追尾機能
ミリアはアレンとの待ち合わせの前に、一度帰宅して制服から普段着に着替えていた。街へ行って、一般人に紛れ込みたいのに学舎の制服ではまずいなんてものではない。
ふんわりとした生地の水色のノースリーブのワンピースは、水底のようなミリアの髪の色と合わさってよく似合っているとレティに言われたことがある。夏だし視覚で涼しげなのがいいだろうとミリアはこれを選んだのだが、はたしてこの格好で大丈夫だったのだろうか。女神様の用事なら、ドレスコードがあるような場所に向かうことになるかもしれないなどと待っている間に考え出してしまい、ミリアは少し不安になっていた。
が、やってきたアレンの服装を見て、大丈夫だったと安心する。アレンは白いシャツに褐色のズボンといういでたちで、その恰好からはドレスコードが必要な場所には絶対に行かないだろうという情報が読み取れた。
「お待たせ。うん、涼しそう」
「でしょ?」
実際は、体周辺が快適な温度に保たれているため暑いも冷たいもないのだが、そこは気分の問題である。
「じゃ、街へ行こうか。目的は歩きながら話すよ」
そう言って、アレンは玄関ホールから門へと繋がる転移盤の上に乗った。本来、移動中にはこのように転移盤で次々と転移を行うため、会話は難しい。しかし、この支配者一族が暮らす区画を出入りするための転移盤の配置は独特で、多少歩かなければいけない場所も存在する。アレンは、そこで説明するつもりなのだろう。
そう考えながら、ミリアもアレンの後に続いて転移した。
道中でのアレンの説明をざっくりまとめると、女神様が基本的に暇なのでなにか暇つぶしできる道具が欲しい、ということだった。これまでもアレンは大体月に一度、街へ出かけて買い物をしていたらしい。別にアレンでなくても、誰が買っても同じだろうにとミリアは思ったが、その人が選んでくれた物がいいんだってという言葉にそれ以上いう言葉は見つからなかった。
確かに、自分のために人が悩んで選んでくれるということは嬉しいものだ。そんなわけで、現在ミリアはアレンと共に百貨店に来ている。たいていの物が揃うからと連れてこられた店を見て、ミリアはまずその大きさに驚いた。
門の中には店が沢山ある。が、大抵の店は建物につき一つで、複数の種類の物を買いたいならばいくつもの店を回る必要がある。しかし、この百貨店というものは、大きな建物の中にいくつもの店が存在していて、外に出なくても大抵の物を揃えられるのだ。
中に入ってみると、転移盤の前に何を売っている店に繋がっているのかが分かりやすく書かれている。とりあえず、雑貨屋に行こうかとアレンに言われ、ミリアは大人しくついて行くことにした。女神様の趣味はミリアには分からないため、何を買うかはアレンに丸投げして、自分は店内の様子の観察を楽しむつもりである。
転移した先でもミリアは百貨店というものに驚かされた。普通、建物の中はスペースを節約するため、部屋と転移盤が置かれているスペース以外は存在しない。しかし、百貨店は店と店との間に人が通ることを想定した通路が存在していた。
「まるで、商店街の中を歩いているみたい」
「実際、そういう観点で設計されているからね。街中の延長線っていうコンセプトなんだ」
「なるほど」
ミリアは説明を聞きながらも、きょろきょろと周りを見つめている。アレンが色々と置いてあるパズルを見て、どれがいいかなぁと考えている合間にも、他の店の様子やそこを通る人たちの様子を見ていた。
「ミリア、楽しんでていいけど、何か面白い物見つけたら教えてね」
「うん分かったー」
アレンに対しても生返事になっている。これが門の外の普通の街かとミリアは興味津々だった。門の中の方が活気はあるが、その分門の外では落ち着いて物を選べる。そんな感想をミリアは持った。
そして、店と店の間を通っていく人々を見ていく。急いでいる人、のんびり品物を見ながら歩いている人。色々な人がいて面白い。そんな風に人を観察していると、ミリアは一つ面白いものを見つけた。見つけたら報告するようにと言われているので、ミリアはアレンにそのことを報告する。
「アレン、ねぇあれ。宙に浮いて人を追尾してる。面白いね」
「追いかけるところ? それとも、浮いているところ?」
「両方揃ってるからに決まってるでしょ」
ミリアの目にとまったのは、布でぐるぐる巻きにされている、宙に浮いて特定の人を追尾する何かだった。追尾している人が足を止めればそれも止まり、また歩き出せば動き出す。なかなかに、高性能だ。
持ち主は、それが追尾している少女で間違いないだろう。ミリア達と同じくらいの年ごろの少女は、黄色の髪を頭の後ろで束ねてポニーテールにしている。一切脇目もふらずに歩いていく様子は、後ろを追尾している物がちゃんとついてくるということを分かり切っているようで、振り返らなさがかっこいい。
「ねぇアレン、あれは駄目なの? 面白そうだけど」
「追尾設定を変えられるなら色々と遊べそうだね。追いかけて、詳しい情報聞いてみる?」
「よし、じゃあ行こう」
黄色の髪の少女は、少し前に行ってしまっているが、追いかければすぐ追いつける距離だ。ミリアはアレンを呼びつつ追いかけて、少女に話しかけようとし、途中でその動きを止めた。そして、話しかけるのを止めて一定の距離を開けて追いかけることにする。
そうしながら、先ほど話しかけようとした際に感じた違和感の正体を見つめ直す。そして、原因に対して間違いないという感覚を持った。
「あれ、ミリアどうしたの?」
少し不審に思ったのだろう。アレンはわざわざ遠話でミリアに話しかけてくれた。周りに声が漏れないということに感謝しつつ、ミリアは頭の中でアレンへの返事を綴る。
「あのねアレン、あの子追いかけてるの私たちだけじゃない」
遠話で返したが、それに対してまずアレンが起こした反応は、
「え?」
と、口に反応を出すことだった。ミリアも気づいたとき驚いたし、指摘されればそれは大きな驚きだろう。その一言で止めてくれたのは、むしろありがたいことに分類される。
「人呼んだ方がいい?」
「うーん、ただなんていうか、女の子の方も尾行者釣り出そうとしてるような、そんな感じするんだ」
門の中ではたまに見かける手法だ。狙われていることを敢えて利用して、自分の罠に誘導する。それぐらいの強かさがないと、あの町では暮らしていけない。
そうこう考えながら歩いているうちに、いつの間にか人通りが少なめの場所に入り込んでいた。周りの店が、すべてそこまで需要が高い店ではないからだろうが、同じ店内でも格差はしっかりとあるようである。
そんなことを考えながら、ミリアとアレンはこれ以上の対応についてどうするべきか議論した。そして、その結果ができる前に。
「で、あなたたちはなんで私を追いかけてるの?」
件の少女が、ミリアとアレンの目の前にやってくる。どうも、最初から自分の尾行者をここに連れ出して質問攻めにする予定だったようだ。さて、この誤解をどう説明するべきか。
ミリアは面倒なことになったなと思いつつ、とりあえず少女にできる限りの説明を行おうということを決めた。




