理由判明
翌日、いつものように昼の休憩時間に四人は集まっていた。秋晴れの空は澄み渡っていて、その下にいるだけでも心が洗われるようだ。
「なんであなたはいつもそうなの、ウォルター・プロトガルド」
「はあ? 何が悪いんだよ」
いつものようにレティとウォルトが言い合っているが、すごくどうでもいいことがきっかけなのでミリアは流し聞きしていた。いい加減ウォルトがレティのことをフルネーム以外で呼べばいいのに、そこを変えるタイミングを逃したせいでいまだに愛称呼びができていない。
そしてフルネームで呼ばれたレティが怒り出し、口論になるというのがよくある流れである。メアリーがあっさり敬称を外したことも、妹ができているのになぜという考えがあるのだろう。ミリアからすると、メアリーはレティと一回も気まずくなったことはないし、レティから呼び捨てでいいと言われた結果だろうから、それと同じものをウォルトに求めるのは難しいのではないかと思うのだが。
「何が悪いって、そんなもの決まってるよ」
「じゃあ言ってみろよ」
「へー、言われないと分からないのね」
そもそもレティもウォルトにいい加減愛称で呼んで欲しいと明確に伝えていないのでお互いさまでしかない。それでも、水面下でふつふつと怒りを溜めていた時よりは即座に発散している分ずっといいだろう。遠慮なく兄に物申すメアリーと仲良くなった影響だ。
「今日も賑やかだね」
「ま、いいことじゃない? それで、その大量の資料の束はいったいなんなの?」
指輪の件を了承した昨日の今日である。何を持ってこられたのか少し恐ろしい。そう思って恐る恐る尋ねてみると、返ってきた答えはやはり予想外のものであった。
「これはね、門の中とどうやって関わっていったらいいか、色々考えた結果」
「え?」
一年以上前に完膚なきまでに統合案について叩きのめした後も、アレンは門の中について色々と考えていたらしい。関わり方と言っていることは、一応統合するという考えは捨てているようだが、あれだけ否定されておいて他の方法をミリアに言いだせるという辺り、根気強いとは思う。
「今、明らかにまだ考えてたのって顔したよね?」
「うん。てっきり門の中についてはきっぱり諦めたかと」
「そう思われてるの分かってたから、ミリアが僕を一番に考えてくれるっていうことを受け入れてくれるまで待ってたんだよ」
だから今日さっそく持ってきたのかとミリアは把握する。去年の夏のことだから一年以上だ。その間、アレンが納得できてミリアが否定した理由にも引っかからない方法を考えていたのだろう。
「要するに、自信はないと」
「中を知らない僕には判断つかないし」
確かに机上の空論だと理解したら自信を持てないだろう。アレンはミリアが昔言った十五歳まで待てと言う言葉を律儀に守っているらしい。行かないほうが絶対安全だからなぁと思いながらミリアはアレンから紙束を受け取る。そこには、住民登録という言葉が目立つ文字で書かれていた。
「門の中の住民、全員登録しようっていうの?」
「うん。それが、門の中で困窮している人を救う第一歩だと思う」
どこに誰が住んでいるのかの把握は、統治を行う場合に重要な情報となる。もっとも、アレンがそれを知りたいのは門の中を実質的支配するためではないようだ。
「必要な補助の把握のため、ね。意図は分かるんだけど……」
「やっぱり、無理?」
「門の中って人が商品になる場所なんだけど、買った商品を律儀に登録する人がいると思う?」
ただまあやはり考えが足りないというか、人が人として扱われない場があるのだと想定できていない点が足りていない。
「売り買いされた商品としての登録なら、メリットがあれば行う人も出てくるだろうけどそういうことをしたいんじゃないでしょ?」
そもそも人を売り買いすること自体アレンは否定しているだろうしなとミリアは思う。ミリアとしては、本人がどう扱われても構わないという覚悟を持って正当な対価を受け取るなら、人身売買は行ってもいいと思うのだが。
「それは、したくない」
甘い綺麗事だ。けれども綺麗だから、ついできないかと願ってしまうのはミリアも同じだ。現実をしっかり見ている分、止める役割を背負ってしまっているのだけれども。
「じゃあ全員把握っていうのは廃案ね。ただ、自由だけど困窮している人を把握するだけなら、ここに書いてある方法でできると思う」
会話しながら流し読みした分厚い束の中に書いてあった方法の一つ、炊き出しを行い受け取るには名前をはじめとした個人を特定できる情報を渡すこと。これだけで貧困層の把握は可能だ。
「じゃあ問題なのは予算かー」
「他に必要なことがあるのに門の中の支援をしましたじゃ怒られるからね。私たちがまず考えるべきは門の外のことだってこと、忘れちゃいけない」
「……だから、統合したかったんだけどなぁ」
確かに統合すれば優先度は同じになるが、それを行って門の外の治安が悪くなってしまっては元も子もないのだ。アレンは門の中を切り捨てていること自体をよく思っていないようだが、それとこれとは別問題である。
それでも現状に必然性があると認めてその上で改善しようと策を練っているのだ。それにしても、妥当性はあるとはいえなぜ人を把握しようと思ったのだろうか。
「でも、なんで人を把握しようって思ったの?」
少し気になったのでミリアはアレンに尋ねた。把握していれば何を行うにしても便利だからとかそう言う答えが返ってくるだろうと思いつつ聞いたのは、予想外な理由が聞きたかったからかもしれない。
「だって、どんな人が住んでいるか分かれば、ミリアみたいになんで門の中にいたのか分からないなんてことなくなるから」
「……」
そしてミリアの問いに返ってきたアレンの答えは、ミリアにとって予想外でしかなかったことで、ミリアはどう反応していいのか分からなくなる。確かにミリアがなぜ門の中にいたのかは謎に包まれている。そんなことも門の中の住人全てを把握していれば起こりようがなくなるのだ。
「それは確かだけど……」
沈黙のままではいけないとミリアはなんとか言葉を絞り出したが、その後が続かなかった。自分の抱いている感情の中身が掴めていない。
「ね、知っていると便利でしょ?」
なんてことの無いように言ってのけたアレンはたぶんミリアの動揺にまったく気が付いていない。結局ミリアはそれには答えず、視線を上に向けて空を眺める。相変わらず澄み渡っている空には雲一つなく、吸い込まれてしまいそうなほどに綺麗な青が一面に広がっていた。




