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本日2回目の更新です。
「どうだい? 何が映ってる?」
影花が得意げに笑っているのも、もう失礼だなんて思わなかった。そんなことが全然気にならないくらい、パットは鏡の中の自分の姿に見とれてしまった。
「私が私じゃないみたい。ずっと大人で、可愛くて……これは未来の私なの? 大きくなったらこうなれるの?」
こんなに綺麗になれるのかしら。目をみはって驚いた表情で、首を傾げている姿でさえどこか優雅で品がある。こんな姿になれるなら――月牙と並んでいても、似合いのはず。
「さあ、うちの鏡は目の前のものをそのまま映す鏡じゃないんだ。それも相手によって何が映るか分からない――あんたには、良いものを見せてくれたんだね」
「ええ、とても素敵……!」
耳は影花の声を聞いていても、パットは手の中の小さな鏡から目を離すことができなかった。影花の言う通り、映っているのは本当にあるものとは違う。目を離したら、パットはまた小さな子供に戻ってしまう。それが、夢から醒めるようで嫌だった。
「パトリシア……? それにするの?」
うっとりと自分の――今のパットじゃないけど――姿に見とれていると、おばあ様が心配そうな声をかけてきた。それで初めて、すっかり上の空になってしまっていたことに気づく。隣にはおばあ様だけじゃなくて月牙もいて、一緒にお買い物をしにきていたのに。
「え、ええ。これが、良いわ!」
とてももったいない気持ちを振り切って、パットはどうにか鏡から目を上げておばあ様のお顔を見上げた。声と同じで少し眉をひそめている。やっぱり、失礼なことをしてしまったのかも。
「その鏡では、役に立たないのではないかしら?」
おばあ様の言うことは分かる。鏡の中のパットは、髪形も服も違っていた。髪は綺麗に編み込んで、着ているのもふんわりとレースに包まれたようなドレスだった。いつかこんなお姫様みたいな格好をできるのかもしれないと思うと嬉しくて頬が熱くなるけど――でも、確かに髪や襟元が乱れていないか見たりするのはできないと思う。
「良いの。たまに眺めて楽しむの」
たまに、で済むかどうか分からなかったけれど。とにかく、パットはこの鏡が欲しくなってしまっていた。普通の鏡なら家にだっていくらでもある。でも、こんなに綺麗なパットを見せてくれるのは、この鏡しかないのだもの。
「でも――」
「パットが良いなら、良いんじゃないか?」
「月牙」
おばあ様はまだ何か言いたそうだったけれど、月牙はパットに優しく笑いかけてくれた。
「おばあ様。どうしていけないの……?」
そういえば、おばあ様はこのお店に来るのも気が進まないみたいだった。夜の市場に最初に連れてきてくれたのもおばあ様なのに、ここには不思議でない品物はないくらいなのに。パットだって家みたいに大きな竜を連れ帰りたいなんて言ったりしない。こんな小さな鏡なのに。こっそり持つだけで、絶対お父様にも内緒にするのに。
「おや、孫のおねだりが聞けないのかい?」
「そういうことではないけれど……」
眉を上げた影花と、口では違うと言っているのに困った顔のままのおばあ様。ふたりの間で胸をどきどきさせながら、パットはぎゅっと鏡を握りしめた。パットはお金を持っていない。どんなに気に入ったとしても、おばあ様がダメだというならこの鏡を手に入れることはできないかもしれない。
「大丈夫、小さいパット。何なら僕が買ってあげる」
「でも……」
月牙はパットの不安に素早く気づいてくれたけれど、よその人に買ってもらうのも悪いと思ってしまう。何より、そんなことをしたらおばあ様は月牙に怒るのではないのかしら。
月牙とおばあ様を交互に見上げていると、影花がぐいと身体を乗り出してパットに顔を近づけてきた。
「じゃあ、あんたが買ってくれるかい? お嬢ちゃん」
「私、お金を持っていないから……」
赤い唇が迫ってにやりと笑うのにびっくりして、パットは消えそうな声でおどおどと答える。それに、驚いてしまったというだけではなくて、お金がないなんて人に言うのもとても恥ずかしいことだった。
でも、それを聞いて影花はますますにっこりと笑った。唇の間からのぞいた白い歯も、まぶしいくらいに綺麗だった。
「その分働くってのは? 欲しいものは自分の稼ぎで買うもんだ。それなら祖母さんだって文句は言えないだろう」
「待て。パットに何をさせるつもりだ」
前に梟や竜に対して見せたように、月牙は怖い顔をして怖い声を出した。綺麗でほっそりとした影花に対してこんな態度をするのが不思議なくらい。
「何てことはない、簡単なことさ」
影花が全然驚きも怖がりもしないで、月牙にも笑って見せるのも不思議だったけれど。そしてその笑顔がパットにも向けられて――
「お嬢ちゃん、ちょっとお使いを頼まれてくれないかねえ?」