会話を試みるものの
それからもレティは散々嫌だ嫌だと言って母親の陰から出ないようにしていたのだが、その母親であるシルヴィアが、
「じゃあ、私は少し買い物に出かけるからね。レティ、留守番してる間に、ミリアに家の案内してあげるのよ」
こう言い残して出かけて行ってしまったため、強制的にそれができなくなる。取り残されて二人きりになったミリアは、とりあえず会話を試みてみることにした。話さなければ、何も始まらない。
ソファーに座って、置いてあったクッションを盾に少しでも見られる部分を小さくしようと努力しているレティに、ミリアはできる限りの優しい声を出して話しかけた。
「初めまして、レティ。私はミリア。今日からこの家にお世話になることになりました。よろしくお願いします」
「……」
反応なし。いや、一瞬クッションに向いていた視線がミリアの方を向いた。だが、それだけだ。でも、これくらいでめげるわけにはいかない。これから一緒に生活する相手なのだから。
とにかく、まず自分は危害を加える人間ではないと示さなければならない。たぶんレティは、知らない人は全員、自分を殺すつもりだと考えてしまっている。
「ね、私はレティに何もしないよ。怪我をさせたり、ましてや絶対殺したりしない」
近づきも遠ざかりもせずに、警戒心しか抱いていない相手に、自分は無害だと主張する。
「怖いなら、近づきもしない。だから、案内、してくれないかな? このままだと、怒られちゃうよ?」
怒られるという言葉が引き金になったのだろうか。レティは、おずおずと立ち上がり歩き出す。それをみて、ミリアは距離を開けて上げた。レティはミリアが先ほどまでいた場所を通り、転移盤の上に乗る。
「近くには、来ないでね」
すっかり泣き出しそうな声でそんなことを言ってからレティは転移していった。親のいいつけを守ろうとするいい子なのになぁとミリアは思う。何があって、あんな風に他人に警戒心をむき出しにせずにはいられない状態になってしまったのだろう。気になったが、それを知ろうとするとレティのミリアに対する警戒心は上がる気がする。いつになるかは分からないけれども、自分から話してくれる気になるのが一番の近道、か。そんなことを考えながらミリアも転移盤に乗り、生気を流し込んで起動させ、玄関に戻った。
玄関に着くと、レティは極めて事務的にそれぞれの転移盤がどこにつながっているのか教えてくれた。
「これがキッチン、こっちがダイニング、これがバスルームでこっちがお手洗い。これがお父様とお母様の部屋で、これが私の部屋。それから、ここが客間だったけど、たぶんあなたの部屋になると思う」
レティは一つ一つ指をさしながら一気にミリアに転移盤の行先を教える。
「私の部屋以外は自由に入って確認していいから」
そして、それだけ言い残して、レティの部屋だと示された転移盤の上に乗って転移していってしまった。どうやらミリアが邪魔をしていて、自室に引きこもろうにも引き籠れなかったらしい。
ここまでかたくなに拒否されると、へこむなんてものではない。門の中で暮らす子どもたちはみな警戒心を強く持っていたが、他人の話に耳を傾けることはしてくれていた。情報が、生きていく上で一番大切なものだったからだ。レティは、現状で安全だからこそ、とにかく人と関わりを避けることを第一にしているのだろう。
シルヴィアさんが帰ってきたら伝えてみよう。そんなことを考えながら、ミリアは行先だけ教えられた転移盤の上に乗る。今は家の中を一通り見てみるのが先だ。今のミリアでは、レティの部屋に押しかけてみたところで、いいことなど一つもないのは分かっているのだから。
レティの現在の警戒レベル 10段階中9
近づかなかったことでちょっとだけ信頼されました。
しばらく切り所が難しい部分が続くので、1話の長さが前後します。