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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
鳥籠の鍵
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 立ちすくむ彼へ、店主は畳み掛ける。


「別に誰にもバレやしません。この店は旦那の国とは別の世界、別の理で動いてますからね。

 お父上お母上の時と一緒です。ぱたりと倒れて、それで終わり。苦しむことだってありません。何なら偶然起きたことだと思えば良いんです。我が子同然の民が死んで悲しいと、涙のひとつも溢せば良い。それで旦那は慈悲深い王様だ。どうせ誰にも分かりゃしません。

 民だなんて、何もなくても幾らでも生まれて死んでいくじゃないですか。疫病が流行れば、飢饉が起きれば。万どころかその倍も十倍も死ぬでしょう?」

「民草の魂を得て……どうなるというのだ」


 辛うじて絞り出したのは、時間稼ぎのための問いに過ぎなかった。答えを得たところで彼が為さなければならない選択からは逃げられない。それは店主にも分かっているのだろう。呆れたように溜息を吐き、これみよがしに首を左右に振りながら、両親の閉じ込められた――父にとっては閉じこもった、なのか――鳥籠を示した。


「こんな豪華な品だけじゃやっていけないんでねえ。手頃な品も必要なんですよ。頑固で腕の良い職人、弟妹想いの働き者の娘、生真面目でお固い聖職者。そんなつまらない有象無象の魂の、慎ましい姿を愛でる方もいるのでね。

 そりゃ、破落戸(ゴロツキ)だとか片輪(カタワ)だとかどうしようもないのもいますが……まあ、それはそれで買い手がいますね」

「…………」


 鳥の買い手とやらも、この店主と同様ろくでもない存在に違いない。店へ、()()へ、そしてその扱いへの嫌悪が募るにつれて、母を救わねばという想いが強まる。しかしその代価として示されたのは――


 無辜の民の命、一万。


「高いとでもお考えで? 親の魂がかかってるってのに? 何とも冷たい息子だねえ」


 彼の迷いを読み取ったのだろう、店主が嘲るように鼻を鳴らした。


「じゃあ、支払い方を変えましょうか? 気に入らない臣下はいませんか? そのうち絶対反乱を起こすだろうなって奴とか。高慢なご婦人に袖にされて腹が立ったことは? 美貌でも力でも野心でも――際立ったものがある魂なら、並の人間の十人分や百人分になることもありますがねえ」

「……命に差をつけるというのか!」

「そういう店なんでね」


 店主の答えはにべもない。一体、この提案は彼を思って言ったものなのだろうか。死んでも良いと思う人間を挙げて、その魂が凡人何人分に値するのか、ひとりひとり鑑定しようとでもいうのか。その罪深さ悪趣味さには吐き気がする思いだった。

 そうだ、店主が言ったのは代案などでは絶対にない。彼を追い詰め、たやすく頷かせようという悪意ある企みに違いない。


「で、旦那。どうするんだい? 買うのか、買わないのか。値を払うのか払わないのか。早く決めてくださいよ。時間も無限じゃないんでねえ」


 それが証拠に、店主は彼に畳み掛けてきた。父母の魂か民の命か、選べぬものを選ばせようと決断を迫る。

 助けを求めて、彼は鳥籠の中の母を見た。彼の目から隠そうとするかのように翼を広げる父の影で、母は金の鈴の声でさえずり続けている。そうだ、父は母の声も褒めそやしていたという。

 母の声に聞き惚れながら、しかし、彼にはその意味するところは分からなかった。助けてくれと言っているのか、罪を犯すなと諌めているのか。あるいは息子恋しさのあまりの切ない呼び声なのか。


 これだと判ずるには、彼は母のことを知らなすぎた。


 だから結局、彼は自身の責任によって決めなければならない。親を取るか民を取るか。どちらに決めても彼はどうしようもなく罪深い。無類の不孝者になるか、父以上の愚王になるか。選ばなければいけないのだ。


 手中に握り締めたままの鍵の存在が、忌々しくてならなかった。どうしてこの鍵を手にしてしまったのか。離宮の扉を開けてしまったのか。こんなことなら何も知らないままでいたかった。父母は遠い存在のまま、山積する政務に忙殺される日々は、いっそ気楽ですらあっただろうに。


 だが、彼は知ってしまった。知った以上は、時間を巻き戻すことはもうできない。いずれを選んでも後悔すると分かっていても、どちらかを選んでどちらかを捨てなければならないのだ。


「さあ、どうする!?」


 店主の一声は最後通牒だった。店中の鳥たち、母も、父でさえも嘴を(つぐ)んで()()の成り行きを見守っている。今、全ては彼に委ねられたのだ。結局のところ、彼は王など向いていないのかもしれない。口先ひとつで数多の命を左右する役に、何ら高揚するところがないのだから。


 ともあれ――


「余は――」


 ようやく絞り出した声は掠れ引きつって、醜い鳥の鳴き声のようだと思った。

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