あと一歩足りない
話すべきことは話したし、結論も出た。これ以上ここにいても得るものは何もない。だからミリアは帰宅を提案したのだが。
「ちょっと待って、その前にシェリーに聞きたいことが一つあるんだ」
アレンにその流れを断ち切られた。表情と声音から察するに、今まで話していた内容とは直接関係ないことのようだ。いったい何が聞きたいのだろうかとミリアは不思議に思う。
「何?」
「限界を超えてスキルを使っても、生気を消費しないですむ方法ってどんな方法?」
何が聞きたいのかと聞き返したシェリーにアレンがした質問は、ミリアにとっても驚きの内容だった。そんな手段が本当にあるのなら、とんでもない発見だ。色々とままならなかった物事が根本的に変わる。
例えば、どんな怪我でも治せるスキルの持ち主はいるが、消費する生気が非常に多いため、数日に一回しか使えない人がほとんどだ。だが、生気を消費せずスキルを使うことができるのならば、スキル所持者を中心に怪我の治療を考えることができる。現在では、重傷を負った人が最後に縋る手段という位置づけだが、もっと多くの人がスキルによる完治の恩恵を受けられるようになるのではないか。
少し考えるだけでも、有用性が非常に高い。利用手段を真剣に考えたら社会構造が変わるレベルの発見だ。
「ああ、気になってたんだ。それはね、これ」
そう言うと、シェリーは鞄からブローチを取り出した。かなり大きめで、幅がネクタイと同じぐらいであり、高さは大体その半分の鳥を模ったデザインだ。羽を畳んで木にとまっている小鳥が、鈍く光る銀色の金属で作られている。結構な厚みがあるその鳥には、目の位置に晴天を思わせる青色の石が嵌め込まれている。
「さっき犯人たちが、持っているだけでもいいからってシェリーに投げて渡したブローチだね」
「うん、いらないって言ったのに返せない状況で投げつけてくるんだもんなぁ」
ミリアが見ていない間にそんな出来事があったらしい。事情が分かったため、犯人たちが必死になるのも理解できなくはないが、諦めが悪い人たちだとミリアは思う。
「それでね、このブローチの中に生気の消費が一日に一定以上になったら、消費だけよそに移せる仕組みが入っているんだって」
ミリアがそんなことを考えている間にもシェリーは説明を続ける。確かにこの構造のブローチであれば、金属の中にちょっとした仕掛けであれば入れられそうである。むしろ、ある程度空間が必要だからこそブローチという形態をとっているのだろう。
「それ、本当?」
「使ってはいないけど、門の中で発明された物だってあの人たちは言ってた。門の中について調べてると、レバワルカ、ああこの仕組みの名前なんだけど、レバワルカについての話ちょくちょく聞くから本当だと思う」
疑うアレンの気持ちは、ミリアにもよく分かる。いくら、中に仕組みが収められそうなスペースがあると言っても、本当にその仕組みが入っているとは限らないからだ。ただ、シェリーの話だと本当にその機能を備えている可能性が高い。ガセであれば、こういう話が有るが偽物だから気をつけろという情報が広まるはずだ。
「手に持って見てみてもいい?」
「どうぞ」
アレンはもっと近くで見たいのか、手に取って見たいと言い出す。シェリーもそれを断らずにアレンにブローチを手渡した。鈍く光る鳥がアレンの手に渡る。アレンはけっこういじくりまわしているが、シェリーはそれをまったく気にしていない。本当に、どうでもいいのだろう。
ブローチの観察に夢中になっているアレンの代わりに、ミリアはレバワルカについてもう少しシェリーと話すことにした。
「これ、本当なら社会が変わるんじゃない?」
「そうでもないよ。だって、あくまで生気の消費を肩代わりするだけだもん。リミッターは普通に発動するから、ほとんどの人はこれがあるから積極的にスキルを使おうとは思わないんじゃないかな? 普通、リミッターって我慢できないほど辛いものなんでしょ?」
うまい話があるようにミリアは思ったが、そうそういい話は転がっているものではないらしい。リミッターが普通に発動するのでは、社会が劇的に変化するほどの影響力は無いだろう。それでも、シェリーのような例外のスキル持ちには大きな影響を及ぼすのは確定的だ。
「リミッターは、確かに二度と味わいたいものではないな」
そう言ったのはエルバートである。彼のことだ。きっと小さい時に人の役に立つならとスキルを使っていて、ついうっかり許容量を超えてしまったことがあるのだろう。エルバートの場合は、二度と味わいたくないほど辛いものだったらしい。それは、きっと彼にとってとても幸いなことだった。
「私はそもそもスキル使う機会がほとんどないからリミッター発動したことないや」
ミリアも自分のリミッターの経験について述べる。正確には、経験したことが無いという事実についてだが。
そして、ミリアが言い終わるのとほぼ同時にことは起こった。アレンがブローチをいじくりまわしていた手から、カチという小さな音が聞こえる。そして、次の瞬間アレンが地面に崩れ落ちたのだ。
アレンの手の中から、銀色の小鳥が転げ落ちる。アレンの髪と同じ色の鳥の目が、落とされたことを恨むように宙を見ていた。
なぜ鳥の目が青色だったかというと、好きな色を聞かれた時にシェリーが淡い青色と答えたからです。水色をイメージしていたのに本当に淡い青色が出されてシェリーはそこも地味に不満に思っています。




