第2話 恋?
「むぐぐ。この状況はキツイ」
「ふふふ。甘いな。序盤で代打・代走を使いこむなんて愚の骨頂」
とある日曜日。政が居候している慶の実家へと、本当に来てしまった十河。もっとも来たはいいものの、目的の人物は朝から出かけていて不在であった。と言うわけでやることもなく、今は政が実家から持って来ていた野球のテレビゲームにて対戦プレイ中である。
「くそぉぉぉ。DH解除できればあいつを打席に立たせられるのに」
十河が言っている『あいつ』とは、現在十河側のチームで登板中の、打撃能力の高い投手のこと。野球ファンなら誰もが知っている、野球史上少ない投野手二刀流選手である。以前のイニングでDHに代走を出してしまった十河は、さらに他のところで代打をつぎ込んでいたこともあり、試合終盤で打撃能力の低い選手に代打を送れない状況にあるのだ。
「お前がDH制でなんて言い出したのが悪い。自業自得だな」
「なんでDH放棄できないんだよ。頑張れよ」
「無茶言うなって。DHってただでさえルール複雑なんだから。そんなに文句があるなら、情報工学科にでも行って来い。プログラミング習ってこい。自分でプログラミングを組め」
そう言いながら手加減無用の政。6、7、8回と、それぞれ1人ずつのリリーフをつぎ込む継投策で3イニング連続無失点。試合を有利に進めていた。そうして試合は最終回の裏。十河の最後の攻撃。と言ったところで、ドアの鍵が開く音がしたのち、2階への階段を駆け上がる足音。
「ん? おやじさんか?」
「いや、おやじさんは用事があって実家に帰省中。帰るのは明日の朝の予定」
「と言う事は?」
ドアが思いっきり開け放たる。そこへと立っていたのは慶。
「政~。そろそろお昼だけど、今日はパスタでいい~? って、十河ちゃんじゃん。おっす」
「あ、おじゃましてます」
同級生相手にも関わらず、条件反射で敬語。
「パスタか。もちろんそれでいいけど?」
「何グラム?」
「1,5束かな」
「は~い、了解。十河ちゃんはどうする? 食べてく?」
願ってもない提案に目を輝かせ、頭が遠心力で吹き飛びそうなくらいに二度三度四度と頷く。
「俺も1,5束で。お願いします」
「だったら、全部でいくら?」
いまいち暗算ができない慶。そんな彼女に代わって政が暗算を開始。
「慶は?」
「1束」
「合わせて4束」
「ありがとう。それじゃあ、準備終わったら呼ぶね~」
「おぅ」
「あ、ありがとうございます」
慣れた様子の政。一方で、条件反射&緊張で敬語の十河。彼女が台所を目指して階段を駆け降りるのを、十河は部屋の入り口から顔だけを出して見送る。そして姿が見えなくなったところで、頭を引っ込めてドアを閉めた。
「な、なぁ」
「ん?」
「慶ちゃんって、やたらと政と仲良いよな」
「はとこだからな」
「いや、俺、はとこの名前を知らないどころか、いるかどうかも知らないんだけど」
いとこなら仲がいいのは分かるが、はとこはあまりにも遠い。昔から縁があったわけでもないのに、あまりに仲が良すぎである。
「年頃の女子が、同い年くらいの男子にあんなに懐くか?」
「懐くってちょっと違くね? そもそも、年頃って言うほどの歳でもないだろ」
「まさか慶ちゃん、政に恋してるんじゃねぇの?」
「そりゃねぇよ」
十河の試合放棄により、CPU相手にゲームで対戦を始める政は、かなり冷静にツッコむ。そして少し考えたのち頭をかいて口を開いた。
「あいつって、父子家庭で1人っ子だろ? 4年間限定とはいえ、実質的に家族が増えるのが相当嬉しそうだったらしい。それも同い年とくれば、たとえ異性でも話し相手ができて喜んでたみたいだな」
「らしい、みたい、ってことは、本人から聞いたわけじゃないのか?」
「おやじさんから聞いた」
慶を男手1つで育てた父親の言う事であれば、それは十分に信憑性が高いに値する。本人が十河の言うように『恋心』を隠し持っている可能性も完全には否定できないが、現状ではそれが最も有力である。
「そういう経緯があるから、仲良いんだよな。たまに布団を並べて寝てるし」
「ふ~ん……あれ? 一緒に寝たことはないって言ってなかった?」
「そりゃあ、たまにはな」
「どっちがたまに? 一緒に寝ることが? 寝ないことが?」
妙にテンションが上がっているマグマ・十河に、逆にテンション低めの氷河・政。
「寝ることが。テレビ見たり、勉強したり、話したり、ってのを一緒にしてて、そのまま流れでってことがたまにはな」
「う、うらやましい。俺も慶ちゃんと一緒に……」
「頑張れ~」
かなり棒読みの他人事発言。そもそも他人事なわけだが。
「でも、俺、思うんだ。今日は来てよかったと」
「急にどうした?」
「だって、慶ちゃんの手料理が食えるんだぜ? 俺にとっては高級料理店よりも高価な食事だぞ」
「そうか。僕は毎日、高級料理店以上のものを食べていたのか。つーか、よく慶の作るものを高評価できるな。もしかしたら塩と砂糖を間違える天然さんかもしれないぞ」
「慶ちゃんは料理がうまい。断言できる」
もはや半年。彼にとってはおふくろの味よりも、はとこの味の方が馴染んできているところもあるほど。
「前にも聞いた気がするけど、慶の何がいいんだ?」
「可愛いじゃん」
「まぁ、高校3年の時のクラスメイト女子に比べたらそんな気がする」
「胸が大きい」
「そうかぁ?」
否定をできるほどの確信はないが、賛同はし難い表情で言い返す。
そもそも『大きい』と言う抽象的概念には基準が無い以上、十河が大きいと言えば、政が小さいと言っても、十河的には大きいわけで政に否定はできないが。
「あと、優しい」
「それは認めない事もない」
それには先ほど政の言った彼女の家庭事情も絡んでくるわけで、さすがのこれには三好政脳内議会も全権一致で賛同である。
「可愛い、胸が大きい、優しいって、それだけ揃っていれば最強だろ。打てて、走れて、守れる選手並みに」
「最強かどうかは知らん。けど、個人的に可愛いシーンを1つだけ知ってる。あれだけは可愛いと言える」
「何だ? 教えろ。教えないと殺す」
政が知っている彼女の可愛いシーンと言えば、十中八九家にいる時の光景。十河にとっては未知の領域だけに、興味津々である。
「慶的には、高校時代の制服って過ごしやすいらしいんだよな」
「セーラー服? ブレザー?」
「紺色ブレザー。だからあいつ、今でもたまに着てる」
「マジで。見てみたい。超見てみたい。写真ない?」
「ない」
「そうか、残念。今日は終電逃したって事にしてここに泊まろうかな?」
「走って帰れ。だいたい、終電も何も、電車に乗って帰る距離でもなかろうに。てか、駅の方が遠いだろうが」
「そうだけどさぁ」
好奇心がバブル経済。テンションバブル全盛期に突入した十河は、もう止まらない。
「他には? 他には何かないのか?」
「おやじさんに聞いた話で、僕自身は見たことないんだけど、もう1つ。慶、家業の商店で高校の時とか小遣い稼ぎにバイトしていたらしいんだよな」
「南長州三好商店だろ? たしか」
「そう。それで、イベントの時とかは仮装して店番するらしい」
「仮装?」
「クリスマスはサンタさん。正月は巫女さん。夏祭りの時は浴衣」
「マジか。それは確実か?」
十河のバブル経済はまだまだ続く。その反動が怖いくらいにテンション上昇中である。
「確実かどうかは知らん。この前の年末年始から大学入学までは、僕の引っ越しやら入学準備なんかでどたばたしてたからやってないみたいだし。それに今年度は、それっぽいイベントはまだだからな」
説明するその一方で、十河は仮装した慶を思い浮かべているのか、若干視線は天井向き。少しずつ口角が吊り上りにやけてくる。
「俺さ、慶ちゃんが彼女になってくれたらやってみたいなぁ」
「なんだよ、唐突に。いや、話の流れは間違ってないけど」
「何か嫌な事があったら泣きつきたい。胸に飛びつきたい。抱きしめてもらいたい」
「18禁はアウトだぞ。慶も言ってたじゃないか」
「これはセーフだろ? 18禁ではないと思う」
審判・政のジャッジに対し、監督・十河が講義を申し出る。ビデオ判定が必要なほどの際どいものである。
「でも、なんだかんだいって、やってくれそうな気がするな。僕なら自然な流れで」
「くそぉ。お前、そのポジションを代われ。慶ちゃんのはとこポジションを寄こせ」
「無理」
「なんで俺はこう、不幸なんだぁぁ。慶ちゃんのはとこなら、毎日一緒に食事して、毎日一緒に寝て、毎日抱きしめてもらって、毎日一緒に居られるのにぃぃぃ」
「毎日って、お前、何か究極に勘違いしているような」
「そうか?」
「すげぇ勘違いしてる。ま、いいや。どうせこの流れ。とりあえずそんな十河にトリビアof慶。名付けてトチチカだ。親友として教えてやる」
「おぉ、偉大な親友よ」
「慶の名前の由来。明るい笑いで周りに元気を与えられる人になれ。って意味を込めて、喜ぶって意味を持つ『慶』になったらしい」
「すげぇ、いい名前じゃん。しかもその通りの娘に育ってるし。俺、すげぇ元気もらってるし」
「因みに」
「うん、うん」
興味深く身を前に乗り出す。
「僕、政の名前の由来は、まさしく『政治』の『政』から。国を動かせるほどの大きな人間になれって意味で――」
「あ、その情報はいいや」
「あっそ」
十河も1人で色恋ごとに関して燃え上がっていたものの、政のつまらない話でその気がそがれてしまったようでバブル崩壊。政VSCPUの野球ゲーム対決を観戦。試合は投手戦。テンポよく続き、まもなく試合終了かと思われた当たりで、またも階段を上がってくる足音。しかし今度の足音は先ほどのような駆け足のものではなく、ゆっくりとした忍び足に近いもの。
「ま~さし~。開けて~」
「はいは~い」
「ありがと~」
入ってきたのは、昼食の準備を終えた慶。大きなお盆の上にはミートソースのパスタの皿が3つ。見てからに多いのが男子2人組のもの。少ないのが慶のものである。
「そろそろ試合なのにゲームしてたんだね~」
「そりゃあ、僕らは別にガチで全国優勝目指してるわけでも、プロに行きたいわけでもないし。とは言っても、別に遊んでたわけじゃないぞ」
「ゲームしてたのに?」
政はベッドの横から折りたたみ型の机を引っ張り出し展開する。
「高橋の研究」
「なに? 仮想高橋とでも対戦してたの?」
「本物の高橋と対戦してた」
「あぁ~」
理解を示す慶。政が示すゲームのパッケージには、去年のプロ野球のデータを使用しているとの旨が表記されている。つまり高橋が現役プロ野球選手だった時のデータが入っているゲームである。
「ま、ゲームはゲームだけどね」
「まぁな」
ゲームの電源を落とす政と、なんとなくそのゲームの説明書に目を通す慶。一方で先ほどまで慶を崇拝していた十河は、借りてきた猫のように黙り込んでしまう。その目線の先には彼女の手料理らしきもの。
「どうした? 十河。急に静かになったな」
「これは、慶ちゃんの手料理だよな」
「パスタは茹でただけ。ソースはレトルト。アレンジ無しだけどね」
カップめんの上位互換程度で、手料理とは言い難いところ。
「いやいやいや、料理は手間じゃないから。愛情だから」
「おい、十河。気持ち悪いぞ」
「うるさい、政。お前は家に帰れ」
「住民票はこっちに移してんだ。いったい僕にどこへ帰れと言いたいんだ」
ケンカというよりは漫才のボケとツッコミであろう。少しヒートアップしてきたところで、慶が間に割って入る。
「はいはいはい、そこまで、そこまで。昼食取ろうか」
「慶ちゃんがそう言うなら」
「それはそうだ。昼食が冷める」
慶に言われるとイエスマンと化す十河。政も慶に噛みつく理由はないと、彼女の案に乗っかる。そもそも2人はケンカしていたわけではないので、火種が残るようなことはまずない。
「いただきます」
「慶ちゃん。いただきます」
「はいどうぞ。私もいただきます」
律儀に手を合わせる3人。まず真っ先に昼食へ手を付けたのは政。慶は他2人が食べ始めるのを待ち、十河はと言うと、まるで高級食材のキャビアを扱うかのように慎重である。その十河はゆっくりとフォークを立てると、ゆっくりと回してパスタを巻きつけ、口に運び、しっかりとその味を舌で感じる。
「うまぁぁぁぁぁい」
「うるさいぞ、十河。近所迷惑だ」
政の冷たい返答にも屈しない、愛の美食家・十河一。
「久しぶりに、いや、初めてこんな美味いもの食った気がするぜ」
「あはは、ありがと。こんな適当に作ったものが美味いって、普段は何食べてるの?」
「男の一人暮らしだと、あまりまともなもの作らなくて。食材買っても使いきれないし」
「あれ? 十河ちゃんって一人暮らしだったんだ」
「実家は通学可能圏内なんだけど、ばあちゃんの持ってる空き家が学校の近くにあるから」
「へぇ。そのうち遊びに行こうかなぁ?」
「どうぞ、どうぞ。いつでもどうぞ。講義の間が空いちゃったときとかは言ってくれれば、暇つぶしくらいには」
慶を自分の家に招こうと躍起になる。すると口の中をパスタでいっぱいにした、ハムスター・政がその話に割り込んだ。
「僕も行っていい? 面白そう」
「えぇぇ~、いいけどさぁ」
親友の頼みとあって断りはしないが、慶の時とはまったく違う対応だ。できれば来るな。と言いたそうな態度である。
「すげぇ嫌そうだな」
「やっぱさ、見られたくないものとかあるじゃん?」
慶には来てほしいが、政は面倒だから来るな。と言う事を相当遠回りに主張する。ところがそれを聞いて口を開いたのは慶であった。
「あ、それもそうだよね。だったら、遊びに行くのはやめて――」
「だから、俺、今日は帰ったら片づけしようと思うんだ」
驚愕の反応速度。慶が来なくなりそうだと読み取った瞬間、先ほどの話を否定する続きを打ち出した。
「でも、やっぱり同性に見せたくないものとかあるじゃん?」
「あんのか? 異性に見せたくない物なら分かるが……」
異性に見せたくないものと言えば、日本の大学生以上であれば法律的にOKで、一般的な高校生以下であればOUTなアレである。逆に異性に見せられて、同性に見せられないものが思い浮かばない政。もちろん、そんなもの十河にはあるわけがない。司馬懿・十河の策略である。
「そっかぁ。政を置いて私だけ行くのもなんだし、やっぱりやめて――」
「だから、今日は帰ったら、それも片づけようと思うんだ」
諸葛亮・慶、司馬懿・十河を撃破。
『(くっそぉ。政もついてくるか。でも、肉を切らして骨も切るって言うし、慶ちゃんを家に呼ぶには、政のおまけくらいには目をつむるか)』
非常に浅はかな打算。因みに『肉を切らして骨も切る』ではなく、『肉を切らして骨を断つ』である。
「だから、講義の合間とか、遊びに来ていいよ。例えば、『政だけが授業で暇なとき』とか」
あえて例えを強調する。むしろ例えの方が、テストに出る次元で重要である。
「だったら、その時はおじゃまするね。ありがとう」
「いやいや。礼には及びませんぜ」
「そのうちお礼に夕食作っておいてあげるね」
「本当に? 料理の上手い慶ちゃんに夕食を作ってもらえるとか。マジありがてぇ」
神に感謝するような様子の十河に、「そんなに大したことじゃないよ」と慶は謙遜。
「俺、絶対に勝つからな。今度の試合、絶対に勝つからな」
「頑張ってね。十河ちゃん」
元気いっぱいの十河。その正面でパスタを口にする政はふと思う。
『(これ、十河の慶好きって、慶も気づいてるよな? って言うか、十河、いったいいくつ慶と約束するんだ?)』




