正義は正義であるだけで力を持つ
「なんでシェリーはもうエルと話す気が無いの?」
自分の行動でシェリーが傷つくと、行動してから気が付いて何も言えなくなっていたエルバートには、アレンのこの言葉はどのように聞こえただろうか。エルバートを庇う言葉を発したアレンは、続けてこう言う。
「だって、エルはシェリーのためになると思ってこれを作ったんでしょ? なのになんでもう話さないってなるの? 何か実害が出たなら分かるけど、そんなことは無かったはずだよね? それとも、僕が知らないだけで何かあったの?」
アレンの言っていることは酷く正しい。正しすぎて、息苦しさを覚えるほどに。
「何もない、けど……」
シェリーは恐る恐るといった様子でアレンの問いに答えた。アレンの正しさに委縮しきっているようだ。正しいことは、それが正しいというだけで力を持つ。正しいことを尊重するよう教育されている門の外の人には、正しいことを否定するのは難しい。
「なら、このままいつも通りに戻ったっていいんじゃない? エルは、ずっとずっと、それこそお兄さんがいなくなった六年前から、シェリーのことを心配していた。最初にエルと会った時、エルはこう言っていたんだよ。生きたまま死んでいた知り合いが、やっと生き返ったって」
エルバートがシェリーのことをずっと心配していたことはミリアも知っている。初めて会った年越しの祭りの時に、エルバートは目的もなくふらふらしているということを非常に心配していた。後の会話を合わせて考えれば、指していた人物はシェリーのことだと分かる。
「それから、さっきはこんなことも言ってた。自分が人のために毎日リミッターが発動するまでスキルを使っているのを見て、シェリーも自分と同じことをしようと思ってしまったのではないかって。倒れなければ大丈夫と言っていたエルを参考にしてしまっていたんじゃないかって」
「おい、アレン!」
先ほど、ミリアとシェリーが二人で話している間に、こちらでも話していたのだろう。アレンがシェリーに伝えた内容に、エルバートは抗議の声を上げる。大方、シェリーには秘密にする約束だったのを、アレンが破ったのだろう。
その内容は、エルバートがシェリーの無事にこだわり続ける理由だった。エルバートの性格が昔から変わっていないのならば、幼少時に人のためになるからとスキルを使ってまわっていたことは想像に難くない。そんな様子を見ていたら、正義感が強い子供であれば自分も真似しようと考えもするだろう。
「せっかく生きることができているんだから、無茶をせずに幸せになって欲しいんだってさ」
幼い頃の過ちであっても、それが現在にまで影響を及ぼしているのならば、その後悔は消して消えないだろう。まして、幼馴染だったということは、きっとエルはシェリーの兄とも面識がある。自分のせいで二人が幸せではない方向へ人生が向いてしまったという可能性と、彼もまたこの六年の間向き合ってきたのだ。
「……馬鹿なこと言わないで。私が寿命を削ったのは、私自身が言われたことを理解できない馬鹿だったから。それ以外じゃない!」
それに対するシェリーの返答は少し痛々しさを感じるものだった。ずっと誰にも言えず一人で後悔を抱えて生きてきたのだろう。シェリーの場合はむしろ、自分のせいにすることでなんとか生きる気力を保っていたのかもしれない。救われたからには生きる義務がある、と。
「シェリー、いつまでも一人で背負わないでくれ……」
シェリーの言葉を受けて、エルバートが言葉を絞り出す。一人で背負って、希望があると知ったら一人で突っ走るシェリーを、自分のせいだと思っているエルバートはどう見ていたのだろうか。
「僕はね、二人で話しているだけで、シェリーが少しは楽になってると思うんだ。だからシェリー、エルが脅すためにわざわざ頭を絞って考えた言葉なんて、見なかったことにしてしまうのはどうかな?」
これは事実だとミリアは思う。友人関係を全部切り捨てているのに、わざわざ話かけに来てくれる奇特な人は貴重だ。他愛の無いちょっとした会話でも、思いつめそうになった時の気分転換にはなる。多少はうざったくもあっただろうが、シェリーにとってエルバートはいい友人だったのだろう。
「わた、しは……」
「僕は、これからも普通に話していいと思うんだけどな」
どうしたらいいのか分からなくなっているシェリーに、アレンが更に言葉をかける。今シェリーはきっと、これまでの辛い中でも暖かだった時間を思い出している。これだと、今ここで絶縁という話にはならないかもしれない。
だから、ミリアはその話に割り込むことにした。アレンの言葉は正しいのだが、一つ大切なことが欠けてしまっているのだ。
書いていて、すごく気分が重たいです。
誰も悪くないのになぁ。




