限界突破の結果
シェリーが今回の件の犯人たちからどうしても受け取って欲しいと渡されていた小鳥のブローチを、弄って観察していたアレンが突然崩れ落ちた。ミリアの頭には、説明されていた性能は全て嘘でなにか悪意のある仕掛けがブローチに施されているという可能性がまず浮かぶ。中に仕掛けを入れられるだけのスペースは十分にあるのだ。可能性としてないわけではない。
「ちょ、アレン! 大丈夫!?」
ミリアが膝をついて地面にうずくまっている肩を揺すると、アレンは大丈夫とでも言いたげに右手を上げてひらひらと振った。どうやら、意識はあるらしい。
「だい、じょ……ぶ。ただの、生気切れ、だから……」
エルバートがアレンの体を起こして壁に持たれ掛けさせて座らせている間に、アレンはそんなことを言った。生気切れと言われても、今アレンはスキルを使っていたのだろうか。
確かにアレンのスキルの遠話は、外から見て使っているかどうか分かるものではないが、ブローチを調べながら誰かと話そうとしていたのだろうか。いや、それも不自然だ。リミッターが発動するまでスキルを使うような緊急性が、今あったのというのだろうか。先ほど拘束されていた時ならともかく、今そんな必要性があるとは思えない。それとも、ブローチには急いで誰かに知らせればならないことがあったのだろうか。
「それでアレン、どうして生気切れになったの?」
急いで伝える必要があることならば、アレンがこれ以上遠話を使えない以上直接伝える必要がある。そこまで考えた時、ふとミリアの頭に違う可能性が過ぎった。これがもし本当なら、アレンに対して大馬鹿者と罵倒することになる。
「ねえアレン、ひょっとして、自分で試そうとか、考えて実際に行動したとか言ったりしない?」
その後連れて帰る人のことも考えろと言いたいが、さりとてここでシェリーにブローチを返すなら今しかチャンスが無いとアレンが考えるのもまた分かって。でも流石にそんな馬鹿ではないと思うのだが。
「それ、をやる、なら……、先に、言う」
とぎれとぎれに発音された返答に、する気がゼロではなかったのかとは思うものの、流石に予告はするかとミリアは思う。急に原因も分からず倒れられたら驚くのは当然のことだ。アレンなら、一言説明は入れるだろう。
しかし、それでもないということはいったい原因は何だろうか。生気切れを起こすような構造が、ブローチに施されていたというのだろうか。
「アレン、ひょっとして目の石、押した?」
それまで考え耽っていたシェリーが、何かを思い出したのかアレンに聞く。
「うん、押し、た……」
そう言えば、アレンが倒れる瞬間、カチと小さな音がした。これが、目の石を押した音なのだろう。相変わらずとぎれとぎれの言葉を聞きながら、シェリーは一人納得のいったという顔をした。
「このブローチ、持ち主認識があって、生気切れを起こす限界を図るのに生気をある程度使うって。で、その調整を行うスイッチが小鳥の目」
「先に、言って欲しかった、な……」
「使う気が無かったからそんな機能のこと忘れてた。ごめんね」
そういう基本的な機能まで忘れている辺り、本当にシェリーに使う気が無かったことが分かる。
「でも、普通の道具に比べれば多いけれど、生気切れ起こすほどじゃないと思うんだけれど」
能力が付与された道具を使う際にも生気は消費する。しかし、その量はスキルを使う際と比べたら問題にならないほど小さい。その中の基準で多くても、生気切れを起こすようなものではないのだろう。
なら、考えられる原因としては。
「アレン、今そもそも生気切れまであと少しだった?」
「……うん」
確かに、今日はアレンがスキルを使っている場面をよく見た。けれども、これくらい使っているのは他の日でもあった気がする。それらの日と、一体何が違うのだろうか。
「色々、気になってると思うけど、説明は明日でいい……?」
「うん。余裕ができてからでいいよ」
ミリアは体験したことが無いが、リミッターが発動すると身体的にかなり辛い状態になる場合が多いという。アレンも、話すことはできているがそれが精一杯のようだ。
「ただ、もう帰るからね。連れて行ってあげるから、大人しく休むこと。いい?」
「……うん」
自分で提案しておきながら、ミリアはアレンが大人しく言うことを聞いたのに驚きを感じていた。それだけ弱っているのだが、普段からこうならなと思わなくもない。運ぶために背中に乗せようとミリアは屈む。
「あ、帰る前に、これ」
そして、アレンを背中に引き寄せる前に、シェリーが小鳥のブローチをミリアに渡した。
「アレンにあげる。私が持ってても使わないし、今はアレンが認識されてるし。それに、リミッター発動してこれだけ話せるなら持っててもいいと思うから」
詳しい使い方は、元気になったら本人から遠話で連絡くれたら教えるからというシェリーには、確かに必要ないものなのだろう。でもそれ以上に、やはり目の前で生気切れで倒れたということが大きいのではないだろうか。そしてたぶんアレンは、意志を振り絞ればまだスキルを使えそうな状態だ。持っている意味はある。
「いいの? これって結構な値段するんじゃ?」
「今あなた達に恩を売っておくと、後で得しそうだからね」
でもそれだけで渡してしまえるだろうかと探りを入れると、素敵な答えが返ってきた。確かに、今はまだアレンもミリアも学んでいるだけの身だが、数年後には政治を支える中の一人になる予定だ。賄賂など受け取ったところで誰もそれに影響されて判断を変えたりはしないが、シェリーだってそんなことは分かっているだろう。
シェリーのことを、万が一にも忘れないでいて欲しいといったところだろうか。それとも、エルバートに悟られずにアレンと再び連絡を取りたいということかもしれない。どちらにせよ、今ここでミリアができることは、シェリーから預かったブローチを帰り際アレンに渡すことだ。
「じゃあね、二人とも」
アレンを背中に担ぎ上げると、ミリアはシェリーとエルバートに別れを告げる。また会う時が果たしてくるのか。自分から距離をものともせず話しかけることができないミリアには、その予想はさっぱりつかなかった。




