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本日2回目の投稿です。
月牙の店から外へ出ると、そこはとても不思議な夜の市場。色々な時代、色々な世界の夜が混ざり合った場所。沢山の星が流れていくつもの月が空をめぐる。首が痛いほどに見上げてみると、月を竜の影が横切って。
空ばかり見上げていては人――羽が生えていたり毛皮をまとっていたり、普通じゃない人も大勢だけど――にぶつかってしまうけれど、でも、だからといって地上を見ていてもちゃんと歩けるとは限らない。どのお店のどの品もついじっくりと見たくなってしまって、全然進むことができないから。
「止まって見なくて良いの……?」
綺麗な金色の鳥の入った綺麗な金色の鳥籠を、パットがずっと見つめていたことに気付いたのだろう、月牙が首を傾げて訪ねてきた。でも、パットはいいの、と答える。
「今日は鏡が見たいの。月牙が勧めてくれたんだもの」
「そう? 夜は長いのに」
確かに夜の市場では夜は決して終わらない。違う時と世界を結びつけるのは、月の魔法ということだから。この市場ではずっと夜が続くらしい。この前おばあ様と来た時も、ずいぶん長い時間を過ごした気がしたのに、お屋敷に帰ってからもぐっすりたっぷり寝ることができた。でも、いくら不思議な世界でも、パットがただの女の子だということは変わらない。だから疲れたら眠くなってしまうし、いつまでも市場で遊び続けることなんてできない。
「また、次にするの。……また、連れてきてくれる?」
月牙とは逆の方、おばあ様の方を見上げて、パットは念を押した。この前と、今日と。訪ねることができた場所は市場のほんの一部だけ。また次の機会、だけでは見たいものも食べたいものもとてもとても足りないと思う。
「ええ、あなたが来たいと思う限りは」
「ありがとう、おばあ様!」
夜の市場をもうたくさん、なんて思うはずがない。それならおばあ様は何度でもあの鍵を使ってここへの扉を開いてくれるはず。
次も、次の次も。見たいところを決めておかなくちゃ。そう決めると、パットは月牙の手をしっかりと握って人ごみではぐれないように足を先へと踏み出した。
月牙が連れてきてくれたのは、宝石やアクセサリーを扱い一角のようだった。星空を地上に降ろしたみたいな煌きの数々、とろりとした光沢の翡翠や象牙。朝露のような真珠をちりばめた貝殻の冠や首飾り。何度も足と止めてしまいそうになるのをまた次、の呪文で切り抜けて。気になるお店の場所は覚えようと気を付けて。
そうしてやっと、パットはそのお店にたどり着いた。色々な色の月と星と灯りが輝く夜の市場でも、昼間のように明るく眩しい一角。手鏡を見に行くと月牙が言っていた通り、店の外一面に鏡が張り巡らされていて、市場の灯りと空の輝きを逃すことなく反射して、その光を何倍にも見せているから。
大きい姿見から手のひらよりも小さいものまで。形も丸いのや四角いのや。鏡面を縁取る飾りも、まっすぐな銀の枠だけの簡単なのや、生きた蔦や花が囲んでいるように見える細かな彫刻や、宝石をちりばめた豪華なの。本当にたくさんの鏡が並んでいて、近づいてみると鏡の中のたくさんのパットが目をみはって出迎えてくる。
「すごい……」
「おや、お客さんかい?」
思わずため息をついたところに不意に声を掛けられて、パットは思わず飛び上がる。すると店の前に立っていたのは、黒い髪に黒い瞳の綺麗な女の人だった。長く裾を引きずる服が、少し月牙のものと似ているみたい。
その女の人は、赤い唇を三日月の形にして笑うと、パットを頭の先からつま先までじっくりと眺めた。少し、失礼じゃないかと思うくらいに。
「月牙、あんたの連れか。前にも来たね……キャロル、だっけ?」
「違うわ。それはパットのお母様よ」
前に会った梟や竜もそうだったけれど、月牙は夜の市場では有名みたい。でも、おとぎ話の住人のようだった梟たちと違って、この女の人は綺麗すぎるし、髪や目の色や服の感じも月牙とお似合いすぎる。だから――だから? ――パットの口調は少し乱暴になってしまった。
「へえ、あの子がこんな大きな子を……? 時間が経つのは早いのね……」
でも、パットはやっぱりまだ子供みたい。女の人は変わらずくすくすと笑うとパットとおばあ様と月牙を見比べている。そのぶしつけな目つきにはむっとしてしまうけれど、それよりもパットの胸に引っかかったことがある。
お母様も、このお店に来たことがあるんだ。
おばあ様に連れられて、今のパットと同じくらいの子供の時に? ずっと昔に亡くなってしまったお母様だけど、もし生きていたら夜の市場のことを教えてくれていたのかしら。
「影花、この子に似合いの鏡を贈ってあげたい。大きいパットやキャロルにもしたように」
大きいパット。それは、パットと同じ名前のおばあ様のこと。それじゃあこの女の人も、おばあ様が小さい頃からこのお店をやっているのね。時の流れまで違うなんて、この市場はやっぱり不思議。
「さあ、うちの品はどれも一点ものだから。気に入ったものがあれば良いけれど」
インファ、影の花――鏡に映る花のこと……? ――という女の人は軽く肩をすくめると、パットたちに手招きをして店の中へと入れてくれた。