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退屈しのぎ

 ふわふわとしたまどろみから目を覚ますと、ミリアの体調はすっかり良くなっていた。熱が引いたのが自分でも分かる。窓の外を見ると空が赤く染まっており、夕暮れ時だということが分かった。今日の授業はとっくに終わっているだろう。


 かといって、授業中に目が覚めたとしても学舎に行けるわけではない。症状がおさまっていても、生気(エルグ)の淀みは完全には収まっていない。正常な流れに戻り切っていない余波がしばらくは残っている。これは他者にうつす可能性が高い状態であることに変わりはないため、症状が治まってからも一日はできる限り他者と接触しないことが肝心である。


 体調事態は回復したためミリアはベッドから起き上がり、図書室から借りていた本を引っ張り出した。それを持ってベッドの上に今度はうつ伏せに寝転ぶ。一人で暇な時間を過ごすなら、本を読んで知識を身に着けるのがいい。そう思って、ミリアは読み始めたのだが。


「昨日の私、なんでこれ借りてきたんだろ……」


 ミリアが読んでいるのは神に対する人々の考え方の歴史である。門の外(オーダルー)生まれの者にとっては、なんなく読み取れる内容なのだろう。だが、門の中(ヘイブンクラウド)で育ったミリアには、女神が唯一絶対という感覚が非常に薄い。


 門の外(オーダルー)ではそういう神様が祀られているのか、という知識だけの存在である。従って、著者が女神の敬虔なる信者である本の内容を読み解くには、信仰心を解説してくれるガイドが必要だった。


 昨日借りた時は、家でレティに手伝ってもらう予定だったのだが、病気をうつすことを考えたら頼むことはできない。次からはこういった事態になることも考えて借りる本を選ぼう。そう覚悟しても、現状では後の祭りである。


 読み進めても、さっぱり意味が分からない。書いてある文章は読めるのだが、内容が理解できないのだ。困ったところで、読み取れるわけもなくミリアは読むことを諦めることにした。


 枕元に本を置き、うつ伏せから仰向けになる。暇だし寝なおそうか、だが起きたばかりで寝付けるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた時だった。


「やあミリア、目が覚めたみたいだね」


 頭の中に直接響く声。アレンの遠話である。ちょうどミリアが起きて、退屈し始めていた時に話しかけてくるというタイミングの良さだが、発言が少し引っかかる。目が覚めたみたいだねということは、眠っていたことを知っているということだ。


 病気で休んでいるということはレティから伝わっていて、それで薬を飲んで眠っているというのは類推可能である。だが、アレンの口ぶりはミリアがほんの少し前に起きたということを知っているようだった。


「……なんで私が少し前に起きたこと知ってるの?」

「定期的に話かけてみてたからだね。眠ってる時はそもそも繋がらないからミリアは気づいてすらいなかっただろうけど」


 遠話が繋がっていないのに、話そうとしていたことに気づけるわけがない。それにしても、アレンはそこまでしてミリアに何の用だったのだろうか。最近では、いつ許可を取り消されるか分からない遠話よりも、直接話して説得する方に比重が寄っているのでミリアは不思議に思う。


「いや、目が覚めたらミリアすっごい暇になるんじゃないかなって思って」

「……アレンにしては、気が利いてるじゃない」


 確かに暇だった。いや、借りてきている本の内容が一人で理解できる内容だったら暇ではなかったが、アレンは昨日図書室でミリアが借りた本のタイトルを把握している。一人で読めず、暇になっているだろうことは予想がつくだろう。


「僕なら顔を合わさなくても話しできるし、暇なら話し相手になるよ」


 アレンに対して病気をうつしたとして、ミリアが気に病むことになるのかは別問題として、確かに遠話ならうつす心配はない。ミリアは遠慮なく暇つぶしに使わせてもらうことにした。流石に、病み上がりの人間に対して勧誘は行わないだろうという判断もある。


「じゃあさっそく、一つ聞いてもいい?」

「うん、何?」

「女神様への憧憬って、どう解釈すればいいの? 普遍的にランディックに暮らすすべての人が抱いているって書いてあるし、読み手全員がそれを持っているっていう前提で書かれてて内容がさっぱりなんだけれど」


 分からなかったことをぶつけてみると、すぐに返ってくると思っていた返答がなかなか返ってこない。遠話自体は切れてはいないので、アレンが返事を考えているのは確かなのだが。


「えっとね、ミリア。僕に答えることはできるけど、たぶん一般論とは少しずれてると思うんだ。僕はフィオナ様と小さな頃から接してきたから」


 アレンの家は、女神フィオナ様を祀る家だ。一緒に暮らしているため、世間一般の感覚とはずれが生じているというのは、確かにおかしいことではない。が、それはつまりミリアの手元にある暇つぶし手段が使えなくなったということと同義である。


「じゃあ無理かー。女神について色々知りたいけど、アレンの家の仕組み聞いても学舎卒業までは教えられないの一点張りだしね」

「うっかりまだミリアが知っちゃいけないことまでこぼしちゃいそうだから、一切話さないことにしてるんだ。ほら、あと四年半だし」

「私のこれまでの人生の三分の一より長いからね」


 待てとアレンは簡単に言うが、ミリアにとってはとても長い。だが、アレンはこともなげにこう言い放った。


「え、後四年半くらい少しでしょ。僕はもう七年待ってる」

 学生のうちは、開示される情報が大人たちに比べて制限されている。主に、どうしても減らせない平穏の犠牲になった人々の資料だ。知らせてもいい人の前でしか話さない。それができると判断される年齢が、学舎卒業の十五歳である。アレンはその時を、四歳の頃からずっと待っていたというのだろうか。


「僕はね、一人でも多くの人に平穏な暮らしを送って欲しいんだ。卒業すれば、門の中(ヘイブンクラウド)の資料を閲覧できるようになる。その資料を見たら、どれだけの人が門の中(ヘイブンクラウド)に暮らしていて、その人たちが平穏な暮らしをするために行うのに必要なことが判明するんじゃないかって思ってる」

「まだ、諦めてなかったんだ」


 どうやら、本当に四歳の頃から待ち焦がれていたらしい。ミリアが現れた時質問攻めにしたのも今ならなんとなく理解できる。思わぬところから情報源が現れたら、頼ってみたくもなるだろう。


「併合は駄目だってミリアに言われたけど、少しでも多くの人が安全に暮らせるようになることは止められてないからね」

「その考えを持っていない人に政治は任せられないでしょ」


 民のことを考えよ。まず真っ先に叩き込まれた概念だ。自分たちの判断で、民衆の未来が左右される。だから、なるべく多くの民が平穏に暮らせることを最優先にする。それが一族に徹底して教育される概念である。


「僕は諦めたくないから、なるべくたくさんの人に平穏を届けたいんだ。ミリアは、協力してくれる気ないみたいだけど」

「私の力なんていらないでしょ」

「ううん、必要だよ」


 強引ではないが、話の流れで勧誘されてしまった。適当な断り文句をアレンに伝えるが、アレンはやはり引く気がない。


「勝手にそう思うのはいいけれど、私は手を貸さないからね」

「うん、いいって言うまで待つね」


 まったくもって、アレンは諦めが悪い。でも、だからこそこれまで必要経費として割り切って見捨ててきたであろう門の中(ヘイブンクラウド)にも平穏を届けようとしている。アレンは何を目指しているのか。それは酷く簡単だが高潔なもので、ミリアにとっては目を逸らしたくなるようなほどに美しいものだった。


 もうこの話は止めよう。そう思ってミリアは話題を別の物に変える。アレンもミリアが病み上がりだからか、いつものような勧誘はそれ以上行わず、ミリアが変えた話題に乗って話し始めた。

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