憂鬱を抱えて
今回、レティ視点です。
レティが風呂の湯のたまり具合を見に来ると、適温に暖められたお湯がちょうど溜まったところだった。レティは押し込まれていたボタンをもう一度押して元に戻す。そうすると、管から出てくる湯はぴたりと止まった。ボタンを押している間だけ転送装置のスイッチが入り、熱湯と水が壁に埋め込まれたそれぞれのタンクに送られてくる。それらを好みの温度になるような比率で混ぜて排出する。ランディックでは一般的な入浴の方法だった。
お湯が溜まったのでレティは脱衣所に戻ると、一枚一枚、来ていた服を脱いだ。そうして全裸になると風呂場に戻り、かけ湯で体を慣らした後に湯船につかる。快適な湯に包まれることで、少しだけ心が軽くなるようだった。
もっとも、そんなのはまやかしに過ぎないとレティは知っているのだ。今日の昼に言われた言葉。もう負けたことは気にしない、そう言われた。暗にこう言っているのと同じだ。臆病故に強くなった力なんて認めない、と。更に別の人はこう言った。そんなに警戒しなくてもいい、と。
レティだって、ミリアに言われて流石に一族が殺しに来ることはあり得ないことくらいは分かっている。それでも、怖いのだから仕方がないのだ。
湯の中でたゆたう黄色の髪を眺める。黄色は、価値があるという証だ。守護のスキルである黄色の髪を持つ者は、スキルだけで生活できる場合が多い。そのため、これまで幾度も、黄色の髪の子どもが拉致され、門の中で売りさばかれそうになったことがある。判明している事例は全て阻止できているが、それがすべてだとは言い切れない。
自分だけ、街よりもはるかに安全な場所に隔離されている。だからこそ、生き残れたのだから絶対に死んではならない。そう思うからこそ、レティはより一層生きなければならないという思いを強める。だから、常に色々な可能性を考えていた。
例えば、他人の姿を自分に写し、他の人に化けるスキルがある。また、そういった能力を身に着けた者に付与する装身具を作るスキルもある。見た目だけで、判断はできない。
レティがミリアは大丈夫なのは、数カ月ずっと一緒に居たおかげで本人だとすぐ分かるからだ。だから会うたびに情報が増えれば、そのうちに他の人も大丈夫になるだろう。でも、それは結局一族の中にしか適用されない。
一族以外の人を信用する気はレティにはない。誰が何を考えているのかなんて分からないのだから。レティがこれから預かるのは、頼む人にとっては絶対に守られなければならない大切なものだ。預かっていない時ならいい。だが、預かっている時に殺されたら相手にまで迷惑が及ぶ。それを避ける努力を怠ることは、仕事として行うからには許されることではない。
だから正直、認めないと言われてもそれがどうしたとなる。レティにとって自分の命を守ることは、預かっている契約と、その依頼主を守ることに繋がる。自分が助かりたいだけでなく、守るべきものがあるから死に繋がる可能性からなるべく離れようとしている。
それなのに、少し悲しく思ってしまったのはなぜなのだろう。
「……これで、いいんだもん」
呟いた声が反響して響き渡る。誰にも聞こえていないだろうからこそ口に出した言葉は、想定通り誰にも聞かれることなくゆっくりと小さくなっていった。
レティは手の平で湯を掬い顔にかける。こんなことで悩んでいる場合ではない。今のレティに定期的に入ってくる仕事がやってくるのだから。そして成人したら、きっとこの数は一気に増えるのだろう。今はまだレティには開示が許されていない情報だらけで、頼めないことが多すぎるだけなのだから。
「明日、か……」
毎月月末に依頼される、一つの契約の保障。たいした内容ではないが、レティがいなければこれはできない。頼まれるのも分かる。何より、当人がそれを楽しみにしているのだ。
スキル使用中は、より気は重が重くなる。けれども、レティにしかできないことなのだ。自分だけにしかできないことを抱えれば、慎重になるのは当然だ。怯えすぎくらいでちょうどいい。暖かい湯船の中、レティはそんなことを考えていた。




