諦められるという証
左手の薬指に僅かに増えた輝く重みは、ミリアが思っていたよりも案外邪魔にならなかった。むしろひんやりとした金属の感触が心地よいくらいだ。昨日受け取って以来さっそく嵌めているが、意図しなければ存在さえ忘れてしまいそうだ。
これが高級宝飾店が作り上げた物かとミリアは感嘆したものだ。なお、費用はすべてアレンが出したためミリアはいくらかかったのかは知らない。大丈夫と言っていたし、そもそもアレンが道にもとる行為で金銭を得ているとは思えない。もうミリアも忘れがちになっているが、これくらいの買い物が無茶に入らない環境だ。
ミリアがいつもと同じように学舎に来た後講義の準備を行っていると、クレアが教室にやってきた。そして、ミリアの左手に輝いている指輪を見つけてこう言う。
「あれだけ脅かしたのに、左薬指に指輪つけることにしたんだ」
「うん。って、脅かしたって……」
「知らないなら少し大げさに説明したほうがいいかなって思って」
それを聞いてミリアは脱力した。かなり考え込んだ上での決断だったのに、そこまで重いものではなかったということだろうか。
「というか、レティも何も言わなかったような」
ルーサーとクレアが当時ミリアに必要だと思って大げさに言ったということは理解できる。だがその後レティにアレンと同じ指輪を左薬指につけると報告したときに、訂正してくれてもよかったのにと少し思う。もっとも、もう一年半は前のことなので忘れていたのかもしれないが。
「だって、間違ってないもん」
「ほんの少し、激しい例を出しただけものね」
だが、レティは忘れていたわけでなくわざと訂正しなかったようだ。クレアが言ったことを合わせて考えると、脅かすということは起こり得る中で一番インパクトのある例を選んだということだろうか。
「一番大切な人のためなら他はすべて諦められる。そういう想いの証だから。大抵の場合、ネックになるのは心の問題ね」
「具体的にはどんな?」
心の問題だとどのような例があるのか。ミリアは分からなかったので素直にクレアに尋ねた。
「こんなこと、まずありえないと思うんだけれど、ルーサーが私に二度と会いたくないって言ってきて、その事情も妥当なものだった時大人しく身を引けるかどうか、とか」
「なるほど。好きだから離れないっていう感情か」
確実に身を引けないだろうなという事例が、門の中にいた時のミリアの知り合いにいる。最も彼の場合は、身を守るという大義名分があるので彼女の方が死にたいから離れてとでも言わない限り正当な理由を持ち続けられるわけだが。
「相手のために諦められるなら大丈夫。もし無理だと思ったらその時は外してしまったらいいんだしね」
クレアがそうしめて指輪の話はこれで終わりになった。ミリアは再び講義の準備に戻りながらこの話題を振り返る。クレアが最後に言った通り、どうしても無理になったら指輪を外してしまえばいいのである。むしろそれくらいいつでもやめられるからこそ、つけているということに意味が生まれているのだ。
そう考えればそんなに考え込む必要もなかったかもしれない。ミリアにはどうしても譲れないことなど、忘れてしまった記憶の中に存在しているかもしれないという不確定な物しかないのだから。
はたしてミリアは本当に後悔しないで済むのでしょうか。
そして、ミリアが今回話している門の中の知り合いの話を、同シリーズで投稿しています。ミリアも少し出る予定なので時間の都合がよければぜひ見てください。




