アレンの誕生日
春真っ盛りの四月の日差しは、窓越しでも外が快適な空間なのだと分かるほどである。ミリアはレティと共に図書室で読書しながら、この穏やで静かな時間がずっと続けばいいのにと考えていた。が、現実はそうそう簡単にミリアの思い通りにはならない。更に、ちょうど一年前に起こった出来事からして、今年も似たような状況になると考える方が妥当だった。
案の定、しばらくすると図書室の静寂をぶち破る存在が現れて、ミリアは自分の予想が当たったことに悲しみを覚える。
「や、ミリア。今日は僕の誕生日なんだ」
「うん、去年聞いた」
「えー、祝ってくれないの?」
「なんで私が祝わないといけないの。他に祝ってくれる人いっぱいいるでしょ」
「そりゃいるけどさ、ミリアにも祝って欲しいんだ。駄目?」
現れるなり早々、アレンはミリアに自分が誕生日だという主張を行い始めた。なお、ミリアに誕生日は祝うものだという概念を植え付けたのはアレンである。去年のこの日、誕生日だから祝いとして質問の数を増やして欲しいという要求を突き付けてきたのだ。
どうしたらいいか困惑するミリアに、レティが善意で行うことだからミリアが嫌ならそもそも祝わなくていいし、別の方法でお祝いをしてもいいんだよと言ってくれたことはよく覚えている。
あの時レティが側にいなかったら、不当に要求を呑まされていたため、ある意味図書室に突撃してきてくれてよかったのではあるが、目の前にすると面倒なことに変わりはない。
「一つ歳をとっても全然大人になっている気がしないんだけれど」
「えー、また一歩実務ができる年齢に近づいたんだよ。大人になってるって」
とりあえずミリアは皮肉を言ったが、まったくきいている様子はない。これだから、相手をするのが大変なのである。
「いや、誕生日祝いを自分から要求するのは大人としてはどうかと思うぞ」
後から転移してやってきたウォルトも、ここではミリアの味方のようだ。もっとも、そのどこかにまだ祝われ足りないのかという呆れが見え隠れしているのは気のせいだろうか。
「えー、ウォルトまでそう言う?」
「いや当たり前だろ……。そうだ、朝メアリーがアレンにお祝い言いたいって言ってたから、帰りにうち寄ってけ」
「うん、分かった」
ミリアが見ているウォルトとメアリーの兄弟の会話は、兄が妹に一方的になじられているものばかりであるため、普通の伝言を頼まれていることに少し驚いた。が、同じ家で暮らしていていつもいつもあの調子では大変だろうと思い納得する。もっとも、
「兄様、まさか伝え忘れたりなんてこと、あるはずありませんわよね?」
と、メアリーがすごくにこやかなのに笑っていない表情でウォルトに頼んだという可能性もあるのだが。
「で、ミリア。どうしても駄目? 僕もミリアの誕生日祝うからさ」
「私、誕生日知らないわよ」
「え? あ、そっか」
アレンがめげずにミリアにとってまったく得の無い提案をしてきたため、ミリアはそれを一刀両断できる事実を口にした。アレンは少し戸惑っていたが、ミリアの出生を考えれば当然だということにすぐに気が付いたようだ。
「知りたくは……、ないよね。知りたかったらとっくに調べて知ってるだろうし」
「知らなければ、実はアレンよりも生まれが早いっていう可能性も残るしね」
「……それは思いつきもしなかったな」
理解が早いアレンに、知りたくないことの新たな理由を作って答えると、その可能性はアレンも考慮外だったようだ。ミリアがレティと同じ組なのは、とりあえず次の入学組に入れられたためである。したがって、アレンよりも生まれが早い可能性は否定しきれるものではない。
「よし、じゃあミリアの誕生日決めよう。僕がミリアを見つけた、ミリアが初めて門の外に出た日。どう?」
これならミリアは僕より年下ってことになるしと思っていることは、口にしていないもののその目を見れば分かる。
「いや、決めるのは私だからね」
大変いい思い付きだと思っているアレンに対してミリアはそう突っ込んだ。まったくもって、相手をするのが大変な相手だ。否定したら不服そうにしながらも了承してくれるのだけが救いである。
そんなことを考えながら、ミリアは横で話を伺っていたレティの様子を見る。すごく申し訳そうな顔をしているのは、この間レティの誕生日に同じことを二人で決めたためだろう。レティはまったく悪くないんだけどなとミリアは思いながら、それ以後も適当な誕生日案を並べだすアレンの相手に追われることとなった。




