生まれついて決まっていること
今回、ウォルト視点です。
昨日の夜は散々だった。というのも、アレンがメアリーに昨日までの間にウォルトと今年の武術大会優勝者との間に起こったことを全部ばらしたせいだ。メアリーには色々と言われたが要するに言いたいことは、
「兄様は馬鹿ですか! 私たちに躊躇せず相対できる人が何人いると思っているんです?」
ということらしい。
ウォルトだって答えは分かっている。現状、アレンとコレット・コールドウェルだけだ。知っているから、負けた悔しさと同時に憧れともいえる感情を覚えた。自分よりも、強い信念を持った相手がいるのだ、と。
その実態が臆病だからとにかく身を守る力を得るために努力した、である。失望したっていいだろう。ウォルトはそう思っているのだが。
「兄様が勝手に失望するのはいいですけれども、私は違いますからね!」
そうやって言うだけ言ってウォルトの部屋から出ていった妹を、彼はぼんやりと見送った。自分たちだけに恐怖を覚えるのではなく、すべての人に等しく恐怖を感じているのだと言っても意味がなかった。同じ扱いをしてもらえるだけで十分だ、と。
もっとも、ウォルトとメアリーで考え方が変わるのは仕方がないことかもしれない。人生の半分くらいは生まれ持ったスキルで決まると言っても過言ではない。二人とも、生き辛い破壊系統に分類されるスキルだが、ウォルトのスキルは色々と応用がきく。だが、メアリーのスキルは本当に人を害することに特化していて、まず間違いなく一生使うことはないだろう。
逆に恵まれすぎても人に命を狙われたり攫われたりと難儀な人生を背負う可能性が高くなる。まったくもって、命の価値は不平等だった。
そうやって昨日のことを色々と考え込んでいたところに、アレンが話しかけてくる。今は一日の授業が終わったところだ。議論が白熱した結果、大幅に終了時刻をオーバーしている。元凶は主にアレンだが、全員それに乗っかって議論に花を咲かせて楽しんでいるのが毎日の光景だ。
「で、ウォルトは何考え込んでたの?」
「アレンがメアリーに昨日までの顛末全部しゃべったせいだろうが。なんで言ったんだ」
「だってメアリーにレティのことで分かることがあるなら何でも教えて欲しいって言われてたから」
我が妹ながら色々と分かっている。ウォルトに聞いても何も教えてくれないと分かっているあたりが特にだ。まだ八歳だというのに、末恐ろしい。ウォルトはそう思いながらため息をついた。
「あー、分かった。アレンがその話を聞いたメアリーが一方的に俺をなじりに来るのを分かってて敢えて伝えたんじゃないってことは」
「頼まれてなくても、今回のことはメアリーには話したと思うけどね」
「おい、アレン」
にこやかに言い切ったアレンを非難がましい目で見る。結局言うのかよとも思うが、つまり非難されろと言うことだったのだろう。
「どういう考えを持って、どう生きるかを選ぶのは人それぞれ。なのに、勝手に期待したウォルトが悪い」
「……分かってる」
「僕はね、レティのスキルなら別にあのまま警戒心を抱えて生きていくのはありだと思ってるんだ。実際、昔町で仕事をしていた契約保障の人たちは皆護衛を雇っていたわけだし。それを掻い潜って殺せる相手なんだから、警戒しすぎて足りることはないよ。ただ、あそこまでいくと本人が疲れるだろうから、もう少しくらい気を抜いてもいいとは思ってる」
要するに、認めないのはウォルトの勝手だが自分は認めていると言いたいらしい。確かにありなのだろう。ただ、どうにもウォルトは認めたくないのだ。ウォルトは、守りたい人のために強くなろうと決意したのだから。
そんな会話をしていると、突然教室の隅に置かれた転移盤の上に小さな人影が現れた。浅い緑の髪に黒の目で、歳はメアリーよりも下の男の子だ。まだ四人全員残っていた教室の中で、子どもは自分と同じ髪色のスーに駆け寄りながらこう言った。
「姉様、遅かったのでお迎えに参りました」
駆け寄られたスーはその存在に困惑したようだが、駆け寄ってきた体はしっかりと受け止める。
「ナサニエル、学舎は入学前の子供は来てはいけない場所ですよ」
「私はどうせ学舎に通うことはないので、その例には当たりません」
そして、しゃがんで目線を合わせて優しくそう言ったが、子どもにあっさりと言い負かされている。
スーの弟の話は聞いたことがある。そして、学舎に通うことはないということで確定だ。彼の名前は、ナサニエル・ブラックロード。一族の中で次に王になることが決められている後継者である。
一族内で実質的に一番強い政治決定権を持っているのは元首だ。元首は一年に一度一族内で選び、その選定方法は成人した一族全員が誰が一番元首にふさわしいかを挙げ、最も数多く名前を出された者が元首になるというものである。その選定の際、誰がふさわしいと思うかについて嘘をつくことはできない。嘘の通じない質問者が、その問いかけをするからだ。
知覚スキルの中には、人の頭の中を覗けるスキルがある。そのスキル持ちが年に一回ふさわしいと思う人が誰かという意見を集めることで、確実に正確な情報が得られる。そうやって、年一回の元首の選定は行われている。
この方法により、常に一番ふさわしい者が政治の実権を握ることになるが、一つ問題がある。毎年毎年変わるわけではないが、それでも国民にとって女神様に政治を任されている人がしょっちゅう変わるのは不安を煽る。前行っていた者に戻ることもあるのだ。故に、王は絶対に変わらない、選定の際に意見を集める者が務めることとされてきた。
生まれてすぐのスキルの鑑定で有効な知覚スキル持ちだと判明したら、三歳になると王宮の奥深くへ連れていかれ、そこで専用の教育を受けることになる。幼いということはそこでだけは免罪符にならない。次期王だけは、まだ分別が付き切らないうちからすべての情報を与えられる。そして、それをむやみやたらと言いふらさなくなるまでの分別がつくまで外には出られない。
そういう仕組みのはずなのだが、なぜかナサニエルは外に出ている。たしかまだ六歳のはずだ。いくら物分かりがよくても、流石に外に出る許しが出るほどの分別がつくには早すぎる。
「それに姉様、ナットでいいって、会う度に言うのはいい加減飽きました。そもそも、弟に敬語とはどういうことですか」
「……で、どうしたの?」
「姉様の帰りが遅いから迎えに来たんです! 私は一泊しか許されていないんですよ」
会話を聞いている限り、一泊だけの特別な許可が出ているらしい。だが、そんな許可がなぜ下りたのだろうか。
「ああそうか、一族に契約保障スキル持ちがいるからか」
同じくスーとナサニエルの会話を聞いていたハルが、納得したように言う。
「ハル、どういうこと?」
その言葉を聞いたアレンが、楽しそうにハルに説明を促した。それがウォルトは、面白くない。ハルは確かに頭の回転が速い。判断力も優れているし、何を一番優先しなければいけないのか、それを見抜くことに長けている。だからだろう、現状アレンは自分が元首になった時の補佐役にハルを考えているようだ。
その判断が間違っているとは、ウォルトも思っていない。たぶんハルなら、アレンの望み通りに上手く民を治められるだろう。それが面白くないのは、ウォルトの身勝手だ。自分が一番アレンの力になっていたいという、そんな感情を抱えているが故の。
自身と妹。無条件で信頼を置いてくれているのは、ずっと一緒に居てくれたアレンだけだ。そんなアレンの一番の力になりたいのに、アレンにとって最も必要な人材には自分よりふさわしい人がいる。結果、実力は認めているのにアレンがその相手を認めるのは面白くない。そんな感情がウォルトの中にはある。流石に自覚しているので、なるべく外には出さないように気を付けてはいるが。
「たぶん彼は、王宮内で見聞きしたこと、全て口外してはいけないという契約を結んで、それを破れなくされているんじゃないかな。で、そんなことは町で普通に暮らしている契約保障スキル所持者には頼めない。だから、これまで例がなかった」
「その通り。ナットが、考えて提案したら受け入れられたの」
「へー」
ハルの説明をスーが肯定しアレンが感心する。
「さらに言えば、これが使えるのは契約保障スキル所持者が成人までの間だけです。成人してからは、色々と他に有用な場所に駆り出されているでしょうから」
ナサニエルが更に付け加えた。どうやら、ナサニエルの外出許可は思いつくだけでなく状況も揃わないと不可能らしい。
それを聞いたアレンが、ナサニエルに質問する。
「でも、それができるなら、毎日実家で暮らせるんじゃない? 成人するまでは、レティ空いてるんだよね?」
「契約が破られないように守護している間は、かなり生気の消費が激しくてそれでいっぱいいっぱいになってしまうらしいです。私の我が儘で負担をかけるのも申し訳ないので月に一度、月末に一泊することになっています」
それに答えるナサニエルは少し寂しそうで、できれば毎日実家に帰りたいのだと目で語っていた。だが、それができないのも仕方がない。契約保障のスキルは、契約開始から契約終了まで延々とその契約が破られることが内容に守護するスキルだ。その間ずっと生気の消費が激しいのなら、生活するのが辛くなるだろうから。
「そっか、お姉さんを引き止めていて悪かったね。早く帰って、家族の時間を大切にするといい」
「はい、そうします。アレン・ホワイトガードさん」
名乗った覚えもないし初対面だというのにナサニエルはアレンのフルネームを正確に呼んだ。既に一族全員の顔と名前が一致しているのだろう。そのままスーを促して転移盤に向かい教室を去る。
姉弟がいなくなった教室は静かになった。
「僕も帰るかな。また明日」
そう一声を残して、ハルも転移盤の上に乗り教室を去る。
後に残ったのは、アレンとウォルトの二人だった。
「便利なスキル持ってると、成人前から駆り出されることになって大変だねぇ」
言外にものすごい含みを持たせた声で、アレンがウォルトに言ってくる。言いたいことは分からないでもない。が、
「かといって、生涯使い道がないのも苦しいぞ。メアリーの前で同じこと言うなよ」
ウォルトとしてはそう言うしかない。恵まれすぎている側の暴論だという主張を止めるわけにはいかないのだ。
「うんうん、将来ウォルトには土木工事の現場に行ってもらおうかな。きっととっても捗るよね」
だというのに、アレンは軽い口調でそう続ける。流石にしっかりと抗議するべきかウォルトが迷い始めたところで、急に真面目な顔になってアレンは更に続けた。
「でもね、ウォルト。僕らは本質的にはスキルを求められていない。唯一必要なのは、王になる人だけ。だから、町で暮らしている人達より、二人はずっと生きやすいと思うよ」
その指摘は間違っていない。一族にとって最低限必須なのが政治を行えるだけの知能と知識を持つことだ。必要なスキルがあるなら民に依頼すればいい。就職の際に必ず所持スキルを聞かれる民衆より生きにくいはずがない。
「ま、僕が言いたいことはウォルトは分かってるだろうし、僕たちも帰ろ?」
「……ああ、そうだな」
既に仕事を受けているレティに対してどう思った? そうアレンは言いたいらしい。ひたすら小さくなって危機から逃れようとしている彼女と、すごく嬉しそうにスーに駆け寄っていったナサニエルの顔。その二つを同時に思い出す。
コレット・コールドウェルが死に対してあれだけ警戒する理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。
ウォルトはゴミ処理とかにも大変便利だと思います←




