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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
鳥籠の鍵
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 意味を測りかねて――理解したくなくて――佇む彼を他所に、店主は続ける。母の色をした鳥は相変わらず忙しなく鳴き、同じ鳥籠の金の猛禽は翼を大きく広げ鉤爪を見せつけて威嚇してきている。


「時を超えた景色を見るだけならばさほど難しい術でもない――夜の間に限ればですが。そうして見せてもらったお妃様――旦那にとっては母上様ですか、その方はそりゃもうお美しかった。あたしがこの店を開いて長いですが、どんな鳥になるのかと楽しみになるようなお方は滅多にいない。絶対に仕入れたいと思ったもんです」


 彼は母の姿を直に見たことがない。無論、生まれた瞬間は抱かれたこともあったのだろうが、記憶に残るようなものではない。息子でさえもそうなのに、このように怪しげな店の商人が王の寵姫の姿を見る光栄に浴したとは。

 嫉妬にも似た黒い思いが彼の胸を焦がす。これは、恋に狂った父の血が呼び起こす思いだろうか。


「ええ、ですから二つ返事で捕らえさせていただきました。時と世界を超えて魂を捕らえるのはちょっとした大事なんですがね、でもその甲斐はありました」


 母が死んだのは、確かに月の輝く夜のことだった。しかも鍵の魔力は彼が目にした通り。だから彼は店主の言葉を信じた。ならば――


「貴様が母を殺したのか!」


 番の鳥は、彼の叫びにいよいよ激しく飛び回り、檻にぶつかって舞い散る羽が金色の雪のようだった。


「いいえ、母上様はそこに、あんなに美しいお姿で」

「このような鳥の姿……!」


 いや、ただの鳥ではない。店主の言葉を信じるならば、この鳥は母の魂が囚われたもの。それも、認めなければならない。


「人殺しめ……!」


 母の魂の鳥は確かに美しかった。だが、鳥は鳥だ。流れるような金の髪も、深い水面を思わせる青い瞳もない。残された肖像よりも鮮やかな色を見せてはいるが、それでも人のものではない。父を魅了したという小さなつま先も、赤子の彼を抱いたであろう両の腕も、失われている。これで母と言えるのか。


「人聞きの悪い……言っておきますが、お父上の望んだことですからね」


 店主は何ら疑問も呵責を覚えていないようで、肩を竦めた。この者にとっては、母の生死も思いもどうでも良いことなのか。単に希少な商品を仕入れることができたというだけなのか。


 ――これで、父は満足だったのか。


 母の姿が受け入れがたいのと同様に、父の妄執も彼には信じられなかった。どのような姿でも、とは言ったらしいが――抱き締めることもままならない鳥の姿で、本当に良かったのか。自らの行いの結果を見た時に、後悔はなかったのか。いや、あって欲しい。


「父は……そこの、母を見てどう思った。なぜ購って帰らなかった?」


 一筋の希望に、彼は縋ろうとした。父も結局死んだのだ。母を鳥籠に閉じ込めて愛でるなど、やはり過ちだったと気付いたのではないだろうか。


「これほどの品ですからねえ。情報をいただいたとはいえ、お代は相当だと、申し上げたのですが」

「幾らだ。父は諦めたのか」


 この世界では彼の国の金貨は通じるのだろうか。頭の隅で訝りながら彼は店主を問い詰めた。

 諦めたのであって欲しい。母に溺れ、母の面影を追って国を顧みず傾けた。それだけでも恥ずべき父だというのに、魂を売り買いするなど人として許されないことだ。父が死んだ今になって、父のそこまでの狂気を罪を、彼は知りたいとは思わなかった。


「さすがにぽんと出せるような値ではありませんでしたから……ですが、あの方は良い取引を考えついてくださいました」

「取引。どのような」


 彼の声はもはや喘ぎのようだった。この店主は、人外というだけでなく何か悪しきものの化身に違いない。でなければ人の命の取引の話を、このように嬉しげに語るはずがない。


「商品の価値を高めてやろう、と。傾国の美姫というだけなら歴史に消えた国の数だけいるだろうが、(つがい)ならどうか、と。賢王と名高い君主と、彼をして溺れさせた寵姫の対! これは珍しい! いやあ、さすがにお偉い方は飲み込みが早かった! この市場では何が珍重されるか、あっという間に見抜かれた! ご自身を代価に、お妃様と同じ籠に収まる権利を買い取られるとは――まったくお見事なご提案!」


 店主は高らかに笑い、耳の神経を擦るような嗄れた声が彼の頭を揺さぶった。


 よろめいて、手近な鳥籠にぶつかる。がしゃりという耳障りな音。檻と接した彼の背を、中の鳥が抗議するように突く。だがそれも気にならない。彼の目に入るのは、店の最奥の鳥籠だけ。

 その中に閉じ込められた、最上の品。金色の猛禽の番。傾国の美姫と、堕とされた王。そのふたりの魂。そして、彼の父と母。そうだ、父が死んだのも夜だった。


 死んだ母を取り戻すため、時を遡って母を捕らえた――ならば、父から母を奪ったのは当の父だったのか。そのねじれた因果に、父は気付かなかったのだろうか。気付いた上で、母が手中に収まるならば良しとしたのか。


「父上……母上……?」


 彼は父の姿もろくに知らない。多くの君主と違って、自身の肖像を残すのにはこだわらない人だったという。最初は己の権威を高めるよりも国を富ませることに注力したために。後には、何よりも母のことだけを思ったために。


 だが、彼は雄の方を見た時に直感していたではないか。


 王冠のような飾り羽と、剣の刃を思わせる鋼の鉤爪。――剣と王冠で正装した王者のような風格の鳥だ、と。

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