冷たい指先に少し落ち着くことができて、パットは言われた通りに頬を撫でてみた。鏡の中では、毛むくじゃらのお化けも同じ動きをしている。もちろん顔にもびっしりと毛が生えていて、ブラシみたいに硬そうな毛がもじゃもじゃと毛玉を作っていたのだけど――


「……あれ……」


 パットの指と手のひらに伝わるのは、柔らかくて滑らかないつもの感触だった。そういえば、手だっていつも見下ろす子供の手。鋭いかぎ爪が生えてるなんてこともない。


「そうだ、そなたは何も変わっていない。髪の色も目の色もわたくしには珍しいけど――ただの、人間の娘だ」


 女王様はそう言うとパットの頭を撫でて、服の袖で涙をぬぐってくれた。女王様も鏡の中ではお綺麗なままで、月牙と一緒にお化けのパットを挟んでいるのがとてもとても似合わない。でも、鏡から目を逸らせば、パットの手足はちゃんとした人間のものだった。だから、鏡に映っているのは何かの幻なのかしら。これも、影花(インファ)の不思議な鏡なのかしら。そういえば、女王様は前は姿見を買ったと言っていたけど。


「ご、ごめんなさい……」


 女王様の服を涙で汚してしまったことに気づいて、パットは慌てて立ち上がると女王様に頭を下げた。それだけじゃない、勝手に部屋の中を見ようとしたのも、お行儀の悪いことだった。影花には失礼のないようにと言われていたのに。きっと怒られてしまうわ、と。鏡のお化けを見つけた時とは違う感じに心臓がどきどきし始める。


「いいや。きちんと説明するはずだったのに驚かせてしまった」


 でも、女王様はまたパットの頭を撫でてくれた。声は相変わらず涼やかなのに、その手はおばあ様みたいに優しくて――パットは驚いて顔を上げる。


 すると、女王様は穏やかなお顔でパットを見下ろしていた。さっきと同じように唇の端を持ち上げるだけのお人形みたいな、綺麗だけど少し怖い笑顔。でも、今は少し嬉しそうに見える気がする。黒い目も、お人形のガラス玉の目ではなくて、ちゃんとパットを見て、お話しようとしてくれているみたい。

 涙を流して少し痛くなってしまった目を瞬かせて、でも女王様に見とれてしまって。パットがぽかんと見上げていると、女王様はまた微笑んだ。


「この鏡は、嘘を映すのだ」


 赤い唇が動いて、何か得意そうにそう囁いた。そして女王様はパットの隣に屈むと、お使いで届けた小さな鏡を掲げて見せた。


 鏡の中に映し出されたパットは、やっぱりお化けみたいな毛むくじゃら。でも、隣の女王様は、本物の女王様と同じように綺麗な笑顔で笑っていた。

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