悪役令嬢(ヒロイン)を貶めたい
悪役令嬢というものは、何だかんだいいつつ愛され系である。
自身のスペックを最大限に活用し、自身の正義感を存分に振るい、身近な者からの愛を一身に受けるのだ。
彼女達はその生来の顔つきから誤解されやすいが実は純情系ヒロインよりよっぽど純情で純真なので、彼女達に近づいたものは思わず愛さずにはいられない。
だって我が儘な女王様かと思っていた人が実は皆の為に誰よりも懸命に動いていたなんて、そんなのギャップ萌えもいいとこだ。キュンとならずにはいられない。
そうして彼女達は自身の周りを無意識に自分を愛してくれる人達で固めるのだ。
基本スペックが高い彼女達の周囲には自然とスペックが高い人が集まるもので、それこそ最強の布陣が完成する。
例え世間にどれだけ誤解されていようとも自分が愛する人達が自分の本質をわかっていてくれさえすれば、それで幸せではないだろうか?
また悪役令嬢はお人好しで放っておけない性格をしていることが多い。
彼女達は自分が助けられる範囲の人ならば進んで助けようとするし、例え敵対している人物であっても情けをかける。
自分のキャパなど全く気にせず手を伸ばす。そしてキャパオーバーで倒れるのだ。
でも彼女達の周りには愛してくれる人達がいて、そんなときにはすかさず助けに入ってくれる。
1人で無理をする彼女を叱咤し、そして甘やかな言葉を投げかけ助けてくれるのだ。
え、これなんてイージーモードな人生?
確かに彼女達のスペックは彼女達が努力して手に入れたものもある。
でも彼女達は愛され系という星の下に生まれた、超絶幸せなヒロインだ。
そんななかでは顔が悪役に見えるなんてちょっとしたスパイスに過ぎない。
まあ、ここまで言ってしまえば既にお気づきかと思いますが、私は悪役令嬢が大嫌いなのです。
大体自分が他人にどう見られているかということに疎すぎやしませんか?
自分のスペックとバックグラウンドを考えれば、どの程度の影響力があるかなんてすぐにわかりますよね。
更に自分に向けられる好意に鈍感なところにも腹が立つ。
どんだけの気娘かは知らないが、愛されていることに気づけず1人で泣いて、それで周囲の関心をより引こうって魂胆ですか?
頭いいくせにたまにとんでもない無茶をやらかすところもいただけない。
結局窮地に陥って助けてもらって、自分がどれだけ迷惑かけたか自覚あります?
嫌いなところが後から後から溢れ出す。
「ねえ、聞いてます?
私貴女のことが嫌いで嫌いで仕方ないんです。生理的に受け付けないってこの歳で初めて知りましたよ。
ほら、今も貴女への嫌悪感で鳥肌がこんなに」
腕をまくってみせれば彼女はつり上がった瞳を悲しそうに伏せた。
「お願いですからその顔で貴女のこと救いたかった、とか言わないでくださいね。
別に私は貴女に救われたくて悪事を働いていたわけじゃないですから。
そんな胸くそ悪い一言で私を貴女のおとぎ話の脇役その1に仕立てないでくださいね」
「でもミリー。私達仲のいい友達だったはずよ?」
「いいえ。私達はどこまでいっても主人とメイドです。それ以上でもそれ以下でもありません。
どうして私が貴女に笑顔を向けたかわかりますか?それはね、貴女のお父様からお給金をもらっていたからですよ。
お仕事だから貴女に笑顔で接していたんです」
私の言葉に気が遠くなったのか、フラッとよろめいた彼女はそのままソファに身体を預ける。
「そんなに気を落とさないでください。いいじゃないですか、私1人居なくなったって。
お嬢様にはお嬢様を愛してくださる家族も恋人も仲間もたーくさんいるんですから」
「それでも……私はミリーに傍にいてほしいわ」
「やだなぁ。その裏切られたけど、愛してる。私はいつだって貴女の味方よ。って姿勢。
そこまでいくといい人通り越して偽善者?むしろ人外?
兎に角気持ちが悪くて吐き気がする」
窓ガラスを破りバルコニーに出る。
別に窓ガラスを割る必要なんて全くなかったんだけど、彼女に拒絶の意思を示すパフォーマンスみたいなものだ。
「お嬢様、最後にいいと教えてあげます」
手すりの上に上り、ゆっくりと身体を傾ける。
「出会ったときから貴女のことが殺したいくらい嫌いでしたよ」
落ちる間際に見た彼女顔は、初めて見る絶望の表情だった。
場末の居酒屋で1人ビールに舌鼓を打っていれば、向かいの席に男が無言で腰掛けた。
「首尾は?」
「上々。今頃かなり取り乱している筈ですから、早く行った方がいいんじゃないですか?」
黒いフードをすっぽり被って顔は見えない筈なのに、男が笑ったのがわかった。
「窓ガラスも割っちゃったから誰かが音に気付いて駆けつけてるかも」
「今夜は人払いをしているから大丈夫。
彼女には後1時間ほど1人で恐怖と悲しみに耐えてもらわないといけないからね」
急に酒が不味く感じられ、ビールをテーブルの上に置く。
「それで?約束の報酬は?」
男の懐から出された小さな袋を素早く受け取ると中を検める。
小粒のダイヤが大量に入っているのを確認し、胸ポケットに収める。
もらうなら現金よりも宝石に限る。
かさばらないし、どの国に行っても宝石の価値は一定を保っているから。
「確かに。それでは私はこれで失礼しますよ」
静かに席を立つ。
しかし唐突にテーブルの上に投げられた麻袋に私の動きが止まる。
明らかに先程受け取ったものより2まわりも大きなそれは、中身が貰ったものと同じなら相当な金額になるはずだ。
「これは……なんだ?」
「見てのとおりだ。これで君を買収したい」
「買収ならとっくにされたじゃないですか。
だから私は貴方のお姫様をわざと手酷く傷つけた」
わざと明るい口調で喋るけど、さっきから冷や汗がとまらない。
「君は確か顔を変えられるんだろう?
また新しいメイドとして彼女についてほしいんだ」
「それで?今度は何をさせる気ですか?」
「同じだよ。また彼女の僕への愛が薄れそうになったら同じ事をしてくれたらいいよ」
この男は普段自身のことを俺と言っている。
しかし私と2人きりになると必ず僕と言うのだ。
意識的に使い分けているのかそうでないのか、どちらにせよ不気味でならない。
「私は一所で飼われる気はないと最初に説明しなかったか?」
「聞いたけど、勧誘するくらいは僕の自由だろ?君の能力はなんてったって手放し難いからね」
愛する人を縛るにはちょうどいいんだ。と彼はまた笑った。
勿論今度も顔は一切見えないけれど先程より恐ろしい顔をしていることは容易に想像がつく。
「いやですよ。あのお嬢様の面倒を見るのはもう懲り懲りだし、何より貴方の気持ち悪い笑顔をこれ以上見ていたら吐いてしまいそうです」
懐から金貨を1枚出し、テーブルの上に置く。
「さようなら。2度と会うことはないでしょうけど、末永くお幸せに」
酔っ払いの喧騒の間をすり抜け外へ出る。
冷たい風が肌を刺すようで、コートを首元まで引っ張る。
あの胸くそ悪いお嬢様はこの瞬間も1人で泣いているのだろう。もうすぐ現れる王子様の胸に抱かれるまで泣き続けるのだろう。
敵にどんなに痛めつけられたって平気な顔で悪役っぽい微笑を浮かべるくせに、味方からの攻撃にはとことん弱いのだ。
「私はね……貴女のそんな甘さが死ぬほど嫌いだったよ」
いつまでもそのままで、他人の美しい面だけを見て生きていけばいい。
そうして一生幸せに生きていけばいい。
お嬢様は相変わらず自分だけが頑張ればいいという自己犠牲精神で、暗殺者の刃を受け寝込んでいる。
未だに目覚めない彼女の額の汗を拭きながらも心は別な所にある。
幼馴染みの執事か、国の第二王子か、騎士団長様か。
今のところ彼女のヒーロー候補は3人。
誰が一番お嬢様を幸せに出来るかじっくり見定めなくてはいけない。
板挟みなんて状況も避けたいから、落選した2人には適当にお相手を見繕って離脱してもらうことにしよう。
うう、と呻き声を上げてお嬢様の唇が動く。
「ルリー……なの?」
「はい、お嬢様。ルリーでごさいます」
濡らした脱脂綿をお嬢様の唇に当てれば、少しだけ喉が動いてまた意識は眠りの中へ落ちていく。
世界が愛で満ち溢れてるなんて夢物語を本気で信じてはいないけれど、誰かの為に生きられる人に愛が降り注がない世界ならばそんな世界は滅びてしまえばいい。
だから今日も私は悪役令嬢を貶める。