目的の見極め
今回もアレン視点です。
助けが来るまでの時間稼ぎは、そこまで難しくはなかった。というのも、首に腕を回され後ろ手に両手を掴まれてはいて多少痛いものの、それ以外の危害を加える様子が一切男たちになかったからである。どうも、彼らの方も、なるべく穏便にことを済ませたいらしい。
「お嬢ちゃんに断られると困る事情があるんだよ」
そうひょうひょうという男は、了承する様子のないシェリーにイライラしているものの、アレンとシェリーを捕えている男たちに二人に危害を加える支持を出してはいない。
「あなた達の事情を、私が考慮すると思う?」
「お嬢ちゃんに考慮してくれる気がないなら、その気を起こさせればいいだけだ。命を削るくらいなら助けなくていいって知り合ったばかりなのに言ってくれるこいつを、お嬢ちゃんは見捨てるのかい」
それでも、アレンの無事を脅しに使っているので、このまま膠着状態が続くとその態度が変化する可能性はあるのだが。
「……これからのことを考えたら、見捨てざるを得ないじゃない」
「……ほう?」
「今ここで、私が脅迫に屈してあなた達の言うことに従ったとする。そうなれば、私には脅迫が有効ということになって、また同じことが繰り返されるだけ。なら、初めに他人を使った脅迫にはけっして屈しないということをはっきり示す必要がある。あなた達は、時間をかければ私を説得できると思っている見たいだけれど、それは絶対に起こりえない」
シェリーが言ったことは正しい。一度脅したら言うことを聞くという例ができてしまえば、例え彼らが二度と行わなかったとしても噂を聞きつけた度胸と覚悟のある人が行うだろう。その流れを断ち切るためには、初回で毅然と断らなければならない。その初回の対象になってしまったアレンにはすごく不幸なことであるのだが、シェリーにとってはその必要があるのだ。
「対価なしで脅迫して言うことをきかせようって輩にはこちらが対処する。お嬢ちゃんにそれを行った相手は痛い目を見るようにしよう。最初は増えるかもしれないが、そのうちぱったりと消えてなくなるさ」
「……なら、まずあなた達が痛い目を見るべきなんじゃない?」
「俺たちは、ちゃんと対価は払うから、痛い目を見る必要はないな」
「ああそう」
男の提案にシェリーは皮肉で返すが、彼はそれを受け流した。そして、シェリーに真剣に語り掛ける。
「俺たちと組めば、今よりも稼げるようになる。いいパートナーとしてやっていこうじゃないか」
こんなことをしておいて、いいパートナーなどとよく言うなあとアレンは思う。シェリーもそう思ったようで、
「……その、いいパートナーを脅している人を信用できるわけないでしょ」
と、きっぱりと断っていた。尾行までならともかく、ここまでしてきた相手を信用するということがそもそも無理だ。
「これはとっとと頷かないお嬢ちゃんが悪い。俺たちはすごくいい話を持ってきてるんだ。一度手を組んだら、裏切りの心配なんてないさ」
シェリーにとっていい話ならば、話を出されたその日にシェリーは頷いているだろう。それともこの男たちは、シェリーが状況を正確に把握していないだけで、実際に行ってみれば気が変わると思っているのかもしれない。それならば、後々のためにも二人を傷つけないようにしていることも理解できる気がした。できる限り穏便に済ませようと散々行動をしても無意味だったための、この暴挙なのかもしれない。
「……何を言われようと、私は一日の許容量以上にスキルを使う気はない。その許容量の上限までを使う権利を最高額で買い取るという交渉なら今からでも受け付けるけど、限界を超えてスキルを使う要請には答えられない。それは、私が自分に課した制約だから」
シェリーがいったいどれだけ断ってきたかアレンは知らない。だが、こんなことをされていてなお許容量までなら受け付けるというあたり、シェリーにとっていいお客さんではなかったのだろうか。もっとも、この言葉は現状を穏便に終わらせるための方便の可能性もある。
「参ったな。ここまでしても、お嬢ちゃんが分かってくれないとは思わなかった。人質君、ちょっとお嬢ちゃんの説得に協力してくれないかい。早く解放されたいだろう」
それでも、自由を奪われている以外になんら傷つけられる様子が無いことで、アレンは自分の考えに確信を持つことにした。男たちが今行っていることは脅しであり、本当に傷つけるつもりは一切ないのだと。
ちょうどよく意見を求められたため、アレンはそれをぶつけてみることにした。間違っていても、もうすぐミリアが助けを呼んできてくれるという保険もある。
「……あなた方は、本当に僕たちを傷つける気があるのですか?」
「ああ?」
何を言っているんだこいつはという応答が返ってくるが、アレンは気にせず先を続けた。
「僕は、今までの会話を聞いていてこう思いました。あなた方は、僕を彼女に対する脅しの道具とはしても、実際に傷つける気はないのではないかと」
「お前、この状況でよくそんなこと言えるな」
すごく呆れたように言われたが、その声に僅かに動揺が見える。本質を突いている可能性が高い。
「それに、思い通りにならないなら怪我をさせるつもりだということと、思い通りにするために自由は奪うが傷つけるつもりは一切ないということでは、捕まった時の罪の重さがまったく違う。実際には傷つけるつもりが無かったなら、かなり軽い罪になります」
犯行当時の思考を完全に追いかけられるスキル所持者がいるからこその判断方法である。動機と結果、この両方によって罪の重さは決められる。初めから拘束して脅して言うことをきかせるという目的のみであったなら、大きな罪とはならない上に要求した相手の許しを得られるなら、塀の中で暮らす必要がなくなる。
「あなた方は、彼女がここまで頑固だとは思っていなかった。言っていることが真実なら、それなりに利点もある内容です。少し脅せば、年若い子ども一人、すぐに怯えてあっさり意見を翻すと考えていたのでしょう。ついでに、今後の関係でも優位になりますしね。違いますか?」
ただリミッターが働いて少し気持ち悪くなるというのが嫌で、一日の許容量を超すのが嫌だというだけだったなら、頷いていた条件ではないだろうか。だが、シェリーはリミッターが働くことを厭ってはいない。むしろ、生気切れを起こしたくらいにはリミッターが働いている状況に慣れてしまっている。
シェリーが許容量を超えるのを嫌がるのは、偏に過去の経験のせいだ。強固な意志に基づいているため、生半可なことではシェリーは譲らないだろう。少し話しただけだが、エルバートへの態度を見る限り、頑固だということはよく分かっている。
「……」
「返事がないということは、図星ですね」
答えのない男たちにアレンは最後の言葉をかける。計画が丸裸にされた彼らはどうするだろうか。そんなこと考えつつ、そろそろ救援が来るだろうかとアレンは考えていた。




