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無茶が通る人

 翌日、いつものようにミリアはレティと図書室に来ていた。しばらくは、静かな読書に集中できる時が流れる。だが、あらかじめミリアが予想していた通りに、その時間は長くは続かなかった。


「あ、やっぱりミリアここにいた」

 図書室の静寂を破るのは、いつだってアレンだ。すこぶる楽しそうな様子だが、ミリアは全然楽しくない。昨日のことを思えば、再び勧誘しに来たと考えるべきだ。そして、諦める気がないと言っていたからには、ミリアが頷くまでずっと続ける気なのだろう。


 アレンの後に続いて図書室に入ってきたウォルトも止めてくれればいいのにと思う。もっとも、アレンが事情を話していなければ、ウォルトもなぜアレンが今日ミリアに会いに来たのか知らないだろうが。


「アレンのお世話係なんて、私はやらないからね」

「えー、駄目?」

「嫌だって言ってるでしょ」


 こういう会話がずっと続くのかと思うとこれからが憂鬱になる。アレンが諦めが悪いことは、ミリアは既に嫌というほど知っているのだ。


「目的がよりよい政治なら、ミリアは普通に手を貸してくれるよ? それじゃ駄目なの?」

 あらかじめ事情を話しておいたレティが口添えをしてくれた。


「僕がそれが正しいって思っていることを止められたのはミリアが初めてなんだ。だから、普通じゃ足りない。だから、ミリアの力が欲しいんだよ」

「ミリアは、たまたま止められるだけの知識を自分が持ってただけだって言ってた。なら、その時々で必要な知識を持っている人を探した方がいいんじゃないの」


 あらかじめレティに話しておいてよかったとミリアは思う。こうやって、代わりにアレンの相手をしてくれるのだから。ミリア一人では、正直言って非常に重たいのだ。ただ知識を教えるだけならともかく、説得しようとしてくるアレンに対して拒絶を続けるのはひどく疲れる。


「レティはこう言ってるけど、ウォルトはどう思う?」

「正論を言うだけでアレンが止まるなら、俺が今まで味わった苦労ってなんだったんだろうな……」


 そのウォルトの言葉をミリアは意外に思う。アレンの言うことは何でも賛成なのかと思いきや、そうではない時期もあったらしい。


「僕だと実例が思い浮かばないから、ウォルトに来て説明してもらおうと思ったんだ。じゃあ、よろしくウォルト」

「とりあえず今日だ。コレット・コールドウェル。お前は今日アレンがここに来る時、俺を連れてくると思っていたか? そういうことだ。アレンは最終目標への道なら、多少荒っぽくても突き進む上に」

「……あなたが勝手についてくるということなら考えていたけれど」

「どういう意味だよ」


 レティも意外に思ったようだが、ミリアもアレンがわざわざ声をかけてウォルトを連れてきたのが意外だった。いつも通り、ただ一緒に居るだけだと思っていたのだ。相手は考え方が違うこと、これを理解して二人とも険悪ではなくなったが、わざわざ接触させる必要はないというのに。


「まあまあウォルト、他にもたくさんあるんでしょ?」

 アレンの言葉を聞いた瞬間のウォルトの感情がミリアには理解できてしまった。元凶が何を言っているんだ、である。二人が従弟だということは、入学前から色々な交流があったのだろう。それは、つまりその分散々アレンに振り回されてきたというわけで。

 ひょっとして、二つ返事で了解が得られるというのはとっくに諦めきったからではないのだろうか。


「覚えてる限り最初だと、腹を空かして庭に迷い込んできた動物におやつを分けてたことだな。自分だけならともかく、俺とメアリーも巻き込まれた。餌やると居つくぞって言ってもお構いなしでだ」

「だって、放っておけないじゃん」

「そりゃ、お前の家じゃないんだから居つかれても困らないよな」

「でも、一匹も居ついてないでしょ?」

「確かに、本当に必要な奴にしかあげずにいたら、動物も最終的に学習したな。だけど、それまでどれがどれだけ大変だったと思ってるんだ」


 なんというか、聞いているだけで大変だったんだろうなぁとミリアは思う。数カ月でこれだけ疲れているのだから、何年も従弟をやっているのはどれだけ大変なのだろうか。


「この間の入学の日の花火だって、アレンがやりたいって言い出したからな。気づかなかったらどうするんだって言っても、絶対気づくから大丈夫の一点張りだったし」

「実際、気づいてくれたじゃん」


 そして、アレンの無茶は決して悪い方には転んでいないのだろう。だから、なら今回も大丈夫かと、二つ返事で了承するようになるのも分からないでもない。


「なんとなく分かったからもういい……」

 聞くだけで様子が頭に浮かぶのはなぜだろうか。アレンを止めるのが大変だということは分かった。だが。

「でも、私は手伝ったりしないからね」


 そもそも、最初の勧誘の言葉が気に入らない。僕のために生きて欲しいなど、大げさだ。そんなこともあって、ミリアはやはりアレンに手を貸す気はなかった。


「うん、そうだよね。長期戦は覚悟してる。あ、でも、心変わりはいつでも受け付けてるよ」

 アレンは断られてもさほどがっかりしていなかった。結局予想の範囲内なのだろう。むしろ、なかなか靡かないミリアを見て楽しんでいる節もあるのではないだろうかという印象さえミリアは受けている。


「今日はこれでいいや。また明日ね」

 そう言って、アレンは図書室から去っていく。後には、ウォルトとミリアとレティが残された。


「あれ、ウォルトは戻らないの?」

 いつもなら、アレンの後を追って一緒に出ていくウォルトが残っていたのでミリアは驚いていた。


「ああ、俺から一つだけ、言いたいことがある」

 その言葉を聞いたミリアは、何か、酷く嫌な予感がした。聞いてしまっては戻れないような、そんな内容だと。


「アレンは、今まで本当に誰の言うことにも耳を貸していなかったんだ。それが全部、結果的にいい方向に転がっているが、いつ悪い方に転ぶか分からない。だから、気が向いたら止めて欲しい」


 いつにない真剣な表情で、ウォルトはそう言う。無理を承知でお願いする。そういう態度に出られると、ミリアも無碍には扱えない。それになにより、その言葉が真実なのだと分かってしまっていた。


「明らかに間違ったことをしようとしていたら止めるって約束はしてる。それで十分じゃないの?」

「アレンが十分じゃないって考えてるってことは、十分じゃないんだろ。止められるのはアレンなんだから」


 それだけ言うだけ言って、ウォルトは図書室を出るために歩き出す。

 ミリアはそれをただ静かに見ていた。休憩時間はまだ時間がある。


「さ、レティ、続き読も」

「うん、そうだね」


 再び静かになった図書室で、ミリアとレティは読書を再開した。ミリアは、先ほどまでの会話をできるだけ早く忘れてしまおうと努める。

 ウォルトが言っていたことの真の意味をミリアが知るのは、もう少し先のことになる。


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