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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
鳥籠の鍵
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 鳥籠の中の番の鳥は、彼の父と母だった。全てを捨てて母だけを求めた父と、その父に囚えられた母。そうと知ると、鳥たちが騒ぐのにも違った意味が見えてくる。

 父の鳥が怒り威嚇してくるのは分かる。母の死後、国を傾けた想いの強さを見れば、近寄る者は誰であろうと許さないのだろう。しかし、母は。


「母上……」


 彼の呼び声に応えて、雌の鳥がひと声鳴いた。その羽の色と同じような、金色の鈴を転がしたらかくやというような柔らかく澄んだ声だった。母は、彼を息子と分かっているのだ。


 しきりに身体を鳥籠にぶつけていたのも。父への恐れもあるのだろうが――子を求めてのことだとしたら。初めて会った息子に、助けを求めているのだとしたら。


 籠の格子の間へ、母に触れようと。彼も手を伸ばす。しかし、母の金の羽毛に指先が触れようとした瞬間、赤い血の雫が舞った。父だ。父の鉤爪が、番を奪おうとする不埒者を襲ったのだ。


「――鳥になった者は永久にこの姿のままなのか!?」

「いいえ」


 指先を抑えながら、喉を絞られたような声で問うと、店主は笑いを含んだ声で答えた。


「魂は、そもそもは身体から身体へ移るもの。ひとつの生を終えればまた次へ。その理を曲げるために、籠に閉じ込めているのです。籠の扉を開ければ――本来の定めへと戻るでしょう」


 魂の輪廻を妨げる、やはりこれは邪法なのだ。――胸中の嫌悪を深めながら、それでもその答えは希望だった。母を救う道はあるのだ。


「この(つがい)を買おう! 幾ら出しても構わない!」


 考える間もなく、叫んでいた。死してなお父に、鳥籠に囚われ続ける母が哀れでならなかった。狂った父の妄執も、輪廻の輪に返すべきだと思ったのだ。


「幾らでも!? 旦那、幾らでもと言ったね!?」

「幾らでも……出そう……」


 心からの確信を持っての言葉だったはずだった。しかし、店主の問い返す口調はあまりに弾んでいて。詰め寄る勢いも、やはり止めた、などとは言わせないとでもいうかのようで。彼は瞬時に自身の発言を後悔した。


「――幾らなのだ?」


 問いながら、彼は自由になる金の額を必死に算段していた。

 王とはいえ、彼の国はまだ貧しい。父の愚行の責を負う子としては、また怪しげな品に巨額の金を使ったとあっては民にも臣下にも顔向けできない。ただ、彼個人の財ならば。また、父が貶めきった王の権威を示すもの――王冠やら笏ならば。父母の魂を救うために、差し出す覚悟をしなければならないだろう。


「いくらお金を積まれたってねえ。無二の()だということはお分かりでしょう?」


 足元を見られまいと精一杯平静に尋ねたつもりでも、商人の鼻は彼の焦りを正しく嗅ぎ取ったようだった。勿体をつけた言い方にしたたかに誇りを傷つけられて、しかし彼は下手に出ることしかできない。


「ならば名誉か。それとも地位か?」

「いいえ、いいえ!」


 店主は彼の言葉を撥ね付けるのに何か楽しみでも見出しているかのようだった。歌うように繰り返した後、フードに隠れた――人か、それ以外のモノの――口が、にやりと嗤う気配がした。


「うちは魂を扱う店ですからねえ。お代は魂でいただくことになってます」

「余の魂が必要だというのか……!」


 彼が叫んだのは、不遜な申し出に怒ったからだろうか。それとも恐怖のあまりの悲鳴だったろうか。それさえも、店主は嘲るのだが。まるで物分りの悪い子供を相手にするかのように。


「稀有な魂ふたつですよ? 失礼ながら、旦那おひとりではとてもとても釣合いません。いえ、王様ってのは珍しいですがねえ、お求めなのは王様と、お妃様もでしょう? それにお父上からは、売る時には必ず番で、と固く言いつけられてまして」


 父は自分自身をも売り物とすることに同意していたのか。あの人には本当に母だけだったのか。一度は名君と呼ばれ、彼にとっても尊敬すべき父だったはずなのに。

 籠の中で意気軒昂に翼を広げる()を、彼は暗澹とした思いで見た。王者のよう、などと思ったのも悪い冗談のようだった。彼の目には、その金の猛禽は母を虐げる暴君にしか見えなかった。


「では、何をもって支払えば良い……?」


 言いながら、彼は何か負けたような気分を味わっていた。彼はこの店の理屈に暗い。父と母を質に取られて、言い値を支払わざるを得ない立場だ。店主も、彼が降伏するのを――おとなしく値を問うのを、待ち構えていたようだった。


 見えない口が裂けるように嗤うのが、見える。彼の魂を喰らおうとでも言うかのように。


「旦那の国の民の命、一万人分」


 いっそ高らかに誇らかに。店主は(あたい)を宣言した。呆然とする彼を嘲る朗らかな声が、頭に響く。


「なに、ちょっとした都市の二つ三つもあれば十分でしょう。お父上お母上の魂と比べたら、安いものですよねえ。だってあんた王様でしょう? まさか、ケチケチしたりはなさいませんよねえ……?」


 ――さすがにぽんと出せるような値ではありませんでしたから……


 彼の耳に、先ほどの店主の言葉が蘇る。母のために狂った父でさえ、支払うのを躊躇った値。それは、国の民の魂だったのか。母さえいれば良かった父は、自身の魂を差し出して切り抜けた。

 彼も母を救いたい。しかし、王として、民を売ることも責務を放り出すこともできない。


 ならば彼はどうすれば良いのだろう。

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