空はまだ染まらない
明日返事するから放課後に屋上でと言った翌日、先に屋上に着いたミリアは手すりから身を乗り出して曇り空を眺めていた。鈍色の雲は空一面を覆い、西日がそれを照らすものの雲の厚さに負けてしまっている。そんな空を眺めてぼんやり待つのも、悪いものではない。
「ごめん、お待たせ」
ほどなくしてアレンがやってきたことを声で知り、ミリアは外に向けていた体を反転させる。
「こんな時くらい、議論を早めに切り上げようって思わないの?」
「講義は大切だよ」
「議論時間を延ばして結論が出るならそうだけれど」
講義で行う内容は、大体答えのない政治の問題だ。どうしたらいいのかなどその時の状態によって変わる。時間が延びたところで絶対にこれが正解だという答えは出てこない。それでも真剣に取り組んでいるのは、婚約というものの返事を聞く日の態度ではないことも含めてアレンらしい。
「それで、今日両方返事がもらえるってことでいいのかな?」
「うん、まずは指輪の方。これは、いいよ。アレンの理想は私も好き。それに足りていない実現性を足してあげる。ただ、分かっていると思うけど、私の駄目出しには従うこと。それが条件」
「うん、その条件に関しては、互いに指輪を嵌めることで示すよ」
相手を大切にするという指輪だ。互いに嵌めるならそれで十分だろう。こちらについてはあっさり決まった。了承しているのだから当然と言えば当然なのだが。
どう反応されるか分からないのはここからだ。
「次に、婚約について。こっちは却下。必要性を感じない」
「……そっか」
何を言われるかと覚悟していたが、アレンはあっさり引いて少し驚く。が、よく考えたら当然なのかもしれない。あの日の話で本題は指輪で婚約はおまけ扱いだった。本命の方がかなったなら、おまけ扱いの婚約は拒否されてもどうでもいいのかもしれない。
「ていうか、まだ相手決めるにしても早いでしょ。後二年半とかそれぐらい後に考えて改めて私がいいって言うならその時に改めて言ってくれる? 卒業間近なら相手を決める必要性もあるだろうし」
メアリーに適当に説明して欲しいと言われて、納得できるだろうなというように作った理由がこれだ。卒業するくらいから相手を考え始めるのが通常のようなので、この理由は正当な物だろう。
「二年半後だと、三百年の四月?」
「うん、四月の頭で」
その時までにメアリーがアレンに気づいてもらえていればいいなと思いつつ、これに恋愛というものを気づかせるのは大変だろうなぁとも思う。
「二年半か。長いなぁ」
「待つのが嫌なら私を惚れさせてみなさい」
だからミリアは少しでもアレンが他者の恋心に気がつけるようにそんなことを言った。
「……すごく手ごわい気がする」
「そりゃ恋愛的な好感度が上がるようなことまったくしてない自覚は一応あるんだ」
だがなんというか、これぐらいで気が付いてくれる相手なら、メアリーにとっくに気が付いているだろう。
「そりゃ僕ら一族は恋なんてできる方が稀だし」
メアリーと同じようなことをアレンが言う。小さな頃から一族で育てられていたらこれが共通見解になるのだろうか。それでもできないのではないのだと、この朴念仁に気が付かせるにはどうしたらいいのだろう。
ミリアが思い悩むようなことでもないのだが、ついつい気にしてしまう。なんでこんなに気を揉んでしまうのかミリア自身不思議なのだ。忘れた記憶の中に印象的な片思いでもあるのだろうか。
「少しくらい、恋愛ってものについて考えてもいいんじゃない」
そう言い置いて、ミリアは屋上から離れることにした。話すことは話した。後は二年半後までミリアが関わることのない問題だ。アレンの横を通り過ぎ、振り返らずに転移盤の上に乗って起動させる。
それと同時に目に入った空は相変わらず鈍色に覆われていて、ミリアはいい加減夕焼けで赤く染まればいいのにと思った。




