動機の違い
ミリアの話が一区切りついたのを確認したのか、アレンが口を開く。
「うんうん、そっか。やっぱり、こっちとは違ってそうなるよね。力を持つか、見過ごされるほど小さな存在になるか、か。じゃあレティは、どっちの方が安全だと思う?」
「……見過ごされるほど、小さい方。力を誇示しても、それより強い力を持つ相手だったら意味がないから」
問われたレティの返事は、ミリアの予想通りだった。どうしてここまで怯えているのか、理由を言わずに価値がないと思わせようとしていたのだ。相手に襲う理由を与えないという方を選ぶだろうことは簡単に予想できる。
ミリアにも、そしてアレンもたぶん予想通りの答えだったろう。だが、ウォルトにはそうではなかったらしい。レティの答えを聞いて、目が少し見開かれていた。
「じゃあ、例えば価値基準がずれた人がいて、他の人にとっては価値がなくても、その人にとっては大変な価値を持っていて、狙われてしまった場合は諦めるのかな?」
「そういう時のために、力も磨く。目立たずに、でも抵抗はできるように」
「そっか、確かに狙われる可能性を少なくして、その上で抵抗手段も持っておけば何とかなる場面も多くなるね」
アレンに更に問われてレティが答えたことが、レティが武力というものを身に着けた理由だろう。襲われてから対処できる力の種類は限られている。その中でも、比較的に使いやすいからこそ、レティは武力を極めることにしたのだろう。
「ウォルトはどうする? 僕でもメアリーでもいいけど、一緒に居ると仮定して」
「とりあえず、何か手頃な物スキルで粉々にして、手を出させる気を無くさせるな。目立つけどその方が安全だろ」
ウォルトの返答を聞いたレティは、方法は分からないものの力を目立たせる結論だということに驚いていた。レティからすれば、あり得ない選択肢なのだろう。
「ウォルトのスキル、知ってたら接近しようとは思わないだろうからね。あまりやりすぎると、危険人物として遠くから狙われそうだけど」
言いながら、アレンはウォルトに石ころを渡した。ウォルトは受けとると、それを掌に乗せミリアとレティによく見えるように広げる。何が起こるのかと見ていると、突然石ころが爆ぜた。いや、この表現は正しくない。なぜなら、飛び散るはずの欠片さえも、綺麗に消えてなくなっていたのだから。
「うわっ」
破壊のスキルを持つことを表す紫の髪。だから、こういったスキルであることの予想はある程度つく。だが、改めてその力を目の前にすると、その性質に畏怖を覚えてしまう。綺麗に跡形もなくなっているから、余計にだ。
「俺のスキルは、手が触れている物の破壊。物の定義は、俺がそれを一つの物だと認識していること。だから、こうやって人に触った時だと」
そう言いながら、ウォルトはアレンの手を取り指先に触れる。
「俺が破壊しようと思っているのが爪だったら、触っている爪だけが破壊される。手と思ってスキルを使ったら手首から先がなくなるし、人だと思った使ったら」
「僕がいなくなるね」
最後の言葉をアレンはウォルトから引き継いであっさりと言い放った。だが、なぜ平然としてその言葉が言えるのかミリアは理解できない。いくら信頼していても、可能性を考えたら自分を一瞬で消してしまえる状態に平然と身を置けるものだろうか。
ミリアの横のレティは、信じられない物を見る目でその様子を見ている。
説明が終わったことで、ウォルトはアレンから手を離した。それを見て、ミリアはほっと息をつく。レティはというと、無表情でウォルトの手に視線を移動させる。手が凶器になるのだから、レティからすればそれが当然なのだろう。
そうやってレティに気が向いていたため、ミリアは一瞬反応が遅れた。アレンがウォルトの手首を掴んで、ミリアの手にウォルトの手を触れさせようとしていることに。
「な、何考えてるの!?」
思わず手を引いて、距離を取るために立ち上がって後ろに下がる。そんな様子を見て、アレンはにこやかにこう言った。
「うん、ミリアの反応が普通なんだよなぁ。じゃあ次レティね。ほら、ウォルト、立って」
何がしたいんだという表情でアレンに手首を握られたまま、ウォルトは立ち上がる。左手でウォルトの右手首を掴んだまま、アレンはレティが座る隣まで来る。そして、ウォルトの右手をレティの頭に触れさせようとした。
もちろん、その行動はレティによって阻止された。レティは立ち上がると明らかに現況であるアレンを放って置いて、ウォルトの腕を掴むと空中に捻り上げた。関節が悲鳴を上げていそうな、固定の仕方である。
「っーー」
声にならない悲鳴を上げているウォルトを見ながら、現況のアレンはレティに声をかけた。ウォルトの手首を握っていた手は、レティの勢いに負けてとっくに離されている。
「レティ、もうやらないから、離してあげて」
そう言われて、レティはしばらく考え込んでいたが、しぶしぶと言った表情で固定していた手を離した。解放されたウォルトは、アレンを恨みがましく見ている。抵抗していなかったとはいえ、この状況になったのはアレンが原因なのだから、当然の非難だろう。
だが、レティだけはいまだにウォルトの手の位置を目で追っていた。一つの、凶器の位置として。
「ミリアはさっき、避けるだけで反撃しなかったのはなんで?」
「明らかに害意がなかったし、なによりアレンにとっては別に触っていたってたいしたことないって先の行動で分かっていたから。私にそれを求められても困るけれども」
アレンからの問いにミリアは座りながら答える。アレンとウォルトも元の位置に戻って座っていた。レティだけが、立ったままだ。
「じゃあ、レティはなんでウォルトの手をひねり上げようと思ったの?」
「だって……」
アレンが問いかけるが、レティは答えを口にできない。当然すぎて、答えるための言葉を思いつかなかったのだろう。
「レティ、怖かったんでしょ?」
触れられたら死ぬ可能性がある。なら、それを排除しにかかるのはレティにとっては当然だ。だから、その気持ちを代弁する。
「ミリアには聞いてないんだけどなぁ。まあいいや。ウォルト、これで分かったでしょ? レティがなんのために強くなったのか。動機が違うんだから、自分の理想押し付けちゃだめだよ」
アレンはウォルトにそう言い聞かせる。暗に、この間のことを謝れと言っているのと同じだ。前は態度が到底謝っているとは言えない物だったが、
「この前は、ちゃんと謝らなくて悪かった。あれは、ぶつかった俺が悪い。すまなかった」
今日はちゃんとした謝罪になっている。アレンがウォルトにレティの人となりを理解させた結果だろう。
「え、あ……」
一方レティは、なぜちゃんとした謝罪を受けられたのかが分かっていないらしい。通常の通りにしていた上に、ウォルトの手の警戒でいっぱいいっぱいだろうから当たり前と言えば当たり前だ。
「だがな、コレット・コールドウェル。一つだけ言いたいことがある。俺が強くなる理由は、守りたい人を守るためだ。自分一人が、とにかく助かるためじゃない。だからもう、お前に負けたことはなんとも思わない」
その言葉は、レティの耳にはどう届いたのだろう。ミリアには、失望をようやく受け入れられた、その上でひねり出された言葉に感じられた。
「もういいだろ、アレン。戻るぞ」
「うん、最後に一言だけ」
言いたいことを言い切ったウォルトがこの場を離れることを提案するが、アレンは言い足りないらしい。そのまま次の言葉を紡ぐが、それを聞いた瞬間、ミリアは手元に用意しておいた鈍器を使うかどうか非常に迷うことになった。
「レティ、持って生まれたものはどうしようもない。目を背けて使わないで生きることもできるけれど、君はそれを選ぶつもりはないんだろう? なら、ちゃんと向き合うしかない。大丈夫だよ。少なくとも、僕たちは君を傷つける気はないし、むしろ全力で守るから」
アレンの言葉は、明らかに原因を知っている言い方だった。二日前、ミリアに原因を聞いたのはなんだったというのか。
「レティに言っておくけど、ミリアは僕に何も言っていない。でも、何がきっかけなのかくらいは歴史を知っていたら分かる」
アレンがレティに、ミリアが話していないことを釈明してくれる。確かに、歴史を知っているならたどり着くのは簡単なのかもしれない。それぐらいしか、対人恐怖症に陥る原因がないのだと知っているのだから。ただそれだと、レティを追いつめた一番の原因までは知らないだろう。
とりあえずアレンのその言葉で、ミリアは鈍器は使わないことにした。推論の結果までは止められない。
「君が自分の身を守ろうと必死になることは間違ってない。でも、ここはそんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
更にそう続けて言って、アレンはウォルトを促して転移盤に向かって歩いていく。そのまま二人とも転移して行ってしまった。
それを見送って、ミリアはレティに視線を戻す。小さく、震えていた。
「レティ?」
「ごめんミリア、先に戻ってて」
一人になりたいのだろう。ミリアはその意図を組むことにする。アレンがウォルトに譲らせるために行った色々で、すっかり消耗してしまったようだ。今は、そっとしておこう。そう考えて、一人先に図書室を出ることにする。
鈍器に選んだ本を棚に返して転移盤に向かう間、レティはただただ静かに一人で俯いていた。
お前に負けたことはなんとも思わない(大嘘)
決意表明とはいえ、これからもウォルトはレティのことを意識しっぱなしです。




