惚れ込んだ理由
これまでミリアが見てきたアレンの行動は、予想外ではあったものの理解できるものだった。ならば、今の発言にもきっと順当な思考の末に導かれたものなのだろう。そうは、思うのだけれども。
自分のために生きて欲しいなんて、これまでの会話からどうしたらそんな思考が出てくるのだろう。ミリアは、アレンの主張を粉々に叩き切っただけだというのに。
「何度だって言うよ。僕は、ミリアに僕のために生きて欲しい」
「……うん、それはもういいから、どうしてそんな思考が芽生えたのか教えてくれないかな」
ミリアに理解されていないと思ったのか、アレンはもう一度同じことを言った。いや、言葉の意味は理解できているのだ。そこにたどり着いた思考回路がまったく分からないというだけで。それを言葉にしたところ、アレンは説明を始めてくれた。
「僕はね、今までたくさんの人を説得してきたけど、説得されたことは初めてだったんだ」
その言葉で、ふとミリアはアレンが校長からミリアの情報をある程度入手していたことを思い出す。本来言ってはいけないことだというのは、アレンがミリアにまずその知識を聞いて、帳尻合わせをしていたことから察することができる。当時は校長の口の軽さに呆れたが、むしろアレンの説得力に感心するべきだったのではないだろうか。
「僕の力になってくれる人はたくさんいる。でも、僕が間違った方向に進んだ時に止められるのはミリアだけだ。僕の隣で、僕が間違っていたら止めてくれないかな」
ミリアにしかできないことがある。だから力を貸して欲しいということらしい。言いたいことは理解できた。だが。
「それは、たまたま私が他の人が知らない事実を知ってたからでしょ」
ミリアが今回アレンを説得できたのは、説得できるだけの材料を持っていたからに過ぎない。ミリアが持っている知識を持っている人が他にもいたら、その人にもアレンを説得できるはずだ。
「……そんなこと、ない」
それを伝えたところ、きっぱりと否定された。そしてさらに、明確な言葉で告げられる。
「僕は、ミリアじゃなきゃ説得されてなかった」
その自信はなんなのだろう。初めて説得されて、他の人間には説得されるはずがないという思い込みからなのだろうか。そんな自信、これから先の人生でいくらでも崩れる機会がありそうだが。
「断る」
「えー」
受ける理由がないので、ミリアは端的に断った。返ってきた返事はとても不服そうだが、この結果は最初から想定内だったようで、その思った通りという表情が気に入らない。
「……なにか、明らかに間違ったことしでかしそうだったら止めてあげるから」
ちょっとは意趣返しになるだろうかと、ある程度の譲歩を提案する。もっとも、一族内で間違った施策を行おうとする人を見つけた際に止めることは義務のようなものだが。
「うん、今はそれでいい。そのうち、ミリアに放っておけないって思わせてみせるから」
ミリアは、なんだかとても不吉なことを言われた気がした。見ればアレンはとても楽しそうな笑顔をしている。どうやら、ミリアの譲歩も狙い通りだったらしい。
「ひょっとして、最初からこれが狙い?」
「いや、ミリアに僕への関心を持ってもらって、何かあったらすぐ止めてもらうってのが最終目標だよ」
「だったらなんで」
「だって、僕を説得できる人が、そんなに簡単に僕の説得されるはずないって分かってたから」
言われればその通りである。だったらいっそ、適当な同意でも返しておけばよかっただろうか。
「ミリア、僕は言葉だけの同意は求めてないよ。ミリアが心から僕が考えていることに関心を持ってくれるようになるまで、いつまでだって待つから。そうじゃないと、意味がない」
だが、その方法も無意味だと次のアレンの言葉で分かる。どうやら本気でミリアの協力が欲しいらしい。
「本気で口説き落とすつもりだから、覚悟しててね」
これ以上ないくらいに楽しそうに放たれた言葉を聞きながらミリアは思う。アレンからの呼び出しは、やはりとても面倒なことになった、と。だが、たとえ昨日約束しなくても、いつか二人きりで話すことになるのは目に見えている。早いか遅いかだけの違いだ。
屋上に上がった時にはまだ青かった空も、今では赤く色づき始めている。茜色に染め変えられていく空は、ミリアの眼には染められるまいと抵抗しているように見えた。
アレンにとっては、本当に初めての出来事でした。
道理を無茶で通してきた子なんです。




