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夜の扉を開く鍵  作者: 悠井すみれ
鳥籠の鍵
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 その者は、くだらない理由で王を煩わせたと叱責されるのを恐れているようで、ひどく汗をかいていた。


「これが何の鍵か――あらゆる扉や、宝石箱なども試したのですが、合うものを見つけることができませんで」

「ふむ」


 彼は、その者が捧げ持った鍵をつまみ上げた。無粋な彼でさえも目を瞠るほどの繊細な細工の品だ。素材は金のようにも銀のようにも見える柔らかな輝きを放つ金属で、持ち手にも軸にも細かな彫刻が施されている。要所要所に配された宝石も眩く、星を散りばめたかのように見える。これほどに小さい石をどのように研磨したのか、彼には全く想像もつかなかった。


 これ自体でも相当な価値があるものだとひと目で分かる。そして、それこそがこの鍵が彼のもとに届けられた理由でもあるのだろう。鍵は、何かしらに封をするもの。この鍵に合う扉が必ずどこかにあるはずなのだ。これほどに美しく高価な――で、あろう――鍵ならば、封印されたものも同様か、それ以上に価値あるものに違いないと考えられたに違いない。


 王の母の遺品でさえも売り払って国庫の足しにしようとしている今、それほどのものの所在が分からないでは済まされない、と。臣下の判断は確かに彼の意にも叶っていた。


「ただの飾り……と、いうことではないのだろうな……」


 首飾りなどの一部にするには、その鍵はあまりに大きくて釣り合いが悪いように見えた。何より先端の歯の部分も複雑な造りをしていて、実用のために作られたのだろうと思わせる。


「陛下ならば何かご存知ではないかと考えまして……」


 報告した者の期待に、彼は応えることができそうになかった。というか、彼には父母の顔さえ朧だということは広く知られているのだろうに、このようなことを持ち込まれても困る。肉親の情があれば何か通じるものがあるとでも思われているならば、買い被りも良いところだ。


 とはいえこの者もよくよく困りきってのことなのだろう。万が一の際の叱責が怖いというのならば、王の言葉で安心させてやるのが良いだろうか。


「分からぬ。が、これは余が預ることとする。政務の息抜きにでも合う扉を探してみよう」

「左様でございますか」


 案の定、彼がそう言うと相手はひどく安堵したような表情を見せた。




 そうは言ったものの、彼は鍵に合う扉を探すつもりなどさらさらなかった。

 その役目を与えたものが探して見つからなかったものを、彼が見つけられるとは思えない。父に遠ざけられ、王妃やその一族にも疎まれていた彼は、王宮の造りに明るくないのだ。隠し扉の類の伝承も、父と共に失われてしまった。


 だから、あの言葉は臣下の不安を除いてやっただけのこと。その日の政務が終わるころには、鍵は書類の山に埋もれていたし彼の意識からも消えていた。

 彼がやっとその鍵のことを思い出したのは、夜も更けてからのこと。蝋燭の灯りで細かな字を追うことに疲れを感じ、ふと目を上げた時だった。


「……?」


 ふと、室内の明るさがいつもと違う、と思ったのだ。手元の燭台だけで、これほど明るくなるものだっただろうか。集中のあまりに、目の焦点がおかしくなっているのだろうか。いや、これは光源がふたつあるような――


 あたりをつけて見渡せば、ふたつめの灯りはすぐに見つかった。積み上がった書類を微かに透かす、柔らかな光。月を地上に下ろしたかのような白い光は、あの鍵が発するものだった。


「これは、何という……」


 書類をかき分けて鍵を手に取ると、それは昼間とは全く違った美しさを見せていた。精緻な細工はそのままに、全体がほのかに光を放っている。彫刻を文様のように浮かび上がらせ、宝石を内側から輝かせるような不思議な光は、もちろん何か仕掛けがあるようには見えない。


 鍵を掲げた彼は、その輝きに魅入られた。同時に胸には疑問が湧き上がる。このような逸品を、父はどこから手に入れたのか。母はこの鍵で何を封じていたのか。

 今まで興味もなかった両親のことを、初めて知りたいと思ったのだ。




 知りたい、という衝動に駆られて――彼は、気付くと母の離宮の前にいた。まだ貴重な品々が多く眠っている場所だから、扉には厳重な錠が下ろされている。その無骨な鍵穴に輝く鍵が合うはずもないと、頭では彼にも分かっていた。母の鍵は、軸にも歯にも繊細な細工が施されているから、無理をしては壊してしまいかねない。


 そう、分かっていたのだが。


 鍵が彼の手を操るかのようだった。灯りひとつ携えてこなかった闇の中。どういう訳か見回りの兵もちょうどこの場にはいない。ただ鍵の輝きによって手元だけがわずかに照らされる。錠の鍵穴にそれを差し込んだことで、一瞬明るさが減じて彼の目に白い残像だけが映る。


 そして、鍵がするりと回る感触があった。


 驚きに息を呑みつつ、弾かれるように鍵を引き抜く。と、同時に音を立てて錠が落ちた。もう、離宮の扉を閉ざすものは何もない。


 これは現実のことなのか。それとも、政務に疲れていつの間にか寝入っていたのか。珍しく父母に思いを馳せたことで、このような夢を見ているのか。この中に入れば、答えを得ることができるだろうか。


 汗の滲む手に光る鍵を握り締めながら、彼は扉を押し開けた。

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