一歩踏み出す
次の日の昼の休憩時間は雨が降っていた。こうなると屋上に集まることはできない。そういう時は、大抵アレンから場所をどこに変更されるかの連絡が来る。よってミリアはその連絡が来るまでレティと二人でのんびり食事をしていたのだが。
「まだ連絡来ないって、珍しいね」
「うん、図書室に行く?」
新入生の存在にまだ慣れきっていないレティを食事が終わった後も食堂に引き止め続けるのは酷だなとミリアは判断する。
「いいの?」
「連絡がきたら、改めて移動すればいいでしょ」
「それもそうだね」
どうせすぐ移動できるのだ。一手間増えるが食堂で無駄に時間を過ごすよりもいいだろうしとミリアは思う。
「んじゃ、行こっか」
「うん」
そう言って立ち上がるとレティもミリアについてくる。食堂の隅に備え付けられている転移盤に向かう。そこから図書室までは、あっという間だった。
図書室に行くとそこには珍しく先客がいた。もっとも、新しく人が増えたのだ。これからは珍しくはない光景になるかもしれない。図書室にいた先客は、新入生だったのだから。
「あ、レティさん、ミリアさん。こんにちは、偶然ですね」
メアリーがこちらに気が付いて声をかけてくる。そのまま、足早に駆け寄ってきた。その様子を見て、ミリアはひょっとしたらアレンから連絡が無かったのはわざとかもしれないと思う。何か目的があって、メアリーとレティとミリアを引き合わせようとしていたと考えるのが自然だ。先に言われていた場合、偶然会ったことにはならないのだから。
「こんにちは」
「……」
ミリアは挨拶を返すが、レティは黙りこくってミリアの服の裾を握りしめてきた。耐えてはいるものの、今にもここから駆け出したいという心情が伝わってくる。
「あのあの、レティさん」
「う、うん」
目を輝かせてレティと話しているメアリーはそのことに気が付いているのかいないのか、レティを指定して話しかける。昨日ミリアが二人きりで話していた時とはまるっきり違うメアリーの様子にミリアは少しあっけにとられるが、一年半ほど前の出来事を思い出して納得する。
そういえば、メアリーにとってレティはアレンしか行えなかったことを平然とやってのけた人物である。更に、それから一年半の間会っていないとなれば神格化されていたとしても不思議ではない。
「兄様のことで、色々とお話したいのですがよろしいでしょうか?」
一方レティはその勢いに完全に押されていて、返事ももはや頷くことでしかできていない。頑張っているなぁとミリアは思いつつ、レティとウォルトの微妙な関係を思い返す。
レティはミリアと一緒に居るし、ウォルトはアレンと一緒に居る。その結果ミリアとアレンが会うと必然的に二人も会うことになる。一応、アレンによって相手のことを認めている状態にはなっているものの、逆に互いが互いを意識しすぎている状態だ。呼びかける時にわざわざフルネームを使ったりなど、むしろ相手が特別だと発言しているようなもので、どういう状態で側にいれば分からなくなる時がある。そんな時に大抵アレンは笑みを浮かべて見ているだけだ。
そんな状態なので、メアリーがいったい何を言うのかミリアは戦々恐々だったのだが。
「今年の武闘会で兄様を相手にするとき、絶対に手を抜かないでくださいませんか」
そんなお願いだったことで、ミリアはあれと思う。それなら最近ウォルトがレティに出会う度に言っていることで、早い話が既に聞き飽きていた。わざわざメアリーから言われなくても、ミリアもレティもとっくに知っている要望である。
「兄様、ずっとずっと待っていましたから。自分の方が強いことをはっきりさせるんだ、と。手を抜かれて勝った場合、きっと今よりも煩くなる筈です」
「分かって、る……」
レティが言いよどんだことで、ミリアもメアリーも察しただろう。レティが手を抜くことを考えていたということを。たぶんレティは、あの場での勝利は自分にはふさわしくないと考えている。自分のためだけに必死で強くなったレティと、守るために強くなる努力をしたウォルトではその価値が違うと考えているのだ。
「兄様は正々堂々と勝って、あなたに負けを認めさせたいようです。手を抜いていたから負けたという言い訳を、その状況になることすら拒否する勢いで」
そのメアリーの言葉を聞いて、レティとウォルトは本当に面倒な関係になってしまったものだとミリアは思う。二人ともウォルトの強さに価値があると思っているのに、実際にウォルトがレティに勝たないとそれが肯定されたと思えないのだ。
レティがこっそり手を抜こうとした気持ちも、ミリアには分からないでもなかった。そして、それをすると余計に大変なことになると、メアリーは警告してくれたのだ。
「レティさん、武闘会が終わったらうちに遊びに来ませんか?」
「え?」
「私のお客です。兄様には何も文句は言わせません」
レティが躊躇っているのはウォルトがどうこうではなく、単純に人見知りの発動なのだがメアリーは気が付いていないようだ。まぁ、入学パーティーではレティは裏方に徹していたし初対面時で気づける要素は特になかった。ウォルトが話していないなら、メアリーは知らないことだろう。
「行って来たら? メアリーを警戒するなら目の前にいようが離れていようが一緒でしょ?」
ミリアはこれはレティにとっていい機会なのではと思う。レティは名前も顔もメアリーにとっくに知られている。メアリーがレティを殺す気になったら、どこにいようと関係が無い。
「……じゃあ、お邪魔します」
人に恐怖を覚えさせるメアリーが大抵の人に恐怖を覚えるレティにとって逆に警戒しても仕方のない相手になるということを面白いなと思いつつ、ミリアは三日後の武闘会がいい結果に終わることを祈った。レティが一人で他者の家に出かけることを決めたのだ。余計な障害が生まれてそれが行われなくなる可能性には、なるべくなくなって欲しかった。




