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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
鳥籠の鍵
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 妃、と聞いて彼の心臓は跳ねた。彼が持つ鍵を携えて妃を探していた客とは、彼の父に相違ない。


「ここは鳥を扱う店ではないのか。その客はなぜ妃を求めてここへ来たのだ」

「鍵が、結びつけたのでしょうねえ。その方と望むものを。そして、それを手に入れる術を」


 密やかに笑った店主の声は、人のものとは思えない軋んだ響きをしていた。なので彼はフードの下には鳥の頭が隠れていることを疑った。

 ともあれ――


「その者は妃を取り戻したのか? その代価にその鳥を……?」


 問いを重ねながら、彼はこれもまだ違う、と思っていた。父の無二の望みが母との再会であったことは疑う余地がない。名君と呼ばれた王をして国を傾けさせるほどの激しい思慕だ。この世のものではないらしいこの店に頼ったとしても何の不思議でもない。

 だが、父はただの人間だった。高貴な血筋とはいえ、高い見識を誇ったとはいえ、夜の市場とやらの妖しい技とは無縁のはず、この世ならぬ鳥を捕らえることなどできないはずだ。でなければ詐欺師まがいの者どもに国の金をやすやすと投げ渡しはしなかっただろう。


 父はこの店で、一体どのような取引をしたのだろうか。


「随分と知りたがるんですねえ」


 答えを渋る店主の声には、疑い品定めする響きがあって、彼は思わず声を高めた。情報に対する代価を強請ろうというならそれでも良い。だが、警戒され疑われるのは理に適わないことだと思ったのだ。


「その客とは余の父だ! 父が母を求めての行いを、息子として知ろうとするのは当然であろう!」


 人間なのか否かも分からないが、店主はまがなりにも商人なのだろう。為政者としての彼は、商人どもの強かさをよく知っている。感情的に叫んだのは失敗だったかもしれなかった。店主がすぐに答えなかったのも、彼の焦りを掻き立てた。


 だが――


「ご子息?」


 一拍を置いて発せられた店主の声は、奇妙なほどに弾んでいた。


「それじゃあ旦那、あんたも王様ですか!」

「そう、だが……」


 彼の身分を知ってなお、店主の口調は馴れ馴れしくて敬意の欠片も感じられなかった。なのに揉み手をせんばかりの勢いで上目遣いに――店主の目は見えないからそのような仕草というだけだが――擦り寄る姿には媚びる気配も確かにあって。


 とても、気味が悪かった。


「そうですか、お父上のことならば……それなら、お教えしても良いかもしれませんねえ」


 陰に隠れたままの店主の口が、裂けるように嗤うのを、光る鍵の仄明かりが映し出したような気がした。無論、幻に過ぎないのだろうが。

 鳥籠の鳥たちもなぜか今は静まり返って、静寂が痛いほどで――店主の言葉を待つ彼の背を、汗が一筋流れ落ちた


「その方は、どのような姿でも良いからお妃を取り戻したい、何ものにも引き裂かれぬよう永遠に傍にありたいとお望みでした」


 店主がまず述べたのは、彼がすでによく知っていることだった。彼が知らぬことはこれから続くのだろうか。

 空間を埋め尽くす鳥籠を見渡しながら、店主は何か重大な秘密でも打ち明けるかのように厳かに告げた。


「この鳥たちは、もとは人だったのですよ」

「何だと……」


 思わず呟いたのも、ちょうど良い相槌に過ぎなかったらしい。店主は彼の方をちらりとも見ずに部屋のあちこちを指差した。


「人の魂を捕らえて籠に入れると、魂に見合った鳥の姿になるのです。そちらの鷹は優れた騎士だったし、そこの白い孔雀は傾国と名高い美姫でした」


 示された鳥たちは、自らの評を誇るかのようにひと声ずつ鳴いた。人の言葉を解しているとしか思えない、返事のような鳴き声は確かに知性を感じさせる。


 では、母の色の鳥は――


 嫌な予感を覚えながら、しかし、彼は店主を止める気にはなれなかった。この場の雰囲気に呑まれて言葉を発することができなかったのか。知りたくないと思いながら、話の続きを聞きたくて堪らなかったのか。多分その両方だ。


「ですからその方にもお勧めしたのです。人としては手に入らないお方も、鳥にしてしまえば良い。そうすれば常に手元で愛でたとしても何の障りもないですからねえ。

 あ、いえ、だいぶお歳を召した方だったので。若妻の不貞をお気に病まれているのかと思ってしまったんですが」


 彼の強ばった表情に気付いたのか、店主は言い訳めいたことを慌てた口調で付け足した。父が良い歳をして母に溺れたのは事実だし、離宮に閉じ込められた母に不貞を働く余地がないことは分かりきっている。店主の言葉はまったく余計なこと――だから、彼はそれに怒ったというのではない。

 金の鳥を見た瞬間に、ひと目見て母だと直感した――それが誤っていなかったと知らされたのも衝撃だった。しかし、それにも増して彼を打ちのめしたのが、母を人外の姿に貶め、籠に閉じ込めてまで手中に止めようとする父の妄執だった。


 父は、どこまで狂っていたのか。彼はその狂人の血を引いているのか。


「いや……母はその時既に死んでいたはず」


 教えられた父の姿に吐き気を催すほどの嫌悪を覚えつつ、彼は抵抗を試みた。店主によると、父は妃を取り戻したいと言ったという。それは死から取り戻すという意味のはずで、ならば母は父の手に堕ちた訳ではない――のではないだろうか。


「嫌だなあ、旦那」


 彼はまた店主の三日月のように歪められた唇を幻視した。あるいは耳まで裂けて牙を覗かせる獣の口、人を嘲るようにぱかりと開いた鴉の嘴だっただろうか。


「夜の市場だと言ったでしょう。鍵が繋ぐのは世界の間の扉だけではないんです。月の魔法が及ぶところならどこでも――いつでも。夜の闇は全てに通じてるんですよ」

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