会えるのか会えないのか
アレンを背負っての帰り道は、一族の居住地に入るまでは静かだった。というのも、アレンが大人しくしていたためだ。人が人を抱えて運ぶのは不可能ではない重さであるが、大きさがあるためそこまで簡単なことではない。それでも、意識もなく完全に運ばれるだけの人と、意識があって抱えられることに協力の意志のある人とでは抱えて動く難易度が違う。
話したりはしないものの、アレンに意識はあるようでミリアの力でも背負って移動することができていた。もっとも、移動と言っても百貨店から転移盤まではシェリーとエルバートが手を貸してくれていたし、そこからは転移盤と転移盤の短い距離を移動するだけという楽なものだ。
だが、一族の所有地ではそれができなくなる。知らない人間を迷い込ませないため、道に置かれている転移盤の間の距離が一つ一つ離れているのだ。
「アレン、アレンの家へはどうやって行くの?」
ミリアには分からないので、体調がまだ整っていないだろうアレンに問いかける。
「まず、右に行って……」
「了解」
やはり、話さなかっただけで意識はあるようだ。そして、一度話したからだろうか。アレンはそのまま言葉を続ける。
「……もう少し休んでれば、一人で歩けるくらいには回復したのに」
「いやでも、遅くなるでしょ」
「今さらだよ」
確かに、もうすっかり日が暮れて夜道になっているが、まだギリギリ子どもだけで外に出ていても何も言われない時間である。用もないのだし早く帰るべきだろうに、アレンは運ばれていることに申し訳なさを感じているようだ。いつも、これくらい殊勝だったらいいのにとミリアは思う。
「私に運ばれてて申し訳ないって思うんなら、気にしなくていい。色々あったからそのせいでしょ」
今日の夕方からの時間は、実時間に対して非常に濃い時間だった。疑われたり、助けたり、嘘を暴いたり、改めて思い出すと非常に慌ただしい。
「ミリア、僕、一つ疑問なんだけど」
「ん、何?」
こんな調子なのにそれでも聞きたいということは、それだけ気になっていることなのだろう。ミリアは何が聞きたいのかとアレンに促した。
「ミリアはシェリーがお兄さん見つけられるって思ってる?」
ミリアの主張を聞いて、アレンはそう思ったのだろう。どうやらアレンは探したところでまず見つけられないと思っているようだ。だが、アレンとミリアでは門の中に関して持っている情報が違う。実情を知っているミリアが見つけられると思っているのなら、そう思って譲った面もあったのかもしれない。
でも、この件に関するミリアの主張はこうだ。
「まず無理じゃない?」
「え?」
アレンは肯定の返事が返ってくると思っていたようで、驚いた声の反応が返ってきた。今の体勢では表情は見えないが、同じく驚いたということを示しているだろう。
「間違いなく、門の中にいる。生きているんだとしても身売りは間違いなくって、十歳で売られたということはスキルにもよるけど秘蔵されている可能性が高い」
シェリーの兄だということは、同じく守護系統のスキルだ。この系統のスキルはほとんどが高値取引されている。シェリーの兄もいい値段で売れたに違いない。それを分かっていたからこそ、身売りに踏み切れた面もあるだろう。
そして、そんな大金を払って得た役立つ物を人目につくところに置いておくのかという話なのである。まず間違いなく、利用するとき以外は秘蔵されているだろう。少なくとも、ミリアが門の中にいた時に出会った、組織に利用されていた子どもたちはそう言っていた。つまり、スキルにもよるが目撃情報はほぼ期待できないのである。
人身売買を取り扱った業者の方を探るという手もあるが、彼らは誰が何を買ったかということを話したりはしないだろう。金を積んで得られるのは、その商品を取り扱ったか否かまでで売り先までは突き止められないはずだ。
ペンダントトップが送られてきたのは、買主が兄を気にかけてくれた結果だろう。常日頃から門の外に置いてきた妹のことを気にかけている様子を見せていれば、気まぐれに生きているということを伝えさせてくれる可能性はある。
門の中から門の外に物を送るというそれなりに手間のかかる行為を、たかだか奴隷として買った子どものために行える買主だと考えると、シェリー一人で見つけ出すことは難しいとしか言いようがない。
また、見つけたところで機嫌を伺うほど価値を認めている買主である。いくら金を積んだところで手放さないという可能性も大いにあり得るのだ。
ミリアはそんなことをアレンに説明した。そして、最後に会えないだろうと思った、決定的な理由を述べる。
「それにね、直筆のメモ書きが一緒についていたんでしょ。向こうが会いたいと思っているなら、そのメモにこの時期にここに来れば会えるって書いておけばすむ話じゃない?」
シェリーの年齢を考えればすぐに門の中の場所で会うということは難しいだろうが、会いたいなら年に一度この日のこの時間にこの場所に来て欲しいというメッセージを渡すことは不可能ではない。
贈り物を許してくれる買主なら、逃げるそぶりも見せずにちゃんと言われたことをこなしていれば、年に一度訪ねてきた妹に会せるくらいなら許してくれる可能性はある。プレゼントを贈る時点で四年が経過しているのだ。ある程度の信頼関係が築かれている可能性は十分にあるだろう。
「だからね、シェリーのお兄さんの方は、シェリーに会いたいとは、会えるとは思っていないと思う」
本人に会う気が無いのに、見つけられるだろうか。少なくとも、地道に人を探す方式では難しいだろう。
「買主が、プレゼントはいいけど会うのは駄目って言ってた場合は?」
「あり得るけど、会う気があるのに無理なら逆に会えないって書かないかな?」
シェリーに当てられたメモ書きの内容を聞いた限りで判断すると、どうにも兄の側には会う気が無いように思えるのだ。少なくとも、シェリーのような情熱は感じられない。
「……じゃあ、なんでシェリーに探すこと勧めたの?」
「だって、今中途半端に止めても、シェリーは諦めきれないでしょ」
無理なことならなんで勧めたのだとアレンはどうやらそう言いたいらしい。確かに、ミリアはまともに探していては見つけられないと思う。でも、見つかるか見つからないかではない。本人が納得できるか否かなのだ。それを行いたいという強い意志は尊重されるべきだ。たとえ、それが実現できる可能性がとても低いものであっても。
「できる限りの努力をして、それでも見つけられなくて初めて諦められる。それに、予想外のことから見つかる可能性はある。行動したほうがいい」
門の中で目立つ動きでスキルを使って金儲けをしていれば、シェリーの存在が兄に伝わり会うという選択肢が生まれるかもしれない。ミリアはアレンにこのことを説明しなかったが、あり得る可能性はこれだと思っている。会う気のない人間に会うより、会う気のある人間に会う方がはるかに簡単だ。
「あ、ここ。ミリア、ありがとう」
そんなことを話しているうちに、アレンの家の前に着いたようだ。女神が一緒に住んでいるという割には、コールドウェル家とたいした違いはない。ミリアはアレンに促されて背中から降ろすと、アレンは自分で立ち上がった。どうやら、帰っている間にだいぶ回復したようだ。この分だと、明日には回復しきっているだろう。
「いえいえ。あ、これシェリーに渡されたブローチ。アレンにあげるってさ」
「落ち着いたら調べてみる。じゃあまた、明日」
「うん、色々と説明してもらうんだからね」
そう別れの言葉を告げ、ミリアは引き返し、アレンは門の中へと入っていった。




