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最終話 元プロの思惑

 あの激闘の翌日。元プロ・高橋を破ったことで、かなり期待されて挑んだ、続く新人戦2回戦。高橋から1点を奪った打線でなんとか3点を奪うも、相手は1部リーグ所属大学。止まる気配のない打線爆発を見せつけられ、結局は14―3の大敗を喫し、2回戦敗退と言う形で幕を閉じた。

 その新人戦からも時が過ぎて既に7月。

「う~、そろそろ期末テストかぁ」

 南長州大学の食堂。あまり勉強の得意ではない十河は、まもなくやってくるテストに不安感を募らせる。一方で政は、テスト自体に不安感は無く、数少ない不安のある教科はテスト無しでレポート提出のため、そちらもあまり大きな不安はない。

「そろそろ夏休みかぁ。大学の夏休みは長いからなぁ。何しようかなぁ」

 8月頭から9月末まで2か月間の長丁場。バイトに行ったり、旅行に行ったり、遊びほうけたり、サークルに勤しんだり。意識の高い学生は勉強、勉強、また勉強だろうが、あいにく南長州大学にそれほど意識の高い学生は滅多にいない。

「リーグ戦っていつだっけ?」

「えっと……9月。夏休み中」

 2つ折りの携帯電話を取り出した政。まだ持っていたのかと十河に驚かれながらも、気にすることなくスケジュールをチェックして伝える。

「そっかぁ。待ち遠しいなぁ」

「因みに再テストもそのあたりな」

 頭を抱えて項垂れる十河。いつか見た光景である。

 講義によって評価内容や比率は違うが、基本的には、授業態度、宿題、テスト結果などを合わせ、得点が6割以上なら合格で単位認定となるのが大学の成績。テスト不振で単位が認められない生徒に関しては、救済のために再テストを行う講義も存在する。その再テストと大学リーグ戦はほぼ同じ時期である。

「嫌だなぁ。テストを意識しながら野球するって。なんとしてでも7月末で合格しないと」

「頑張れ~」

 かなり余裕の政は、棒読みで他人事のような発言。これもいつか見た光景である。

 悪友同士で挑発しあっているところへ、最も余裕の様子で歩いてきたのは慶。右手には近くのコンビニのビニール袋。透けて見える中身は、菓子パンやジュース、そして雑誌のもよう。

「はじめちゃん、おっす」

「よぉ。慶ちゃん」

 十河が元気のないことにはもちろん気付くが、その点へはあえて触れない。机の上に袋を放り投げ、女子らしく穏やかに椅子へと腰かける。

「そうだ、そうだ」

 いかにも思い出したように切りだす慶だが、あまりにわざとらしい。あらかじめ決めていた話題であろうが、しっくりくる切り出し方が思い浮かばなかったのだろう。

 彼女はコンビニの袋から雑誌を引っ張り出し、丁度全員の中心へと無造作に置いた。女子らしいファッション雑誌などではなく、むしろ男性たちが買いそうなプロ野球関連の月刊雑誌である。

「どうした? イケメンプロ野球選手でも見つけた?」

「イケメンには違いないんだけどね~。高橋の件」

 彼女は真ん中あたりを開いた後、ページ数を確認して前のページへといくらかめくる。するとそこに書いてあったのは、

「これ。『高橋。大学野球リーグ制覇へ、最速160キロ計画始動。プロ野球界からは帰ってこいの声』だって」

「160キロって。本当にやらかしたら大学球界最速じゃないか?」

「アマチュア最速タイだね。160は」

 記事を詳しく読んでみる政ではあるが、要約すればタイトルの通り。新人戦でまさかの1回戦敗退を喫した高橋は、大学野球リーグのレベルの高さを目の当たりにし、本気でリーグ制覇に向けた特訓を始めたというのだ。具体的な練習はかかれてはいないが、球速アップを目標にした練習だけではなく、同時に打撃練習にも熱を入れているとのこと。進化する19歳に、プロ野球の各球団からは、プロ球界へ戻って来てほしいとの声も上がっている。とのことだ。

「打撃練習、か」

「今度からはあらかじめDH外してくるかもね」

 相変わらず元気のない十河はよそに、政と慶は雑誌を挟んで落ち着いた解析。

「しかしプロへ戻ってこい、ねぇ。もし戻るとしたら、引退したときの球団だっけ?」

「引退と同時に自由契約公示してなかった?」

 引退後にプロへ復帰する場合、引退時点での球団に復帰するのが原則。それ以外の球団へは元所属球団の許可が必要となる。一方で高橋のように元プロがアマチュアチームに所属する場合は、自由契約公示がされる必要があり、当然、それは既に行われている。その『自由契約公示』とは、全ての球団・チームがその選手と交渉可能になる、いわば元所属球団による保有権の放棄である。

「じゃあ全球団が対象か。MLB、独立リーグ含めて」

「まさかと思うけど、高橋ってメジャー挑戦を見据えて引退したわけじゃないよね?」

「まさかそんなことは……まさかな」

 ドラフト指名を蹴ってのMLB挑戦は、日本に帰って高卒なら3年間プロに所属できないルールが発動する。仮にプロを経由してメジャーを挑戦しようにも、海外FA権の取得には時間がかかり、ポスティングシステムの行使には球団が容認せず、メジャー挑戦のための自由契約公示も球団が容認するわけがないがないだろう。つまり時間がかかる。

 しかし、もし、プロ・アマを経由してメジャー挑戦をすればどうであろうか。プロを1年でやめ、アマ復帰を理由に自由契約公示をしてもらう。そして一度アマに所属してしまい、その後メジャー移籍。理屈上は1年程度でMLB挑戦が可能であり、さらにドラフト指名拒否ではないで、日本復帰に関する3年ルールも発動しない。

「いやいやいやいやいや、ないないないないないないない」

「広島工科の人がネットにアップした高橋の授業写真って、英語の授業だったよね?」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、ないないないないないないないないないない。だってさ、もしメジャー行くなら、広島工科を入学して野球部に所属するって実績作ってから、すぐ退学しないか? 必要なのは本当にアマに所属したって事実だろ?」

「そうしたら、MLB移籍を前提にプロを騙したって非難殺到だからじゃない? 大学リーグで何試合かこなして、それが海外スカウトの目に止まったってことにすれば非難ないし」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、ないないないないなないないないないないないないないないない」

 もしそれが本当なら高橋は相当の策士であろうし、プロ機構も黙ってはいないだろう。なにせ、引退は本人の意思であるし、選手・指導者問わずアマ復帰に基づく自由契約公示は、世間体やアマチュア界との関係などの問題からいって許可せざるを得ない。ドラフト指名を蹴ってのメジャー移籍と違いデメリットは無く、わずか1年でメジャー移籍も可能な規則の抜け穴だ。

「因みにだけど、既にメジャーのスカウトは高橋と接触中らしいよ」

「で、でも、そういえばさ、あれじゃん」

 焦る政。

「『自由契約公示』してあるけど、『引退公示』もしているんだよな。だったら復帰の時は元の球団に……」

「自由契約公示と同時に、任意引退公示は抹消されるみたい」

「あ、これはあるかも」

 ついに否定しきれなくなったもよう。

 2人で高橋のメジャー挑戦について語っていると、なんとか気を持ちなおした十河が、机にへたり付いたままで雑誌を読み始める。そして1枚ページをめくったあたり、視線を上へと向けた。

「メジャー移籍、とりあえずは無いな」

「「え?」」

 2人が驚いて十河へと視線を落とす。

「よく読んでみろって。高橋が『新人戦での雪辱は意地でも果たす』って言ってるぜ。勝利がかかってても敬遠しなかったような奴が『意地でも』って言っているんだから、少なくともメジャー移籍はないと思う」

「『新人戦での雪辱』ってことは、そういうことだよね」

 察した彼女は政へと目線を向けた。

「そういえばあいつ、2部リーグで待っておけって」

 高橋は実質的に名指しでライバル宣言をしたことになる。その相手はまさかの中国地区2部リーグ所属のアマチュア・南長州大学。

 その意味を理解した政と十河は、気合十分に立ち上がる。

「待ってろや、高橋ぃぃぃぃぃ。今度はお前をノックアウトしてやらぁぁぁぁ」

「おぅ。十河、やってやろうぜぇぇぇぇ。あいつに僕らのチームワークを見せてやるぜぇぇぇ」

 昼の準備をしていた食堂のおばちゃん達および、他の学生たちの注目を集める2人。その横で恥ずかしそうな様子を見せる慶。

 なにはともあれ、南長州大学野球部の悪友2人は、新たな目標に向かって走り出した。敵は身分不相応にも元プロ野球選手の高橋耕平。彼を待ち受けるためにも、目指すは最低でも2部リーグ残留。可能ならば1部に昇格し、そこで迎え撃つ。

「あ、そういえばリーグ戦の前に頑張らないと」

「何が?」「何の事?」

 十河が何かを決心するような素振り。彼が野球以上に頑張らないといけない事と言えば、

「テスト。なんとか全部の単位、取らないと」

「あぁ~あれのこと?」

「覚えてたんだな」

 忘れてなかったんだぁ。と頬を指で掻く慶。

「が、頑張ってね?」

「もちろんだぜ。ついでに、今度、一緒に買い物だぜ」

「あ、あははは……」

 今世紀最高の苦笑いを浮かべる慶。

 リーグ戦、成績を左右するテスト、そして約束の日はもう目前だ。


いかにも続きそうな終わり方ですが、この話で終わりです

今後、続編を書く予定はないですが、

他作の参考にもするため、意見・感想があればお願いします


<因みに補足>

任意引退選手は、MLBも含めて他球団とは契約できず、

契約には元球団の許可が必要となります

(2014野球協約参照・プロ野球選手会ホームページより)

じゃあ作中のアレは?

という件にはこう答えればいいのです

「勝手に政と慶が勘違いしているだけです」

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