感情変化のきっかけ
自由を奪われてなお絶対に譲る気のないシェリーと、捕える男たちの覚悟が中途半端なことを見抜いたアレン。その二人をミリアはすぐ側の建物の三階から見下ろしていた。既に場は男たちとシェリーの根競べになっていて、もはや両者とも何も言葉を発さない。
もっとも、この均衡状態はあと少しで現れるだろう警官たちによって崩れることが確定している。そろそろ着く頃だろうかとミリアが考えていると、裏路地に光の線が突き刺さった。エルバートが呼んだ警官が先に着いたらしい。
「おい、そこで何をしている!」
警官たちは路地裏に踏み込むと、捕まっているアレンとシェリーの救出を行おうとした。四人の男たちのうち三人は、諦めきったような顔でその場で立ち尽くしている。根競べは、あっけなく彼らの負けで幕を閉じたのだ。
だが一人だけ、アレンを捕まえていた男は、立ち尽くして引導を渡されるのを待ってはいなかった。覚悟を決めたのか、それとも自暴自棄になったのか。上から見ていたミリアには、アレンの両手首を捕えていた手を離し、首にまわそうとしている様子が見て取れる。そのまま首を絞めようとする動きだ。
アレンからの視界では何も見えていないのか、手が解放されたことにむしろ安堵しているようだ。このままではアレンの身が危ない。
それを理解した瞬間、ミリアの体は勝手に動いていた。流し台の中に漬け置きされていた鍋を水ごと持ち上げ、窓を通してアレンを捕まえている男に向けて水をぶちまける。数瞬の後に鍋の水はアレンを捕まえる男にぶつかり、彼の全身を水浸しにした。
突然降ってきた大量の水の勢いに、アレンを傷つけようとしていた男は怯む。
「二人とも、逃げて!」
水の直撃を食らった男は、明らかに隙を見せて面喰っていた。それを見逃さず、ミリアはアレンとシェリーに逃亡を促す。
シェリーを捕まえていた男は警官の登場で全て諦めてしまっている。アレンを捕まえていた男も、ミリアが上空から水を投げることによって一瞬意識が外れていた。そのおかげで、アレンとシェリーは男たちの緩まった拘束から自力で抜け出し、警官たちの元にたどり着いて保護される。
三階の窓からそれを確認し、ミリアはようやく一息ついた。シェリーが人質をとられようと頑として要求をはねのけていたので忘れそうになっていたが、人を助けることが仕事の警官にとって人質はとても有効だ。あのまま捕まったままであったら、諦めていなかった残り一人がどう行動していたか。
きっと彼は、脅しではない本気の害意をどこかで抱いてしまっていたのだろう。それならば、警察に捕まれば非常に厳しい罰を受けることになる。道連れにアレンを傷つけようとしたのも分かる気がした。自分が拘束している相手にあれだけ言いたい放題言われれば、苛立ちの解消のために少し傷つけてしまおうなどと考えてしまっても不思議ではない。
捕まったら重い罪ならいっそそれに見合うことをしてやる、と自暴自棄になっていたのだろう。そんな彼もあっさりと逃げられて流石に呆然としていた。抵抗する気力さえ切れてしまったのか、大人しく拘束されている。これで、取りあえずの危機は去った。
しかしいったいどういった事情でこんな危ない状況に陥ったのか。落ち着いたことによって、ミリアにそれを考える余裕が生まれる。シェリーに交渉を行っていたようだが、それを行うために門の外で生まれ育った人間が、本当にそうする気はなくても人を傷つけるという脅しを行うという判断ができるものだろうか。
しかも、例え捕まっても大きな罪には問われない手段を利用して、である。ミリアは少し考え、とある考えにたどり着く。元々引っかかっていたことも、この考えが正しければ納得がいく。
意志の強いシェリーのことだ。これで、まず間違いはないだろう。だが、これをアレンやエルバートの前で言うと、シェリーは今まで以上にその行動について反対されることになる。誰が反対しようと、シェリーは止めないだろうけれども、反対されながら続けるということは地味に疲れるのだ。
あれだけ強い覚悟があるのなら、兄を探すことをシェリーは止めはしないだろう。ならば、できる限り気持ちよく探せるようになればいいと、ミリアはそう思いながら路地裏の様子を見るのにお世話になった飲食店にお礼を言い、警官と共に路地の入口まで対比しているアレンたちの元に向かった。




