光を見つめる
最終的にミリアが連れてこられたのは、広場の脇にある時計台の上だった。女神様が今夜姿を現す予定の広場を一望できる高さの時計台である。当然、そこから見える眺めは広場だけではない。
「うわぁ……」
転々と連なる街灯の明かりが、延々と等間隔で続いている。光の点線はそこかしこで交差していて、それが非常に綺麗だった。
「綺麗でしょ。ここからだと、かなり広い範囲まで街灯が続いている様子を見られるんだ」
街灯は発光能力を付与された物を高いところに置くことで作られている。昼間は遮光しておいて、夜だけ周りを照らす仕組みだ。切り替えは、周りの明るさを判別する能力が付与された物が同時に配置されていて、それを用いて仕組みを工夫することで街灯が必要な暗さになったら自動的に遮光状態でなくなるようになっている。
それらが規則正しく配置された道に沿って並べられているのは、光の網が地上に張り巡らされているようで、ミリアは感嘆するとともに空恐ろしさも感じる。この光景は、支配者が全てを掌握しているからこそ作り出された美しさだ。民衆が逃れる術はただ一つ。死んだことにして門の中に逃げ込むことである。
だからこそ、為政者側に要求される知識と能力は高く、子どもの頃から将来のために勉強をさせられている。教育が徹底して行われているのはそのためだ。また、知識だけでなく民のために善政を敷くこと、そのために行わなければいけない覚悟についても徹底的に学ばされる。
故にミリアは支配者一族に対してこう考えている。結局どれだけ強権を持っていても、一族はランディックにとって民のために働く機関でしかないのだ、と。
ホットココアの上に乗せられた溶けかけのアイスを掬って食べながら、ミリアはただただ綺麗な光の羅列から、そんなことを思っていた。
「うん、怖いくらいに整った美しさ」
ミリアはアレンにそれだけ答えると、広場の中心に視線を移した。女神様が現れる場所は広場の中央、かつて女神様と初代王が不正な為政者を告発するために姿を現した場所である。現在では舞台がしつらえられていて、そこに女神様が毎年転移で現れるのだ。
広場には到底すべての人は収まりきらないので、あちこちに映像を映す能力が付加された板やガラスが張り付けられている。また、声は拡声されるためある程度離れた位置に居ても聞くことができる。
それでも、実際に女神様をこの目で見たいという人は後を絶たず、広場は既にぎゅうぎゅう詰めだった。だが、時計台の上は穴場らしく、人はミリア達を除いて誰もいない。そもそも、誰も時計台に自由に入れると思っていないのだろう。
ミリアと同じように、広場に目を落としながらアレンは言葉を発する。それを聞いて、ミリアは固まることになった。
「フィオナ、大丈夫かな」
「おい、アレン。まただぞ」
「あ」
フィオナとは、女神様の名前だ。門の外で会う人会う人、アレン以外は女神様と呼んでいる。それが普通なのだ。一緒に暮らしているアレンが名前で呼んでいることをミリアは知っていたが、それでも敬称はしっかりとつけていた。言った本人はやってしまったという顔をしているが、そこまで後悔している様子はない。しかも、ウォルトがまたと言っていることは、よくあることだということだ。
「だって、フィオナ様がそう呼んで欲しいって言うから。今ここ、ウォルトとメアリーとミリアしかいないし別にいいじゃん」
「俺とメアリーは慣れてるけど、ミリアはこの様子見ると初めてだろ」
ウォルトの言う通り、初耳である。女神様の性格がだいぶおおらかだということは前から予想がついていたが、まさか呼び捨てで呼んで欲しいとまで言っているとはミリアは思っていなかった。
「あそっか。毎晩話してた時にもう出てるものだと思ってた」
「フィオナ様って呼んでるのは知ってたけど、当時は一度も呼び捨てしてなかったでしょ」
「そっかー。つい話してる気になってた」
当時ぎょっとさせられた記憶はミリアにはない。こんなこと、忘れるはずがないのだから。そしてアレンは、ミリアにばれたことに対してあまり気にしていないらしい。確かに、ミリアにわざわざ吹聴してまわる気は一切ないが。
「気を付けないと、呼び捨て聞かれちゃいけない人に聞かれるんじゃない? 特に今は外なんだし」
「うん、気を付ける」
うっかり、民の前で呼び捨てにしてしまった時が危ない。誰よりも女神様を信望しているはずの支配者一族が呼び捨てである。問題になることは間違いない。
「ミリアは、アレンと毎晩お話をしていたのですか?」
「うん、入学からしばらくの間、門の中について知っていることを聞かれてた」
「ああ、なるほど。分かりました」
メアリーは毎晩話していたという点が気になったらしい。それがどうも少し羨ましそうに聞こえて、ミリアはおやと思う。ひょっとしてメアリーはアレンのことが好きなのだろうか。好きになる理由など、メアリーにとってはいくらでもある。むしろ、納得するぐらいだった。
「それで、ウォルトとメアリーはアレンと従弟なら、女神様に会ったことはあるの?」
「いや、アレンの家はその家の住人以外入ったらダメだから、俺たちは会ったことはない」
「会う時はいつも、アレンの方から家を訪ねてくれます」
家に行ったことがあるなら、会ったこともあるだろうと思っていたので二人の返答は予想通りだった。だとすれば、メアリーが毎晩話していたと聞いたとき、羨ましそうにした理由も分かる。メアリー側からはアレンに連絡を取ることができず、会う時も話す時もアレンからであれば、毎晩連絡をもらえていたなど羨ましい限りだろう。
「僕の家は特殊だから仕方ないんだ。さ、そろそろフィオナ様が出てくる時間だよ」
散々信望されている女神様と暮らしているという時点で、特殊な家なのは分かっている。では、その女神様はどのような人なのだろうか。もうすぐ現れるのが待ち遠しい。民衆の前で素の性格を晒すことはないだろうが、それでも何を話すのかはミリアの関心が高かった。




