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高い理想は人を動かす

 ここ数日の間主にアレンのせいで賑やかだった図書室だが、一区切りがついたおかげで昨日からいつも通りの静かな場所に戻っている。ゆっくりと本を読むことができるのはやはりいい。今日ミリアが手にした本は、民話や伝承をまとめたものだ。


 門の外(オーダルー)の子どもたちは親に語り聞かせられるありふれた物語ばかりだが、幼い頃のミリアにそんなことをしてくれる人はいなかった。よってすべてが目新しい。


 物語を楽しむための最低限のエッセンスだけを抽出し凝縮したそれらは、知識目的でなくとも面白く、どれも語り継がれるのが納得のものばかりだった。


 ランディックの外を夢見て冒険して、長い旅の後遂に他の陸地を見つけた男の物語を読み終わったところで、ミリアはふと視線を感じる。いつもなら、隣で黙々と自分の読書を進めているレティが、今日はミリアを伺うようにじーっと見つめている。


 ミリアの視線に気が付いたのか、慌てて本に視線を戻すが既にその動きでばればれである。そういえば、レティは入学初日に語られた三百年前の物語について詳しかったことをミリアは思い出す。


「ねぇ、レティってひょっとして、昔話とか好き?」

「えっ! あ、うん」


 急に話を振られたことに驚いたようだが、すぐに肯定の返事が返ってきた。すごく、楽しそうである。どうやら、かなり好きらしい。


「ミリアは、どんな感想を持った? その、『船は壊れぬ』とか」

 『船は壊れぬ』は今まさにミリアが読み終わった物語だ。絶対に無理だと言われていた、ランディックとその周辺以外の陸地を見つけて、そのまま移住した一人の男性の半生を描いた物語である。


 ランディックは一つの大きな島と、その周辺の小さな島々で構成されている。そして、今まで幾度も海の向こうに他の陸地があるのではないかと考えられ調査として海に漕ぎ出したが、成果は一つも得られていない。


 むしろ、諦めて帰還するより先に、まっすぐ進んでいたはずなのに出航した港とは真逆の位置に帰り着いたということが起こっているため、他の陸地は存在しないものだと考えられている。


 故に、諦めなければ不可能は可能になるのだという教訓として、この物語は伝えられていた。もっとも、現実としては一向に他の陸地が見つかるとは思えない状況なのだが。


「諦めないことが成功の秘訣って言っているけど、諦めなかったせいでかなり周りに迷惑与えてるなぁって」


 ありきたりの諦めないことは大切だという感想もつまらないだろうしと、ミリアは無難な感想ではなく思ったままの正直なことをレティに伝えた。新しい土地が見つけるからと、主人公が口説き落とした人は多岐に渡る。たくさんの人を巻き込んで、結局自分だけその土地で暮らすことにした。彼の成果を期待して、援助をした人にとってみれば大損だろう。


「あー、そうだね。結局、帰らなかったんだもん。成功報酬、払えてないから彼を助けた人はなんの得もしてないね」

 レティには、ミリアの感想は予想の範疇だったらしい。ミリアらしい感想だなぁと言いたげな顔で言葉を返す。そして、さらに続けてこう言った。


「でもね、きっと、助けた人は見返りなんて期待してなかったと思うなぁ」


 確かに、期待はしていなかった。誰も彼も、主人公の熱意に動かされて、そうして援助を行うことを決めたのだ。やっぱり不可能でも、これだけやりたいというのならやらせてみよう、と。


「そうなんだけど、なんだか、裏切りみたいだなぁって」

「ミリアらしいなぁ」


 だとしても納得がいかないのだと伝えると、とうとうそう言われた。だが、レティは楽しそうにこう続ける。


「協力した人は、責めないよ。だって、分かっているもん。主人公が、そういう人だってこと。勝手で、理想だけは高くて、でもなぜか憎めなくて手を差し伸べたくなる、そういう人だってこと」


 読み込んでいるレティの解釈を聞いていて、ふと一昨日まで散々引っ掻き回してくれていたアレンのことを思い出す。先日、レティとウォルトの仲違いを是正するために取った行動など最後の一つを除いてすべて当てはまっている。ミリアが手を差し伸べるまでもなく解決させたので抗議をする理由を得ることもできなかった。


「この主人公、最初に小舟で準備もせずに飛び出そうとして止められてるでしょ。そのまま飛び出しても死ぬだけだって。その人はその後色々と彼が出航準備を整える準備に付き合わされる訳だけど、文句を言いながらもずっと手伝っていた。唯一主人公はその人にだけは陸地を見つけた時にありがとうって言葉を送ったんだけど、その時のその人の言葉はなんだった?」


 レティの解釈の説明はさらに続く。問われたのは、物語のラストシーンの台詞だ。主人公をずっと助けてきたその人は、ありがとうという言葉を受け取って、こう呟いたのだ。


「ああ、お前はそういう奴だったな」

 その一言で物語は閉じられる。だからこそ、ミリアは裏切ったようだと思ったのだが。


「うん、この一言の解釈は色々な説があるんだけれども、私としては呆れを含みながらも夢をかなえたことに対する祝福が強いと思うんだよね」

「そっか。さ、そろそろ時間だし戻ろ」

「え、もうこんな時間!?」


 いつになく饒舌に語るレティだが、そろそろ教室に戻る時間だ。楽しそうだったのでもう少し話をさせてあげたいところだったが仕方がない。また空いた時間にでも話を振れば、喜んで話してくれるだろう。

 レティが楽しそうなのを見るのは、ミリアとしても嬉しかった。

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