作文
リビングに持ち込んで広げた卓袱台の天板の真ん中を、四角く刳りぬくように原稿用紙が占領している。
さつきは筆箱から鉛筆を取りだし、くるくると回転させはじめた。
さらに指を複雑に動かすと手首からさきのところで、鉛筆があちこちに波を打つように躍動しはじめる。
頭のなかで、手の映像だけを消して、鉛筆の動きだけを追いはじめると、いかにも一所懸命に走り続ける努力家の鉛筆くんが立ち現れてくる。
「がんばれ鉛筆くん。」
こっそりとそう言ったさつきの口元には笑みが浮かんできた。
こんなことでにんまりしている自分がなんだかおかしくて、さらに笑い声が喉からこぼれた。「ぐひっ。」
「さっちゃん。」
おかあさんが、白いマグカップをことり、と小さな音をさせて卓袱台に置いた。
しまった! おかあさんはさっきの変な笑い声を聞いてしまっただろうか。たぶん聞いていたはず。でも「さっちゃん」と言ったときの声音は、そんな変な笑い方しないの! というような叱るような響きはなかったから、聞こえてたけど、聞こえてないのかも。見ていたけど、見ていないのかも。それとも分かっていて何も言わないの? それはいやだなあ。
「あ、ありがと。」
そんなことを考えながら手を伸ばして左手でカップの持ち手をつかみ、鉛筆を回す右手は手首のところでカップの縁をかるく支える。熱い。けどなんとか持てそう。
両腕を口に近づけつつ、とがらせた唇もカップのほうへ近づけて、あつあつのハーブティーを啜る。「ずずっうい。」
しまった! 変な音ばかり出している。そう思いながらもまた唇がにんまりとしてしまった。
「やあねえ。やめてよ。さっちゃん。」
と、おかあさんも、うふふ、と笑っている。
うふふ。
あはは。
いやねえ。
ごめんね。
いいけどね。
ふふふ。
そして、そのあいだもずっと鉛筆は手の上を走り続けている。扇風機のように風を立てながら。