譲れないこと
これっきり話をしないということは、つまりは絶縁宣言と同じだ。シェリーとエルバートは現在同じ学校に通っている。顔を合わせないということは難しい。話しかけられても無視をするというのが、今二人に可能な絶縁だろう。
アレンは、そんなことをする必要はないと言った。それは、もし本当に許せるのであれば正しいことだろう。自分のために吐かれた悪口を、事情が分かったから許す。それは、とても尊い感情だ。
ミリアだって、許して元通りになれるのであればそれが一番いいと思っている。でも、それが可能な程度の悪口だっただろうか。いくら身の危険を感じさせるため酷く罵る言葉を選んだのだとしても、シェリーに対するその暴言を生み出したのはエルバートだ。根底にそういう風に見られていたという感情が生まれたのに、これまで通りができるのか。
ミリアは、これまでの様子を見ていてシェリーにはそれができる余裕はないと思っている。できるならば、あんな風にすぐに離れようとしたりしないだろう。
だから、ミリアはシェリーにこう言った。
「ねえシェリー、シェリーはエルバートがこれを全部書いたっていうこと、本当に許せるの?」
許せる余裕があるならばいい。けれどきっと、シェリーは今自分の目的以外に余裕は存在しない。
「これからずっとエルバートと一緒に居て、今回のことを思い出して不愉快な思いにならないって言える? その時に、エルバートに当たり散らさないでいられる? 今ここで許すっていうのは、その感情と付き合うってことになる。シェリーにその覚悟はあるの?」
ミリアにそう言われたシェリーは、何も言えずに口を閉ざす。代わりにエルバートが、おずおずと口を開いた。
「僕は別に当たり散らされても……」
「そんな関係、続けてて楽しいの?」
「……」
とにかくシェリーのことが心配で仕方がないエルバートは、当たり散らされても一緒に居られるならそれでいいだろう。でも、シェリーにとってそれはよくない。一度、一緒に居られないと感じた人とそれでも同じ時間を共有することは、強いストレスの元になる。
そして何より、一方が他方に当たり散らして、もう一方がただそれを受け入れるだけの関係など、続けたところで虚しさしか生まれない。
それを伝えると、エルバートも無言になった。
「アレンは正しい。でも、正しくても皆がそれをできるわけじゃない」
「分かった。でも、最初は無理でもそのうち大丈夫になると思うけどな」
「なら、大丈夫になってから元の関係に戻ればいい。今すぐ元通りになる必要性なんてないんだから」
最後にミリアはアレンに、アレンにとってはそうすることが当然であっても、大多数の人にとってはそうではないことを伝える。するとアレンはそれを一応認めてはくれたものの、時が立って癒される可能性と、それなら最初から関係を続けていればいいという考えを語った。ミリアはそれを、だったらその時にまた考えればいいと一蹴する。
一蹴はしたが、ミリアはそれもまた一つの選択肢ではあると思った。人によっては、そうすることもありだ。でも、ミリアはそれをシェリーには勧められない。無為に感情を爆発させる機会など、少ない方がいいのだから。
シェリーはミリアとアレンの会話を聞いて、色々と考えたのだろう。しばらくの沈黙の後、閉ざしていた口を開く。
「……今の私には、きっと無理。顔見る度イライラするもん。でも、一番大きく書いてあった『ドケチ娘』だったっけ? あれが解消される時が来たら、許せるようになると思う」
その言葉がシェリーに適用しなくなる時、つまりシェリーが金儲けにこだわらなくなる時は、彼女が兄を見つけて取り戻すという目的を達した時だ。
「あれに書かれていた言葉の端々を見てると、エルバートはお兄ちゃんを必死に探している私はあんまり好きじゃないみたいだから、それが終わったらまた話そう。きっとその時には、私にも余裕ができていると思うから。だから、今日ここで別れたらしばらくは話さない」
確かにそれがいいのだろう。自分のせいでいなくなった兄を見つけられれば、シェリーの心にも余裕が生まれるはずだ。
「……分かった」
エルバートは静かにそれを受け入れる。シェリーのことを心配しているようだが、一応は納得したようだ。だが、これはシェリーを脅していた人に、シェリーを傷つけるという害意が無かったためできている譲歩だ。
シェリーが門の中にまで商売に出かけていて、なおかつ人を傷つける物を直していると知ったら、今の納得など飛び去ってしまうだろう。エルバートがシェリーを心配する気持ちは本物なのだ。それこそ、守りたい当人を傷つけてまでも危険なことを止めさせようとするほどに。
「じゃあ、これ以上遅くなる前に帰ろっか」
話がまとまったので、ミリアは帰ることを提案する。夜もすっかり更けて、星々が空で輝いていた。ミリアは、伝承に残る兄妹の星座をふと見上げる。シェリーの胸にかけられているのと一つを除いて同じ形の星の並びが、空から四人を見下ろしているようだった。




