喧騒から離れて
街への出入りの仕方をしっかりと確認して、ミリアは夕方家を出た。道が繋がっていないため、転移盤でしか街への出入りはできないのだが、その転移盤の配置が非常にややこしいことになっているのだ。うっかりして迷うと、戻れなくなる可能性もある。
まったくもって、どうして自分が一年前、ここに一人記憶を失って立ち尽くしていたのか、いまだミリアには見当もついていない。けれど、それでいいのだろう。覚えておくべきことなら、忘れてしまうはずがないのだから。
しばらくややこしい配置の転移盤を乗り継いで、ミリアは街に出る。見た目で支配者一族だとばれないように、外見は目の色だけ偽装している。青い髪に青い目の、寒さを物ともしない軽装の少女が今のミリアのいでたちだ。
そんな姿の少女は街中に出た瞬間、雑踏の中に紛れ込んだ。ミリアが出た場所は大通りの一本脇の道である。人が絶えず行きかっているのは、この機に儲けようとする商魂たくましい人々が呼び込みを行っているからだろうか。
すごく懐かしいにとらわれたのは、門の中の大通りの賑わいと被ったからだ。もっとも、門の外で最大の賑わいが祭りの時期だとすれば、普段はもっと落ち着いた通りなのだろう。
そう考えながら、ミリアは頭に叩き込んだ地図を思い起こし、目的の場所に向かうことにする。色々な場所を見て回る予定なのに、ぼんやり立ち止まっている暇はなかった。
住宅街には、人がほとんどいなかった。たまにすれ違う人も急いで祭りの会場へ向かっているらしく、皆慌ただしそうにしている。なんというか、普段の様子というものが見たくて街へ出るのを楽しみにしていたのに、これでは全然参考にならない。
「ある程度は覚悟していたけど、ここまでかぁ……」
距離が障壁にならないせいで、ほとんどの人が祭りの会場に向かってしまっている。たまにまだやっている店を見かけたりもするが、明らかに閉店準備中で女神様が現れる時刻には祭り会場に移動していそうだ。
普段の街の様子を見たいなら、何もない平日に出かけるしかないということらしい。ミリアは人の様子を見るのは諦め、町並みだけを意識的に見るようにした。人は祭りで浮足立っていても、町並みは通常と変わらない。
茜色の光に照らされる町並みは、整然として存在していた。規則的に真四角の区間が延々と並んでいる町並みは地図で見た通りである。門の中など適当に空いた土地に道を作ったということがよくわかるくらいごちゃごちゃしているというのに、壁一枚隔てて世界は大きく変わっている。
歩いても歩いても同じような建物が続く住宅街を、ミリアは興味深く眺めながら歩く。そんな時だった。
「おい、祭り前にこんなところで何をしているのだ!」
急にかけられた声にミリアが振り向くと、そこには同じ年頃の男の子がいた。目に眩しいほどの橙色の髪に、そこから少し彩度をさげたやはり橙の目の少年である。手には大きな袋を持っていたがそれも髪と同系色の橙だ。夕焼けよりもよっぽど鮮やかなその色彩に、ミリアは思わず目を奪われた。
「えっと、散歩を」
ミリアは嘘は言っていない。なんだか疑われているようだが、どうしたらそれは晴れるだろうか。身分をばらせばすぐに解決するだろうが、それはよっぽどの場合でないと行ってはいけないと言われている。
とりあえず、無難そうな返事をしてみたが、少年の目はまだ疑いに満ちている。やはり、適当なことを言っては信じてはもらえないらしい。
「皆、祭りに行っているのにか。物好きだな」
「それをいうなら、あなただって物好きでしょうに」
よくよく考えれば、祭りから離れて住宅街を歩いているのはお互い様である。ミリアだけ、疑いの目を向けられるいわれはないはずだ。
「そうだな。僕は物好きだ」
「へ?」
「女神様の言葉を直接聞くより、ここで散らかっているゴミを拾う方がいいと考えているのだから、世間からすれば物好きだろうな」
物好きだと肯定されてミリアは更に続けようとしていた言葉を失った。少年はそんなミリアを気にせず、自分の主張を述べる。
「ゴミ、拾い?」
「ああ。この道は大通り間の転移盤が混んでいる際の迂回路になっていてな、どうしても浮かれている人がゴミを落としていってしまうのだ」
ミリアが不思議そうに尋ねると、少年は更に説明を加える。よくよく見れば、確かに色々と落ちている。町を綺麗にとはいうものの、実行できない人は世の中からいなくはならないらしい。
「確かに、いろいろ散らばってるのね」
「この辺りに住んでいる人間の迷惑も考えてもらいたいものだな」
「あなたはこの付近に住んでいるの?」
「いいや。ゴミが多い場所だから来ているだけだ」
お祭りもいいことばかりではないらしい。人が沢山いる大通りや、そこに繋がっている転移盤の周辺は政府からも掃除が入るだろうが、こう言った知る人ぞ知る抜け道までは手が届かないだろう。
「それで、君はどうしてこんなところに一人でいるのかね」
「ただの散歩。本当。何か悪いことをするつもりなんてない」
「……何もする気が無いのは事実のようだな」
少し観察した後、少年はミリアを信じたようだった。一人で歩いていたという点以外に不審な点がなかったのと、声を掛けられてもミリアが堂々としていたからだろう。こういうタイプの相手には、下手に慌てる方が疑われる物なのである。
「分かってくれたなら、それでいい」
「ところで、祭りに興味がないのなら手伝っていかないか?」
「私が?」
思わぬ声を掛けられたが、それもいいかもしれない。祭りの会場に向かっても、女神様が出てくるまではまだ時間がある。ならば、ここで時間をつぶすのもありだろう。
「いいよ。手伝ったげる」
ちょっとした時間つぶしのつもりで、ミリアは承諾の返事を返した。




