相対的波乱万丈
勢いよく立ち去っていったシェリーを追いかけようとしたエルバートを引き止めたミリアは、それでも心配そうにしている彼にこう言った。
「ねえ、そんなに喧嘩したいの? だったら止めないけど、もうどこ行ったか探すの難しいんじゃない?」
既にシェリーの姿は見えなくなっている。相手も探しているならともかく、そうでないのに闇雲に探しても見つけることは難しいだろう。
「それもそうだな」
エルバートはそういったものの、やはり落ち着いてはいない。自棄になっているだろうシェリーのことがよほど心配らしい。
「シェリーはアレンが追いかけたし、落ち着いたら連絡くれるでしょ。アレンに任せて今はあなたも落ち着く」
「ああ」
若干生返事な気がしないでもないが、とりあえず納得はしてくれたようだ。今ミリアがやるべきことは、アレンからシェリーが落ち着いたという連絡が来るまでにエルバートを落ち着かせておくことである。
色々と話せばそのうち頭も冷えるだろうと、ミリアは会話の中で零れていた情報を正確なものに補強することにした。
「年越しの祭りの時にあなたが言ってた、昔目的もなくふらふらしていた人って、ひょっとしてシェリーのこと?」
「……よく覚えていたな」
「同じくらいの年齢で、金の亡者になっているっていう人の情報を忘れる方が難しいでしょ」
「それもそうか」
だとするなら、当時エルバートは見つかるはずの無い人を無気力に探してさまよっているよりはいいと言っていなかっただろうか。今回のようなやっかみからの嫌がらせは初めてで、そこで意見を変えたというのだろうか。だが、これくらいの身の危険の無い嫌がらせくらいならば、本人の意思に任せてもいいのではないかとミリアは思う。
「それで、シェリーはいったい誰を探していて、そしてどうして探すのを止めることができたの?」
もっとも、今それを言うとミリアとエルバートの言い合いになりかねないので、ミリアはエルバートにシェリーの事情を尋ねることにした。
「君たちに話すことは構わない。どうせ今ここで僕が話さなくても後でいくらでも調べられるだろうから。だが、この場が誰かに聞かれていないとも限らない」
「分かった。防音壁貼ればいいんでしょ」
「頼む」
街へ二人以上で出かける時は必須携帯品となっている、防音の空間が展開される能力が付与された石を取り出す。机の上に置いて軽くつつくと、防音壁が広がって外の物音がすべてシャットアウトされた。だいたい机のまわりの範囲で音の伝達が切り離されている。
「ありがとう。では、シェリーの半生がどういうものだったかについて話そう」
そう言って、エルバートはシェリーが何を体験して、今現在何を行っているのかの説明を始めた。彼の話を要約すると以下のようになる。
シェリーは修復スキル持ちの人が起こしやすい生気切れを六歳になる直前に起こし、余命数カ月を宣告されたらしい。通常なら死という概念の認識が追いつくか追いつかないかの年齢だが、シェリーにとって死は既にはっきりと認識されていた。なぜなら、その少し前に父親が事故死していたからである。
自分もそうなるという恐怖に駆られているシェリーだったが、今も生きているのは兄が身を犠牲にして助けてくれたからだ。シェリーの兄は大金を家に残して行方不明になり、今ではそのまま死亡扱いとなっている。この行方不明は、自分の持つ生気を妹にすべて移すという身代わりになる方法をとった可能性が非常に高いと考えられていた。それでもシェリーは諦めきれず、何一つやる気の無いまま兄の姿を求めて色々な場所を捜し歩いていたらしい。
自分の持つ生気を移動費用分以外すべて妹に移し、兄は亡くなっていると考えるのが普通である。だが、シェリーはそれを認められなかった。どこかに兄がいるのではないかと、空いている時間はふらふらと街中をさまよっていたらしい。
だが、約二年前に差出人不明の荷物が届いて状況は一変した。「無茶はしないように」というメモ書きと共に届いたそれは、建国の時に活躍した現在は星座になっている兄妹の星座をかたどったペンダントトップだった。そのペンダントトップは、兄の部分で一番明るい星に当たる石が欠けていた。修復スキル持ちのシェリーの目から見ると、それは不良品ではなく、完成している物からわざわざ抜き取られた物らしい。その兄妹にあやかって名前を付けられた兄妹なのだ。筆跡と合わせてシェリーが兄から贈られたものだと確信するには、十分すぎる情報だった。
今どうしているのかは分からないが、確実に生きてはいることが判明したため、それからシェリーは兄を取り戻すためにできる限りの行動を始めたらしい。その一つが、なるべくたくさんの金銭を貯めることだった。最低でも九十年分の生気とその移動代金、さらに死んでないならば間違いなく門の中への身売りだろうと判断したうえで、買主から買い戻すための資金。それらを貯めるために、シェリーは金儲けに走るようになったらしい。
修復のスキルのオークションでの提供はその最たる方法で、最初は知名度が皆無だったところから徐々に徐々に客を増やしていったらしい。今では、政府に登録している修復スキル持ちの人よりも、何倍も多くの金額を稼げるようになっているようだ。
「そして、そこまで必死でも兄に言われた通りに二度と一日の許容量を超えるという無茶はしていない。もっとも、それ以外の無茶はたくさん行っているが」
その言葉を言い終えて、エルバートは口を閉じる。なかなかに波乱万丈の人生だ。もっともそれは、門の外基準での話だが。
「それは、横で見てるのも辛かったでしょ」
「……確かに、あの贈り物が届いた後の嬉しそうな様子はよかったなと思った。が、兄の死を受け入れないでいたらそれが真実だったという辺り、シェリーを頑固にさせている原因の一つになっているだろうな」
「でも、復活して嬉しかったんでしょ?」
「それは、間違いない」
ずっと危うかった人が生きる意味を見つけて精力的に活動し出したら、それだけで安心できるものだ。ただまぁそれがエルの場合はなんと表現するべきか。ミリアは少し悩んで、ぴったりの言葉を見つける。
「まるでエルはシェリーの保護者だね」
「生まれ月まで一緒の相手の保護者と言われるのも心外だ」
「へー、そうなんだ」
エルバートはそんな風に言っているが、様子を見守って、危ない方に行こうとしていたら止めるという行動は保護者そのものの行動ではないだろうか。
「でも、過保護すぎるものよくないよ。シェリーが決めたなら、応援してあげた方がいい。荒稼ぎしたらやっかみが酷いことになるってくらいは、シェリーも分かってるはずだよ」
だからミリアはそれを諌める。エルバートは幼馴染であって保護者ではないのだから。危険だから止めろという注意は、幼馴染が言ってもただの口うるさい小言にしかならないだろう。
「……」
ミリアの言葉にエルバートは少し考え込んでいるようだった。この分なら、もうシェリーに会せても大丈夫かなとミリアは判断する。後はアレンからの連絡を待つだけだ。
そうミリアが思った時、タイミングよくアレンからの遠話がきた。だが、想像に反して声が酷く慌てている。
「ミリア、僕とシェリーは今百貨店を出て右の路地裏にいる。なるべく早くそこに警察を呼んで欲しい。じゃあ、話してるのばれるとまずいから切るね」
それでも丁寧に伝えるべきことは伝えて、そしてアレンは一方的に遠話を切った。言われた内容にミリアは焦る。自分でできることは自分で片付ける主義のアレンが警察に頼るということは、単純な喧嘩の仲裁などではありえない。
「エルバート、会計を済ませて警察呼んで、この百貨店出てすぐ右の路地裏に来てくれない。できる限り急いで」
まだ考え込んでいたエルバートだったが、ミリアの雰囲気にただならぬものを感じたらしい。財布から十分足りる金額をエルバートに放り投げ、ミリアは先を急ぐ。何かよくないことがアレンとシェリーの身に降りかかっていることは明らかだった。
防音障壁がかつてレティが使ったものと起動方式が違いますが、これは能力を付与している人が違うためです。
一度使ったらそれでおしまいになってしまう音声起動式のものと、つつくたびにオンオフ可能で何度でも使えるものとでは、もちろん後者の方が価値が高いです。




