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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
女王様の姿見の部屋の鍵
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「これが、他の世界への鍵……?」


 パットは影花(インファ)に渡された鍵をじっくりと目に近づけて眺めた。おばあ様の鍵は、金色とも銀色とも言えない、とても綺麗な色で、細かい彫刻が月のような光を放っていた。この鍵も、何でできているか分からないのと不思議な色に光っているのは同じ。

 でも、色はおばあ様の鍵よりも暗くて重い――鈍い銅のような色だった。うっかりすると折れてしまいそうなおばあ様の鍵よりも、ずっと大きくてずっと重そうで。開ける扉もやっぱり見上げるような大きなものなのかしら、と思う。夜の市場の鍵は、鍵穴に合わなくても扉を開けてしまうようだけど。


「そう。さ、こっちへおいで」


 影花はパットを店の奥へと手招きした。テーブルと椅子が並べられて、お客様を出迎えるための一角から、もっと色々なものがごっちゃに積み上げられた方へ。普通なら、パットが入ってはいけないはずの場所。本当について行っても良いのか――パットは不安になって、おばあ様と月牙(ユエヤア)を交互に見上げた。


「僕がいるから大丈夫」


 すると、月牙は頼もしく微笑みかけてくれる。その大きな手を握って、後ろにいてくれているのを振り返って確かめながら、パットは影花の方へと歩き出した。行ってきます、と。おばあ様に小さく手を振ってから。




 影花が示した扉は、木でできた質素なものだった。お店の裏口というならぴったりだけど、この先に女王様のお城があるなんて信じられない。でも、夜の市場の鍵は目に見える扉ではなくて世界の間の扉を開けるものらしいから、多分扉を開けた先はもう別の世界が広がっているんだろう。

 これまでパットが夜の市場に来た時、鍵を使ったのはおばあ様だった。だから、パットが世界を繋ぐ扉を自分の手で開けるのは、これが初めて。お使いをする緊張だけではなくて、初めてのことをするということもとても嬉しくてわくわくして。手の汗で鍵を取り落としたりしないように、しっかりと握りしめなければならなかった。


「開けたらすぐのとこにお客様はいらっしゃるはずだから。くれぐれも失礼のないように――まあ、ちゃんと(しつけ)られてるようではあるけれど」

「大丈夫よ」


 からかうみたいな影花の口調に少しむっとしながら、パットは頷いてみせた。パットが欲しくてたまらない螺鈿(らでん)(コンパクト)は、今は影花が持っている。あれを持って帰るには、このお使いを成功させなくちゃ。

 頭の中では、いつもお父様から言われていることを一生懸命思い出している。背筋をまっすぐにして、はきはきと(しゃべ)ること。相手の顔をちゃんと見て、でもじろじろ見てるなんて思われたりしないように。足を揃えてちゃんと立って、挨拶の時はスカートをつまんで――


「さあ、パット――」

「う、うん」


 考えているときりがなかった。だから月牙が背中を押してくれなかったらパットはいつまでも扉の前で立ち止まっていただろう。

 思い切って、大きな鍵を掲げて鍵穴に近づける。どう見ても入るはずなんてなかったのに、どうやってか鍵穴は鍵を飲み込んで。力を入れていないのに、ほとんど勝手に、鍵はパットの手の中でするりと回る。かちゃり、という音は、こちらとあちらで世界が繋がった音なのかしら。

 恐る恐る、扉に触れる。するとそれも滑らかに動く。ゆっくりと、一歩ずつ扉をくぐってみると、頬に触れるのはひんやりとした空気。これが、他の世界の空気なのかしら。


 最後に振り向くと、おばあ様が心配そうにパットと月牙を見ていた。大丈夫よ、と見せるためにもう一度笑いかけると、パットは夜の市場に背を向けて扉の向こうの世界へと進みだした。



 ()()市場だから当たり前かもしれないけれど、扉をくぐった先の世界も夜みたいだった。影花の店への扉を閉めてしまうと、そこは暗い廊下のような場所だった。ここでも鍵は光っているから、銅の色の赤っぽい光がぼんやりと辺りを照らしている。


「お城、なの……?」


 目が慣れてくるとここがどんな造りになっているかも見えてきて、パットはこてりと首を傾げた。お城というから、パットは石を組んでできた塔や、ガラスのシャンデリアなんかを想像していたのに。ここは、パットが知っている()()とは全然違っていた。

 壁や柱は、多分木でできている。赤や黒や金に塗られた装飾は、明るいところでみたらさぞ華やかで綺麗なんだろう。でも、夜の闇の中、鍵のほのかな光で照らしてみると、大きな怪物が眠っているような恐ろしさがあった。お城全体がひっそりと静まり返っているのに、どこかで何かがこちらの様子をうかがっている――そんな息づかいを感じるような気がして。


「パットが住んでる国とは違う国、違う時代のお城だね。――行こう。客が待っているはずだ」

「え、ええ」


 お客様は女王様だと、影花は言っていた。女王様のお部屋がこんなに薄暗い場所にあるのは不思議な気もしたけれど。でも、夜の市場からのお使いを待っているから暗くしているのかもしれないし。


 鍵の光と月牙と握った手を頼りに、パットはしばらく暗い廊下を進んだ。天井や柱に巻き付いたような彫刻の生き物に、見つめられているような気がしたから。

 影花がすぐだと言っていた通り、廊下には分かれ道もなくて、すぐに行き止まりになっていた。そしてそこには、小さな扉。


 ここね、と思って、パットはそっとノックをした。すると、中からは女の人の静かな声が返ってくる。ため息のように、ささやくように。夜の涼しいそよ風のような穏やかで滑らかな声。これが、多分女王様の声。


「――何者か。何事か」

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