判断が難しいこと
夏本番まではまだ少し期間がある。そのため、昼間は日差しによって温められる空気も、夜になれば過ごしやすい気温まで落ち着いていた。それを体験したくて、ミリアは気温調節の能力が付与された物はすべて体から離している。わざわざ選ばないと自然の温度を感じられないことに不自然さを覚えないでもないが、逆にたまには自然の温度を感じないとありがたみを忘れてしまいそうで、ミリアはたまにこうやって常温の中に身を置いていた。
窓を開けて外の空気を取り込むことで、一定温度に保たれている室内に外の空気が入り込む。室内よりも少し暖かいそれが、今のミリアには心地いい。
少し風を感じて、そして窓を閉める。ミリアが自然の温度を感じるには、それで十分だった。
窓を閉じた後、ミリアは次の日の予習に戻る。明日の課題は、生気切れとそれに対しどのような政策をとるべきかという論点での議論を行うことになっている。
人は、肉体と生気から構成されている。肉体の損傷ではもちろんのこと、生気がなくなることによっても人は死ぬ。生気は生きている限り肉体が生み出し続けるため、普通生気切れで死亡する人はまずいない。
生気はスキルの使用や転移盤をはじめとした様々なものに付加されている能力を起動させることにも使うが、通常その利用で生気切れを起こすことはまずない。なぜならば、生気の使い過ぎに対して働く肉体的なリミッターが存在するからだ。
その人が生み出す以上の量の生気を使おうとすると、体が吐き気や眩暈といった症状を引き起こさせ、強制的にストップさせるためだ。もっとも、これだけで全ての人が一日で肉体が生み出す以上の生気をまったく使わなくなるなら、生気切れを起こす人などいない。
肉体的なリミッターは所持スキルによって、激しかったり穏やかだったりと様々であり、利便性が高いスキルでリミッターが穏やかだと生気切れを起こす可能性が飛躍的に上昇する。
これをどうやって防ぐか、また起こってしまった場合どのような対応をとるべきか、これは長年議論の種になってきていた。なぜなら、社会利と個人の責任をどれだけ併存させるのかという問題になってしまうからだ。
さらに、この問題がミリアにとって難しいのは、ミリアのスキルが生気切れとはまったく無関係だからである。人に同意を得た上で、その人の記憶を封じるなどという機会は滅多に存在するものではない。
なのでレティにどんな感覚かきいてみたところ、二つ以上の契約同時に保障しようとしたらその場で気絶するから生気切れなんて起こさないと言われてしまった。とりあえず、分からないものの意見として明日は臨もう。そんな覚悟をミリアが決めた時だった。
「やあミリア、こんばんは」
突如、頭の中にアレンの声が響く。遠話って本当に便利だなぁと思いつつ、いつもなら邪険に扱う相手だが今ミリアが考えている内容に関してはちょうどいいサンプル例のような気がしたため、ミリアはいつもよりは若干丁寧に扱うことに決めた。
「こんばんは。珍しくいいタイミングね。聞きたいことができたところなんだけど」
「うん、何?」
「アレンは生気使いすぎてリミッターが働いてるのにまだスキル使ったことある?」
「あー、生気切れ問題についてやるのか。確かにミリアのスキルだと縁が遠そうだね」
質問の内容だけで明日の授業の内容を当ててくるのは、やはり同じ授業を先に行っているからだろう。アレンはいったい、どのような結論に達したのか。とにかく正しくあって民衆に平穏な生活を与えることを至上命題にしている人間がこの問題に関してどう考えたのか、ミリアは純粋に気になっていた。
「まず、生気がなんで起こるのか、それを考えた方がいい。たいていの場合そこには、複数人の意思が存在する」
「複数人の意思?」
そこから考えた方がいいということは分かるが、複数人の意思とはどういうことだろう。ミリアが疑問に思って聞き返すと、アレンは説明を続けてくれる。
「辛いのに自分から更に辛くなるようなことをする人は滅多にいない。リミッターかなり辛いからね……。そして、リミッターが発動している時の辛さを知っている人は、相手がリミッターに引っかかると分かっていたら頼まない。複数人の人にバラバラに頼まれてすべて受けてしまう、そんな場合に生気切れは起こりやすい」
そんな背景があるのかとミリアは驚く。ミリアが把握していた生気の問題点は、有用なスキル持ちの人には、生気切れを起こすほど働いてもらって、その上で政府が大量消費した分の生気を補充するという手法に利があるのかないのかという点だった。
「てっきり、金目当てに働いてその結果生気切れになる人の方が多いと思ってた」
「そういう人は、ちゃんと余分に使っている生気の補充のことも考えて稼いでいるから現行でも問題ないんだ。本人の意思だしね」
「なるほど」
確かに、荒稼ぎするならそのリスクに見合っているだけの稼ぎは行うだろう。そして何より、生気は人から人へと移すことができる。そういうスキルを持った人が、それを商売として行うことは認められているのだ。
もちろん、生気を取り出される側の人間の同意は必要だ。が、元々生まれ持った量と毎日生み出す量を考えて生気から導き出される人の寿命は百五十年ほどあるのに対して、肉体がそこまで持つことはまずない。ミリアのようにほとんどスキルのつかいどころのない人が、お金に困ってある程度の生気を売るということは珍しいがまったく行われていないわけではない。
それでも需要過多の市場のため、かなりの高額で取引されている。それを鑑みた上でそれでも稼げると判断した人ならば、生気切れで亡くなることはまずないだろう。
「でも、そういうわけじゃなくてただ人のために行ったような場合は、どうにかして政府が助けるべきなんじゃないかなぁって思ってる。特に、分別がつく前の子どもはね」
「子どもだって、学校で習うでしょ? それに、助けるって何年分助けるの? その費用はどうするの?」
特に、スキルが有用だと判断された場合は、有用なスキル持ちの子どもを専用に教育する学校に通うことを推奨される。そこは確か、受け入れ開始は六歳からだっただろうか。また、助けるとした場合でもその費用の捻出や、何年分の寿命までは政府が助けるのかなど決めることは山積みである。
「僕は、六歳じゃ間に合わないと思ってる。費用はどうにかするとしても、何年っていうのは結局答え出なかったなあ」
今さらりと費用はどうにかするとかいう恐ろしい言葉が聞こえた気がする。が、ミリアはそこには敢えて何も言わないことにした。予算の問題を意識しすぎていては何もできないのは確かだ。考えるのは最後でいい。そして、最大の壁になったりするのだが。
「アレン達で、答え出なかったんだ」
「時間オーバーでね。本来の寿命まで生きることができればそれで充分っていうのは一致した。でも、一度に本来の寿命の分まで政府が代わりに出して、後から代金を必死になって稼いで払ってもらうか、それとも分別がついて自力で稼げる年齢の分までにして、それからは自分で稼いで頑張ってもらうか、その二つの方法どちらがいいかで答えが出なかった」
「前者は優良なスキル持ちを政府が自由に使えるようになる代わりに初期コストがかかる、後者はコストは安いけど将来自力で稼がず死ぬ道を選んだら社会的損失が激しい、か」
結局政府が保護するなら、折り合いのつく年数を探すしかないのだろう。それに必要な思考量を考えるととても授業の時間内で終わるとは思えず、時間オーバーになるのも頷けた。
「まぁ、だから僕みたいに自分の都合でしか使えないようなスキル持ちじゃ、ミリアの知りたいことの答えは出せないと思うよ」
「それもそうね。長い間ありがと。アレンは今日の生気の使用量大丈夫?」
アレンはその言葉を言うために結構長い説明をしてくれた気がする。その説明も、明日に議論する身としては大変ありがたいものだったが。だが、これだけスキルを使って話していて、アレンの生気は大丈夫なのだろうか。
「なんで話しかけるの夜にしてると思う? 他で使ってても調節できるからだよ」
「ああ、なるほど」
言外に大丈夫だと言われてミリアは少しほっとする。流石に、自分の質問のせいで相手の寿命を削っていたり、リミッターを発動させてしまったりは申し訳がない。
「じゃあね、また明日」
「うん、今日はありがとう」
アレンはそれだけ言うとミリアの返事を聞いて遠話を切った。ミリアにとってはタイミングよく届いた遠話だったが、アレンの用事はなんだったのだろうか。十中八九ただ話したかったというようなものだろうが、先に聞いてしまったのは少し申し訳なく思う。
気は乗らないが、明日あったらもう一度しっかりお礼を言おう。ミリアはそう思いながら、アレンから聞いたことを参考にしつつ予習を再開した。
クールダウン兼次への前振り回
レティはリミッターが最も激しいタイプです。
そもそも使う前に体が止めにかかるため、リミッター自体の辛さは知りません。




