現代遠野物語 1、河童は・・・
昔から言い伝えられている「遠野物語」に現代版があったらこんな感じかな。
河童の言い伝えは中国や日本各地にあり、絵もほとんど共通のものが残っています。
遠野市内の河童淵近くには今でも実際に見た事がある、と言うお年寄りが何人か住んでいたりします。
これは遠野市内のある親子の不思議なお話です。
「お父さん、河童っているかなあ」
父親の夜釣りに興味本位でついては来たものの、1時間でハヤが1匹しか釣れないものだから少々退屈気味に話しかけてきた。小学4年の女の子の割には現実的で父親の目から見ると理数系の性格なのだが、本人は理数系の科目が大っ嫌いで絵を描いたりピアノを弾いたりする方が好きみたい。
「理絵はいると思うか?」
「わかんない、お化けなの?」
「うーん・・・お化けじゃ無いだろう、絶滅した動物って言う人もいるし・・・」
「絶滅ってなあに?」
「昔いたんだけど今は全部死んじゃって一匹もいなくなってしまった・・・」
「あー恐竜みたいな」
「そうそう・・・ あ、でもなあ妖怪の様な怖い絵もあるな。可愛い絵の方がいっぱい残ってるとは思うんだけども・・・、今夜はだめだな、全然かからないや」
ポイントを少し変えながら そろそろ帰ろうかという素振り。
「この下の河童淵の方がまだ釣れたな」
「お父さん、この前だって3匹しか釣れなかったでしょう」
「釣れる時はいっぱい釣れるんだけどなあ」
「私が2年生の時いっぱい釣れたね、10匹ぐらい・・・」
「そんな前だっけか・・・? あの時はもっといっぱい釣れたよ」
「きゅうり餌にすると河童が釣れるんでしょう? 遠野テレビに連れて行くと1千万円くれるって・・・」
「殺しちゃだめなんだよ、生きたまま連れて行かないと・・・まだ誰もいないけどな」
「お父さん、河童釣って1千万円貰って私にスマホ買ってよ」
「だめだよ、高校生になってからだよ」
「勝也君は持ってんだよ」
「お前にやったらゲームしかやらないからだめ、勝也君ちはお金持ちだからなあ・・・ 後は誰も持ってないでしょうが・・・」
と言いながら釣竿を片付始めた。
「小野寺先生は河童はいるかもしれませんねって・・・ シン君は絶対にいないって言ってた」
「河童淵の近くに住んでる爺さんが昔見たこと有るって言ってたね」
「へー・・・ じゃあいるんだ!」
「いやあ、見間違いかも知れないし勘違いかも知れないし・・・理絵ちょっとこの餌箱持っててくれるか」
餌箱を娘に渡して釣竿を片付け様としている時、突然娘が声をひそめる様に
「お父さん、あれ・・・!」
餌箱を持っている為、両手がふさがっているので 顎で私の斜め後ろのほうを示しながら、更に声をひそめて
「何かいるよ・・・」
薄暗い中で目をまん丸にして何かを見つめている。娘の見つめている方を振り返ってみて私は一瞬息が止まった。満月に近い月明かりなのでそれはすぐに確認出来た。
その何かは向こう岸・・・と言っても小さな川なので、4,5メートル程離れた場所に身の丈1メートル位の裸の子供の様な物が、こちらに背中を向けて木の葉の上の虫でも取って食べているのか、或いは葉っぱそのものを食べているのか・・・手を葉っぱにやったり口にやったりしていた。
私は釣竿を足元の岸に置いて、それほど深くはない川をそっと音を立てないように向こう岸のその何かに近付いて行った。
途中少しゴム長に水が入って来たが そのまま構わずに音を立てない様に進んで行き、私が近付いて来たのも気が付かないで何かを一心に食べているその生き物を、後ろから両脇の下に手を入れる様にして素早く抱え上げた。
「グゲェー!ググゲェーーッ!、グゲェー!ググゲェーーッ!、」
その生き物は大声で鳴きながら 宙ぶらりんの足をバタつかせ、何とか私から逃げようともがいていた。
鳴き声はアマゾンの奥地にいる得体の知れない怪鳥(・・・と言ってもテレビでしか知らないが)と、ヒキガエルが混ざったような感じで決していい声ではなく、むしろ気持ちの悪い感じがした。
肌触りもヌメヌメしていて大きな蛙を素手で触った見たいで、体温も冷たくあまり気持ちのいいものではなかったが、後ろ向きなので顔はよく見えなかった。背中には甲羅と言うよりは甲羅の様な模様があり、頭の上には少し髪の毛に似たような物が生えていた。体全体の色は月明かりで見た限りでは薄い緑色に見え、資料館等の絵で見たものとほぼ同じで これは「河童」に間違いないと私なりに確信した。
こちら側の岸辺に連れて来ようと抱きかかえたまま後ろ向きに2,3歩さがり、転びそうになったので向きを変えようと横向きになったとき・・・相変わらず「グゲェー!ググゲェーーッ!・・・」っと大声で鳴き叫んでいる声の他に、少し離れたところからも「グゲー・・・ゲッゲッゲッ・・・」と少し押し殺し気味の鳴き声が聞こえた。
「お父さん、 あっち・・・! あそこ見てよ・・・!」
娘が少し泣きべそをかくような声で叫びながら指差す方を見ると、少し上流の向こう岸に今抱きかかえている河童より2,30センチ背の高い河童が2匹こちらに向いて、そのうちの片方が鳴きながら私の方に来ようとしていた。それをもう一匹の方が必死に後ろから両肩を掴まえて止めている様な仕草に見える。
私にはすぐに状況が飲み込めた。向こう岸に見える2匹は私の捕まえている河童の親なのだ。そうと判ればこの子供の河童をこのまま捕まえて帰るわけには行かない。そう思った途端に体が勝手に動いて、この子供の河童をそーっと足元の水面に下ろしてやった。
胸ぐらいまで水に浸かった河童は「バチャバチャバチャ・・・!」っと音を立て、走るというよりは泳ぐような感じで あっという間に向こう岸の両親のいる所へ辿り着いたかと思うと 次の瞬間には3匹とも茂みの中に姿を消してしまった。
何秒間かはその姿を消した辺りを唖然と見ていたが、今起た事が果たして現実なのかどうか、我ながら少し信じられない様な気がして後ろを振り返った。
「ア、ハァッ・・・ハッ・・・長靴に水入っちゃったよ・・・」
独り言とも娘に話しかけるとも、どっちつかずの様な言い方をして娘に目をやった。
娘も私と同じように向こう岸の今3匹が消えた辺りを ポカーンと見詰めていたけれども、私の方に目を移して
「・・・スマホ、当分だめだね」
とおどける様に言い、更に言葉を続けて
「お父さん、一千万円パーにしちゃって、バーカだねェ・・・」
とますますおどける様に笑顔を満面に浮かべて、先ほどの半泣きの顔はどこかに消えていた。
私は岸に上がり腰を下ろして長靴を脱ぎ、あらかじめ置いてあったバッグからタオルを取り出して足を拭いた。
「まいったなあ、本当に河童いたね」
「うん、可愛かったね、あっちにいたのはお父さんとお母さんだよね・・・」
「多分そうだよな、あれじゃ手を離すしかないよな・・・」
「お父さん、尊敬しちゃったよ、」
「だって、あのまま捕まえてたら鬼だよなあ・・・」
「そうだよね!、あっハハハ・・・!」
釣りをしていて長靴に水が入ることはたまにあるので、その時の為に用意してあるサンダルに履き替えてから、二人は近くに止めてある車に向かった。
ーーーーーーー 後日談・・・ -------
一ヵ月後・・・私が夕食後にガレージの所で夜釣りに行く準備をしている所に娘がやってきて
「お父さん、また夜釣り? 私も行っていい・・・?」
それには答えないで車のハッチバックを閉めようとしていたら
「この前もきゅうりいっぱい持って行ったでしょう・・・なんで?」
「宿題ちゃんとやったか?」
「明日、休みだし・・・ねえ、いいでしょ?」
「うん、寒くない様にして行くんだよ、お母さんにちゃんと言って来いよ・・・」
やがて二人の乗った車が河童淵より少し上流の「ある場所・・・」に着き、車から釣り道具とスーパー袋にいっぱいの「きゅうり」をおろし、釣りの仕度を始めた。
「きゅうり」は私達から5,6メートル離れた所の水辺にさりげなく置き、釣り糸を垂れて4、5分もしないうちに当たりが来た。
「あっ、凄い、釣れたね・・・!」
「あっ、また釣れた! 凄ーい、今度のは大きいね・・・!」
釣れる度にはしゃいでいた娘が先ほど置いといた「きゅうり」の方を見て、
「あれ・・・?!」
「お父さん、お父さん・・・きゅうりが・・・」
半分ぐらい減っているのに気が付いて、「きゅうり」が置いてある方に行こうとした。
「お前があんまり騒ぐから怖がってるんだよ」
と言いながら口元に人差し指を立てて「静かに・・・」と動作で示して、暫く二人で「きゅうり」の方を見詰めていた。程なくして水の中から1匹、また1匹・・・大きいのや小さいのや、全部で5,6匹、この前見たやつと同じやつかどうかは分からないけれども、音もなく現れて来た。袋の中に手を入れて一本づつ掴んでポリポリと音を立てて食べ始めている。
「お父さん、きゅうりこの為だったのか・・・」
娘が小声で呟いた。
「内緒だよ・・・」
私も小声で答えると、二人で顔を見合わせながら笑った。
完
この話は嘘だと思うなら嘘でいいし、実話だと思う人は信じればいいし・・・
そういう読み方をしないで童話のひとつだと思って下さい。
私が心配なのは場所をかなり特定できるように書いてますので、興味本位の方が押し寄せて荒らし回さなければいいなあと心配です。そっとしといてね・・・。