彼の目標
学舎内の移動には、必ず玄関ホールを経由する。そこにすべての場所に通じる転移盤が置かれているためだ。転移盤は普通一対一対応で、同一の模様の描かれた転移盤の間でしか転移できない。故に、転移盤の片側を集めて一か所にまとめた場所が交通の要所や建物の玄関に存在する。
だから、特定の建物を移動中の人間を捕まえるのに玄関という場所ほどはなく、従ってミリアはアレンが玄関ホールで待ち構えていても、特段驚きはしなかった。話したいことがある、というのは分からなくもない。ウォルトの姿が無いのは、万が一レティと鉢合わせしたら気まずいからだろう。
「手に持ってた本で殴られなかったってことは、許容範囲だったんだよね?」
いけしゃあしゃあとこんなことを言ってくるが、実際許容範囲ではあった。一人になりたい程度にはレティを不安に陥らせていたが、アレンが言ったこと自体は正論なのである。正論ゆえの暴言になったとも、言えないことはないのだが。
「案外厳しいのね」
尋ねた相手が答えを分かり切っている質問に答える気はない。そう言外に滲ませながら、ミリアはアレンの手腕に対しての感想を言う。てっきり二人で話していればそのうち分かり合えるよというお花畑な考え方なのではないかと思っていたが、現実をちゃんと見据えた判断はできるらしい。
今回の件で悪いのは、自分で勝手に解釈していて、そうではないことを認められずに素直に謝れなかったウォルトに非がある。だから、ウォルトに譲らせた。そのために、レティの本質を丸裸にして。
「そうかな」
とぼけているが、自分で理解しているはずだ。今回アレンはウォルトにもレティにも甘くなく、二人の深層の感情を引き出してきてそれを本人に認めさせたのだから。
「ちょっと勘違いしてた。人を見る目はあるんだ」
ウォルトは自分で認めようとしていなかったレティに感じた憧憬を認め、その上でそれがまやかしだったと受け入れた。レティは、普段意識さえしていなかっただろう、他人を信じる勇気さえ持ち合わせていないことを突きつけられた。
長年の付き合いだろうウォルトはともかく、短期間の付き合いのレティの性質も正確に見抜いている。ただ単に、理想を唱えるだけしかしない能無しではないと、ミリアは評価を改めた。
「うん、今日ミリアが鈍器に選んだ本、ミリアならこういったサイズの本を手元に置いておくだろうなぁって思って目のつく所に移動させておいたからね」
「……」
だから、話の流れがやたらとスムーズだったのか。手の平の上だったことに、ミリアは憮然としてため息をついた。あなたも自分の思い通りでしたと言われて、いい気になる人はまずいない。
「なんとなく分かるよ。どんな人なのか、どんな思いを持って行動しているのか」
黙り込んでじっと見つめるミリアに、アレンは何を思ったのだろう。酷く優しい口調で、そんなことを言う。その目に、嘘はない。大変なことだろうに、なんでもないことのように言いのける。
「……随分、自信家なのね」
暗に否定する言葉をミリアは選んだ。否定したかったのだ。すべて見抜かれているという可能性から目を背けるために。
「これが僕の得意なことだからね。だから、僕は元首になるつもりだ。そこが一番、僕の能力を生かせる場所だろうから」
言い切ったアレンの言葉は真剣そのもので、戯れで言っているのではないと分かる。元首は、年に一度選び直される一族の代表だ。政治における最高決定権を持つ他に、誰に何を任せるか、それを決めるのも元首である。確かに、その点では向いているだろう。けれども。
「……人選びでは向いてることは認めるけど、あなたに最終決定ができるの?」
上に立つなら、何かの犠牲は常に覚悟しなければならない。全てを取るということは、不可能なのだから。現状のアレンには、そういう方面での覚悟はまったくなさそうだ。きっと今まで、取りこぼすしかなかった経験がないのだろう。
「そこはほら、それができそうな人を補佐につけるし」
「……逆の方が、いいんじゃない?」
「誰に頼むことになっても、僕の方が選ばれやすいと思うよ?」
アレンは、あっさりと言い切った。確かに、選定方法を考えれば、心の把握が得意ならば選ばれやすいとは思うが。
「好きにすればいいんじゃない」
ミリアは、放り投げることにした。今どうこう言ったところで、何かが変わるわけではない。成人した一族の中で、最も相応しいと考えられる者が選ばれる。まだ、四年は先のことなのだ。
「ミリアは、応援してはくれない?」
「邪魔もする気はないんだから、それでいいじゃない」
「応援してくれるなら、色々聞き放題だと思ったんだけどなぁ」
それが目当てか、とミリアは思う。アレンがミリアに求めているのは、自分の知らない知識であってミリア自身ではない。
「明日は無し、分かってるでしょ」
「うん。あ、でもミリアの分の質問があるから今日も同じ時間に話しかけるね」
それがなぜだか面白くなくて、ミリアは会話を強引に切ることにした。自分の教室に繋がる転移盤の上に乗る。
「分かった。二つ、答えるのが大変なの用意しておくから覚悟しておきなさい」
そう言って、転移盤に生気を流し込む。転移する瞬間に見たアレンは、大変な質問というのを楽しみにするように、とてもいい笑顔だった。
アレンの動機は権力欲ではなくただただそれが自分に向いているから、です。
自分以上に上手い人がいるならあっさり譲ります。
元首の選定方法についてはもう少し後で説明を入るのでお待ちください。




