常識外の言葉
アレンとシェリーが捕まっているその少し上の窓際で、ミリアは彼らの会話を盗み聞きしていた。とはいっても、簡単に聞き取れるものではない。流し台の上に身を乗り出すようにして、ミリアは必死で音を拾っていた。大通りに聞こえない程度の声量で話しているため、地上と三階の距離でも聞き取り辛いのだ。あと一つ上の階であったなら、おそらく聞き取れなかっただろう。
会話の流れは、男たちとシェリーとの折り合いがつかず、人質となっているアレンに意見が求められたところだ。男たちは一様に、アレンがシェリーにいい話だからと説得する側に回るか、それとも僕のことは気にしないで信念を貫けというか、そのどちらかを想定していただろう。
ミリアも、その範囲からは出ないと思っていた。だが、意見を求められたアレンが少しの間沈黙したことで、ミリアは不穏なものを感じる。助けが来るまでの時間稼ぎのつもりならいい。だが、上空から見る限り、アレンはどうも真剣に言葉を考えているようだ。
「……あなた方は、本当に僕たちを傷つける気があるのですか?」
「ああ?」
そして、遂にアレンが男たちに放った言葉のあまりにも想定とかけ離れた内容に対して、ミリアは何を言っているんだこいつはと思う。捕えられている状態で、その捕えている相手に言う言葉ではない。今がアレンとシェリーが男たちに捕えられているといった状況でなければ、ミリアはこの場面でそんなことを言うとは馬鹿なのかとアレンに怒鳴りかかっていたことだろう。
今は膠着状態でも、男たちを刺激したらどうなるのか分からないのに、わざわざ刺激するとはどういうつもりなのかとミリアは思う。
「僕は、今までの会話を聞いていてこう思いました。あなた方は、僕を彼女に対する脅しの道具とはしても、実際に傷つける気はないのではないかと」
思ったとしてもなぜ口に出すのかと、ミリアは思う。それを聞いた男たちも同感だったようで、
「お前、この状況でよくそんなこと言えるな」
と、呆れ半分でアレンに言っていた。もっとも、残りの半分には言い当てられたための焦りがかすかに読み取れて、図星であることがミリアにも伝わる。
「それに、思い通りにならないなら怪我をさせるつもりだということと、思い通りにするために自由は奪うが傷つけるつもりは一切ないということでは、捕まった時の罪の重さがまったく違う。実際には傷つけるつもりが無かったなら、かなり軽い罪になります。あなた方は、彼女がここまで頑固だとは思っていなかった。言っていることが真実なら、それなりに利点もある内容です。少し脅せば、年若い子ども一人、すぐに怯えてあっさり意見を翻すと考えていたのでしょう。ついでに、今後の関係でも優位になりますしね。違いますか?」
更に男たちに突きつけるように語るアレンの言葉を聞いて、実はアレンはミリアが上から聞き耳を立てていることに気が付いていて、それで男たちの心情を伝えようと敢えて口にしたのではないかという推測がミリアの頭を過ぎった。が、他に気づいている様子が一切見えないので素での発言のようだ。
「返事がないということは、図星ですね」
何も言えない男たちにアレンはそう告げる。男たちの反応から見るにそれは正しいのだろう。ミリアからすれば、甘すぎる考え方だ。相手に自分の意思を強制したいのに、こんな粗雑な方法では門の中の住人なら子供でも騙されない。結局救援要請とはいっても門の外での基準でなのだ。
「そうだな。が、離しはしない。傷つけられなくてもここでずっと足止めされているのは困るだろう? 根競べといこうじゃないか」
傷つけるつもりがないことを見抜かれて脅しの方法を彼らは変えてきた。確かに、その場から動けなくなるのはシェリーにも困るだろう。しかし、既に助けは呼ばれている。この根競べは明らかに男たちの方に分が悪い。
「どうしてこうも皆、私の覚悟を甘く見てるのかな……」
その提案に、それまでの会話を静かに聞いていたシェリーが静かに呟いた。本心から紡ぎだされた言葉は、心の中に浸透していくかのように響き渡る。
アレンがミリアに救援要請を出した時の様子だと、シェリーには既に警察に助けを呼んでいることを伝えられていないだろう。それでも、この一言でシェリーは根競べに必ず勝つと宣言したのだ。自分が先に折れることなど決してないという自信に満ち溢れているのだ。
アレンもアレンだが、シェリーもシェリーで結構はた迷惑なタイプかもしれない。エルバートに聞いたことを思い出しつつ、ミリアはふとそんな風に感じた。




