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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
鳥籠の鍵
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「全体、あの鳥どもは、何なのだ? この世のものではない姿形……造り物ならまだしも、どこで手に入れた!?」


 そして、なぜ彼の母を思わせる色を帯びているのか。最も知りたい疑問は、口に出すことができなかった。会ったこともないのに、籠の中の雌の鳥をひと目見るなり母だと思った。その確信に近い直感が、彼には自分でも理解できなかった。


 彼が指差した先で、雄の鳥がまた金色の翼を羽ばたかせた。言葉は発せずとも、明らかに無礼を咎める仕草だった。金属を掻くような耳障りな甲高い声は、間違えようもなく怒りの表情を滲ませている。

 一方の雌は不安そうな声で囀って鳥籠の中を飛び回り、身体を檻にぶつけては細かな羽毛を宙に舞わせる。(つがい)の剣幕を恐れ、逃げようとでもするかのように。


「この世のものではない? そりゃ旦那、旦那の世界でならそうかもしれませんがねえ」


 フードの人物の嗄れた笑い声は彼の神経を一層逆撫でた。不遇の時代が長かったとはいえ、彼は王族。このように小馬鹿にしたような口調で接する者などいなかったのだ。


「聞かれたことだけに答えよ。回りくどい言葉遊びはいらぬ!」


 叫ぶように命じた瞬間、彼は全身を強風に煽られたような感覚を覚えた。同時に、頭を揺らすほどの騒音が聴覚を襲う。

 周囲の鳥籠の鳥たちが、一斉に翼を羽ばたかせ、それぞれ喉を限りに鳴き叫んだのだ。彼を咎めるかのように。中には猛獣の咆哮さながらの太く響く声も混ざっていて、不覚にも彼の身を竦ませた。


「行儀の悪いお客さんだねえ……」


 呆れたような溜息混じりの声に、屈辱を覚えつつ――彼は先の考えが正しかったことを知った。やはりここは店なのか。ならばこれらの妖しい鳥は商品なのか。


「ここは、どこだ……」


 先ほどの独り言とは違って、人を相手に問うのは一段の愚行に思えたが――彼は恥を忍んで語気を抑えた。相手は図に乗って嘲ってくるかとも恐れたが、意外にも今度は明瞭な答えが返ってくる。


「どこって。夜の市場ですよ、旦那」

「夜の市場……?」

「いつかの時代のどこかの国、どこでもあってどこでもない」

「何――?」

「あらゆる人に会える場所。あらゆるものが手に入る場所」

「何を……」

「ただ、鍵さえあれば良い。鍵をお持ちの方は誰でもお客。夜の闇が世界の間の扉を繋いでくれるだろう」


 歌うように節をつけて紡がれた言葉に、彼は手の中の鍵の存在を思い出した。ずっと握り締めていたがためにすっかり温くなってはいたが、あの不思議な輝きは変わっていない。


「この、鍵が……?」

「そう。夜の市場にも店は多いが、この店へ通じる鍵を手に入れたとは幸運なお方。――どの鳥がお望みで?」


 これは自分の鍵ではない。


 まず彼が思ったのはそれだった。母が遺したものを見つけただけだ。フードの店主の口ぶりだと、鍵を持つものはどのように入手したかに関わらず客としてみなされるのだろうか。いや、それよりも気になるのは店主が歌うように吟じた口上の一節だ。


「――あらゆる人に会える……?」


 母を亡くして狂った父の、数々の逸話が頭をよぎる。蘇りの秘術だの、死の国に通じる鏡だの。あらゆる人というのが死者をも含むというならば、この鍵はいかにも父が好んで求めそうな品ではないのか。母の離宮で見つかったから母のものだと思っていたが、母の死後も数年は生きた父は、その間の多くの時間を母との記憶の溢れる離宮で過ごした。この鍵は父が遺したものであってもおかしくないのだ。


 では、父もここに来たのか。ここで、何を買ったのか。父に(たか)ったのは詐欺師ばかりだと思っていたが、()()も混ざっていたというのか。


「この鳥どもは……何か超常の力があるとか? 死者を蘇らせるといったような……」


 炎に焼かれても灰から蘇る鳥だとか、不死の力を秘めた羽を持つ霊鳥だとか、物語では聞かないこともない。妖しい鍵が導いたこの妖しの店ならば、そのような鳥を売っているということもあるのだろうか。


 だが、店主はあっさりと首を振る。


「いえ、こいつらにそんな力はありませんよ。ただ見た目が変わってたり綺麗だったりするだけで。皆様、観賞用ということでお求めですねえ」


 言いながら、店主は手近な鳥籠を占める鳩に似た一羽の喉元を撫でた。確かにその鳥について言えば凡庸な白一色で、ただ嘴が銀色なところがそこらの鳩と違うだけだった。女子供が窓辺に置くのを好みそうな小さな鳥だ。


 父が母への贈り物とした……?


 また別の可能性を考えて、彼はいや、と内心で首を振る。このように珍しい鳥、どれであっても離宮にいたなら噂にならないはずがない。それに、母に縁のあるものなら何であれ、父が死なせたり逃がしたりするとも考えづらい。


「……その鳥はどこで仕入れた?」


 彼は母の色を纏った鳥を指した。いまだに機嫌悪く鳴き続ける番に怯えてか、しきりに鳥籠に身体をぶつける様は、いっそ哀れなほどだった。母を思わせる鳥のそのような姿は、彼を奇妙に落ち着かない気分にさせ――正体を知りたい、と思わせる。


 そもそも死んだ父が何をして何を考えたか、今になって分かるはずもない。ならば、今目の前にいる謎を、答えを知っているであろう店主に直截に問う方が早いのだろう。


「お客様のご紹介で」


 またも判じ物めいたやり取りに苛立たせられるのかと思いきや、店主はやはりあっさりと答えた。


「それは誰だ」

「夜の闇の中での商売ですからねえ。名前を聞いたりしませんお互いに。ただ……」


 深く被ったフードの影に隠れて、店主の顔はおろかいまだに男女の別も歳の頃も分からない。だが、なぜか彼は相手が笑っているのだろうと確信していた。意味ありげに焦らすような間の後に、相手が何をいうのかも。


「お妃様を、探していらっしゃいましたねえ」

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